第6章38話 Thirty Seconds To Inferno 2. 崩壊の序曲(後編)
ドクター・フーの魔法で現れたのは――『剣』……のような何かだった。
刀身は複雑にうねり、まるで『炎』を表しているかのようで、切れ味とか実用性とかはゼロに等しいだろう。『剣』として使うのであれば、だが。
「ふ……」
ちらり、とフーが私の方へと視線を向け……いつもの詰まらなそうな表情から一変、薄く笑みを浮かべる。
その笑顔を見た瞬間、ぞくりと総毛だった。
嘲笑、とかそういうレベルではない。
あれはもっと残虐で、酷薄な……そう、獲物をいたぶることを楽しむかのような、そんな笑みだ。
フーの笑みは一瞬だった。
彼女は手に持った『剣』を逆手に持つと、一気に振り下ろし――ムスペルヘイムの死骸へと突き立てる。
<ピー……ピピッ>
<システム:
それと同時に、ルールームゥが射撃を止めて退く。
「……くぅ……」
”ジュリエッタ! 大丈夫!?”
弾幕でやられはしなかったものの、かなり体力も体自体も削られてしまったジュリエッタががっくりと膝をつく。
私から回復したいけれど、相変わらずヴィヴィアンは謎の力によって拘束されていて動くことが出来ない。
……悔しいけど仕方ない!
”皆、下がって!”
フーの動きを止めることはもう失敗してしまった。
奴が何をしようとしているのかはわからないけど、どうせろくでもないことには違いない。
ならば被害を拡大させないよう、あるいは何かしてきても対処しやすいように纏まってしまった方がいい、そういう判断だ。
すぐさまジュリエッタは痛む体を強引に動かして後方――私とヴィヴィアンの元へと下がる。
プラムも私の言葉に従い、タマサブローたちの方へ。
「……止められなかった、わ……」
申し訳なさそうにプラムが呟くが――もちろん彼女を責めることなんて出来ない。
こっちだって結局何も出来ないのには変わりないんだから……。
一体奴は何をしようとしているんだ……!?
”! 剣が……”
ムスペルヘイムへと突き刺した剣――《
私たちはそれをただ見ていることしか出来なかった……。
「ふん……」
高揚も、特に思うこともなさそうな、いつもの詰まらなそうな表情のままフーは鼻を鳴らす。
ゴゴ、ゴゴゴ……と地響きのような音が鳴り響く。
その音の正体を私たちはすぐに知ることになる。
”こ、これは……!?”
既に消え去ったはずのムスペルヘイムのレーダーの反応が、再び
嘘でしょ……? この島にいる全員の力を集結させて、それでやっと倒したというのに……!?
「どういうわけかはわからんが、このムスペルヘイムは『不完全』だったようだ」
私たちへと向けて、フーが語り掛けて来る。
不完全……そういえばプラムもそんなこと言ってたっけ。だから状態異常とかが比較的良く効くとかなんとか。まぁサイズがアレだったので結局有効活用できたとはいいづらいけど。
どうもフーもムスペルヘイムが『不完全』だということを見抜いたようだ。一体何を判断基準にしているのかは定かではないが。
「なので――私が欠けていた『
それが、あの《終末告げる戦乱の角笛》……ということか?
どうやってそんなことが出来るのか全くわからないが、『冥界』において
”え、ちょ……なに、これ……!?”
”ぬぅ!?”
”クエストの表記が……変わった……!?”
視界の端に「!」を模したアイコンが現れ、それと共に私たちの参加しているクエストの表記が変化する。
<
緊急クエスト:『炎獄の竜帝』討伐
報酬:2,200,000ジェム
特記事項:レベル??
>
突如、ムスペルヘイム討伐へとクエストが上書きされてしまったのだ。
それも『嵐の支配者』の時と同じ、『緊急クエスト』として……。
……え? ちょっと待って?
”緊急クエストって……まさか!?”
私の予想を裏付けるかのように――
「殿様!」
ジュリエッタの警告の声が聞こえて来る。
ムスペルヘイムの死骸が動き出したのだ。
《ケラウノス》で吹っ飛ばした部分はそのままだが、まるで糸で操っているかのように死骸が持ち上がり――そして、全身が赤く輝く。
「ルールームゥ、帰るぞ」
<ピッ>
<[コマンド:インクルード《魔皇宝典》]>
<[コマンド:トランスフォーメーション《ベルゼブル666》]>
ムスペルヘイムの頭部から飛び降りたルールームゥの姿がまた変形する。
最初に出てきた時と同じ、二つのプロペラを持つヘリコプターの姿……名前から察するに、これが《ベルゼブル666》という機体なのだろう。
フーがその中へと乗り込みヘリが空中へと飛び上がる。
”待て! ドクター・フー!!”
この場であいつを倒すのは難しいとはわかっている。
でも、ここで放置しておくわけにもいくまい。
思わず声を掛けた私だったが、相手がそれに応えるよりも前にムスペルヘイムだったものが動き出す。
全身が赤く――いや、それを通り越して太陽のように白く輝く。
同時に周囲の大地が震え、溶岩が噴き出して来る!
”くっ……!”
「ご、主人、様……!!」
”ヴィヴィアン!? 動けるようになった!?”
「はい、何とか……」
フーのかけた『宝石』の呪縛が離れたことで解けたのだろう、少し辛そうだったけどヴィヴィアンが動けるようになった。
でも……この状況では……。
『ふむ、想定よりやや鈍いが……まぁ代用品ではこの程度か』
”ドクター・フー……!! 自分が何をしたのかわかっているの!?”
ヘリからどうやって音声をだしているのかわからないけど、フーの声が聞こえて来る。
フーが一体何をしたのか、というか……フーのしたことでこれから何が起こるのか? 想像するしかないけれど、それがそう外れてはいないだろうと半ば確信している。
無論、私たちにとっていいことが起きるなんて甘い想像ではない。
『ふ……ふふふ……』
私の声が届いているのだろう、しかしそれでもフーは微かに笑い声をあげる。
その笑い声を聞いて――再び背筋が凍るような思いだった。
『当然だろう?』
”君は――……ああ、クソっ!! 馬鹿なの!? ムスペルヘイムが動き出したら、現実世界にも影響が出るんだよ!? 『嵐の支配者』の時よりもきっと酷いことになるんだよ!? 君だって……現実世界にいる君だって無事で済まないかもしれないんだよ!?”
そう……ムスペルヘイムが討伐対象となる緊急クエストが発生した、ということは――おそらく
『嵐の支配者』の場合は、ヤツの持つ力……すなわち『嵐』が桃園台を突如として襲ってきた。
ならばムスペルヘイムの場合はどうなるのか?
……予想でしかないけれど、そう間違ってはいない。きっと、大地震が桃園台を襲うだろう。
それだけではない。ムスペルヘイムは私たちの予想が正しければ、もっと根源的な――火山とか地下の溶岩とか、そういうものの化身だ。
流石に桃園台の街中でかつてこの島にあった街のように火山が現れる、なんてことはすぐには起きないかもしれないけど楽観は出来ない。
なにせ、桃園台には
かつて日本に住んでいたから、地震の怖さってのは身に染みている。
極論だけど、台風だったら頑丈な建物の中に逃げ込んだり、水辺から離れたりで人的被害を抑えることは出来る……と思う。
けれど地震はそれだけではダメかもしれない。地震の規模にもよるから何とも言えないけど、ムスペルヘイムの影響で起きる地震が『ほんの少し揺れたなー』程度で済むとは到底思えないのだ。
そうなったら、はっきり言って『ゲーム』どころではないだろう。
ドクター・フー自身だって危険に晒されるはずなのだ。
『――それがどうした?』
”な、に……!?”
だが、フーはそんなことわかりきっている、と言わんばかりに私へと返す。
『私の計算が正しければ、ムスペルヘイムが
だが、それがなんだ? それで何が困る? むしろ「ゲーム」の参加者が一掃できるだろう?』
”…………自分だって死ぬかもしれないんだよ!?”
『くくっ、大した問題ではないな』
……頭おかしいのか、こいつ!?
確かに『ゲーム』の参加者は全滅するかもしれない。でも、それに自分が含まれているっていうのに何でこんな冷静でいられるんだ!? 生き残るための『何か』があるとでもいうのか……?
『ああ、楽しみだなぁ。
”…………え……?”
今、何て言った……?
ありすが帰って来た時……?
ちょっと待て……こいつ、まさかありすの知り合い……なのか……?
『せいぜい抗ってみるといい。無駄なあがきだとは思うがね』
混乱する私たちを置いて、ヘリがフーを乗せて飛び去ってゆく……。
私たちにはそれを追う術はなかった……。
今思えば、あの会話はフーの『時間稼ぎ』だったのだろう。
フーの言葉に気を取られている間に、ムスペルヘイムの
ずるり、とムスペルヘイムの肉体が崩れ落ちていく。
崩れ落ちた肉体が地面へと溜まり、溶岩と混じり合い強烈な熱を発する。
肉体全部が崩れたわけではない。まるで
……それは、『小さな太陽』としか言いようのない姿であった。
ムスッペルたちとは異なり内部に『本体』らしき球体があることはある。直径は……よくわからないけど、5メートルほどだろうか。
球体が『核』となり、その周囲が炎に包まれている様は、図鑑とかで見たことのある太陽みたいに見える。
ふわふわと宙に浮かんだ小型太陽――ムスペルヘイムの最終形態が周囲へと熱を発し、辺りは灼熱地獄と化している。
『炎獄』――正にその言葉が相応しいだろう。
「……っ!? ヴィヴィアン、逃げて!!」
どう攻めるか考えるよりも早く異変が起こった。
真っ先に気付いたのはジュリエッタだった。
”ジュリエッタ……?”
「!! ご主人様、行きます!」
続いてヴィヴィアンも何かに気付く。
すぐさま《ペガサス》を呼び出して乗ると――
「タマサブロー様、ライドウ様も!」
「へ? ヴィヴィおねーしゃん……?」
「すまねぇ、ライドウを任せた!」
オーキッドがライドウをヴィヴィアンへと放り投げて渡す。
シオちゃんとタマサブローは何が起きているのかわからずオロオロするばかりだったが、
「……仕方ありません。少々の間辛抱を願います!」
「ふやっ!?」
間に合わない、と思ったのかヴィヴィアンが《ペガサス》で突進。シオちゃんごとタマサブローを回収すると、一目散にその場から離脱する。
”ヴィヴィアン!? ジュリエッタたちは!?”
「……申し訳ございません。もう、
一体何が……!?
ヤバいことが起ころうとしているのを彼女たちが察知しているのはわかるけど、具体的に何が起ころうとしているのか。
確認しようと身をよじって背後――遠ざかるムスペルヘイムとジュリエッタたちの方を見ると……。
”……こ、これは……”
どくん、どくんと心臓が脈打つかのようにムスペルヘイムの真球が収縮を繰り返している。
ジュリエッタたちがそれを止めようと飛び掛かろうとしているが――
彼女たちの刃が届くよりも早く、閃光が辺りを埋め尽くした。
”うわぁぁぁぁっ!?”
「ふにゃあぁぁぁぁぁっ!?」
それは、ただの光ではない――大爆発が起こった証だった。
一瞬にして光が通り過ぎ、その後に爆風が私たちを襲う。
「くぅぅっ、《ペガサス》……!!」
《ペガサス》が後方からの爆風に煽られバランスを崩しそうになりながらも、必死に前へと――いや、少しでも遠くへと逃げようとする。
けれども間に合わず……後ろから迫る『熱風』がついに《ペガサス》を捉え下半身を一瞬で溶かしてしまう。
ギリギリのところだった。ヴィヴィアンが後ほんのわずかでも《ペガサス》を出すのを遅れていたら、私たちは全員あの熱風に捕まっていただろう。
……でも危機はまだ去っていない。
上半身だけになった《ペガサス》はその後もけなげに飛ぼうとしてくれていたみたいだけど、バランスが保てず飛んでいた時の勢いそのまま空中を放り出された形で飛んでいく。
このままだと拙い……! 熱風はさっきのところまでで追いかけてこないみたいだけど、地面に叩きつけられてしまいかねない!
”くっ、ヴィヴィアン……!”
ヴィヴィアンにキャンディを与えて回復をさせるが、次の召喚獣を呼び出すよりも地面への落下の方が早い……! というよりも、《ワイヴァーン》なりを呼び出したとしても私たちはともかく、シオちゃんたちを上手く乗せることが出来るかわからない……。
「せ、セット!!」
だが、ヴィヴィアンが召喚獣を呼び出すよりも早く地面が迫って来たところで、シオちゃんが魔法を使う。
「《もこもことらっぷ》!!」
……何だか気の抜けるへんてこな名前の魔法だけど……。
シオちゃんが地面へと接触すると同時に魔法が発動。
突如地面から真っ白い『もこもこ』――見た目はわたあめというか、雲のような、とにかくもこもことした『何か』が噴き出し、落下した私たちを包み込む。
……恐れていた地面への激突による衝撃は一切なかった。
どうやらこの《もこもことらっぷ》、衝撃を全部吸収するクッションのような効果を持っているらしい。本来ならば、相手の勢いを完全に殺すためのトラップなのだろう。
「……助かりました、シオ様……」
「う、うん……」
”待って! もう少し離れよう!”
安心するのはまだ早い。
さっきの大爆発による余波は幸いにも直撃を避けられたけど、もう一発来ないとも限らないし、今度はもっと広い範囲に来るかもしれない。
私の言葉にヴィヴィアンは頷き、すぐさま《ペガサス》をリコレクトして召喚しなおす。
”……一旦花畑のところまで戻ろう。そこまでなら多分、まだ大丈夫……だと思う”
果たしてこの島に安全な場所なんて残っているのか、それは定かではないけど……。
対策を考えるにしても、ヤツから離れた場所でなければ落ち着いて考えてもいられないだろう。
でも、時間はそうない――なぜならば……。
”タマサブロー、ライドウ。気持ちはわかるけど、
”…………えぇ”
”承知しておる……”
意気消沈としている二人には悪いけど、念押ししておく。
……私だって別に平気なわけじゃない。腸が煮えくり返るくらいだ。
…………あの爆発の直後、ジュリエッタたちの体力ゲージが一瞬でゼロとなり、リスポーン待ちとなっていたのだから……。
”クソっ……!! どうしろっていうんだよ、あんなの……!?”
遥か遠くで何事もなかったかのようにふわふわと浮かぶ球体――ムスペルヘイムを見て、私は思わずつぶやいてしまった……。
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