第6章6話 七燿桃園・紅梅海斗(後編)
改めて、
私とありすが大好きな『マスカレイダー
年齢は18歳の高校三年生。この桃園台の出身であり、『七燿桃園』の親戚筋の家の出身らしい。
特筆すべきは、類稀な身体能力の持ち主ということだろう。
これといって一つのスポーツに打ち込んでいたという話は聞いたことはないが――『剣心会』には所属していたみたいだけど――とにかく運動能力が異様に高い。
現役プロスポーツ選手も参加する、身体能力を競うテレビ番組に出演したことがあったのだけど、その時にはプロにも一歩も譲らず渡り合ったというのだから驚くほかない。
身長はかなり高い。全身も隙なく鍛えられており、姿勢の良さもあって『モデル』としても通じるであろう綺麗な体をしている。
……で、当然ながらイケメンだ。
『マスカレイダー VV』では、熱血漢の主人公『加賀美光太』とその相棒のクールな少年『キョウ』を一人二役で演じていたのだが、同じ顔をしているというのに随分と印象が違ったものだった。きっと演技力のせいなのだろう。
今私たちの目の前にいるのは素の海斗君なんだろうけど……意外にも、私が今までテレビを通して見てきた海斗君とはいずれも印象が異なる。
「ふぅー、やっぱりこの部屋は落ち着くねぇ……」
目じりを下げてのんびりとお茶を啜っているのは、確かにあの海斗君なんだけど……印象が全然違う。
何というか、ものすごくゆったりと落ち着いた――言い方を選ばなければ『おじいちゃん』な感じなのだ。
「それにしてもカイ、仕事はいいの?」
人数分のお茶とお菓子を用意したあやめが切り出す。
「んー、今は受験に備えて勉強休暇中……かな」
”海斗君、大学行くんだ?”
「どうしようかなって思ったんだけどねぇ。仕事と両立させるの大変だろうけど、まぁ家族とも相談してね……」
海斗君の実家は桃園台にある。そちらには、両親たちももちろん住んでいるはずだ。
家族と相談の上で決めた進路ならば、私たちが口を挟む余地なんてないだろう。彼が自分でも言っている通り、大学と仕事を両立させるのは大変だとは思うが。
「それで、まぁ……その、お正月だし、ちょっとアヤちゃんたちに挨拶しに来ようかなって思ってさ」
にこっと笑って言う海斗君。
その笑顔だけで既に私と美々香は撃沈してしまうのだが……。
「……それだけじゃないでしょう?」
流石に幼馴染というべきか、あやめには全く通じてないようだ。
ん? 何か他に理由があるのだろうか?
「ラビ様、騙されないでくださいね。この海斗という男――人畜無害な穏やかな風を装って、その実結構な腹黒ですので」
「ちょ、アヤちゃんに言われたくないよ!?」
「私はお腹の中は真っ白ですので」
何かあやめもいつもの調子ではなく、どこか軽い雰囲気になっている。
この辺は長い付き合いの友人であり、畏まった話し方をする必要もないという認識なんだろう。家の中での桃香に対する態度が『姉』であるならば、海斗君には対等の友人に接する態度なのだと思う。
「せ、先輩も『ゲーム』やってるんすよね!?」
私と美々香とは違い、伝説の大先輩に会えたことでこちらも緊張しているのだろう千夏君が話を戻そうとする。
そうだった、海斗君ののんびりとした態度に流されて私たちも呑気にお茶しちゃってたけど、さらりと重要な情報を彼は言ったのだった。
千夏君の言葉に海斗君はうん、と頷く。
「そうだよ。そっか、アヤちゃんが説明していないなら最初から話した方がいいね」
そこで海斗君が姿勢を正し、私たちをぐるりと一通り見回し――語り始めた。
「俺が『ゲーム』に参加したのは、今年――あ、いやもう去年か。去年の八月の半ばくらい……お盆休みなんてほんとはなかったんだけど、ちょっと無理言って実家に帰省した時だった」
そういえば彼は今は桃京――日本で言う東京の東半分に当たる大都市だ――で一人暮らしをしているんだっけ。
前にヨームから聞いた話だと、この『ゲーム』の範囲は桃園台を中心として電車で上下二駅分くらいとのことだった。
となると、本来ならば海斗君は『ゲーム』の範囲外にいるのでユニットとなることは出来なかったはずなのだが、たまたま桃園台の実家に帰省していたためどこかの
……その使い魔も運がいいんだか悪いんだか。海斗君、普段こっちにいないから『ゲーム』に碌に参加出来ていないんじゃないかなぁ……?
「それで、アヤちゃんと話をしたら、アヤちゃんも参加者だってわかってさ」
――仲良しか! 仲良しなんだろうなぁ。
普通なら到底信じてもらえそうにない『ゲーム』の話を、海斗君とあやめはさっさと共有したというわけだ。
この辺りは人によるだろうな。いかに仲のいい友達とは言っても、信じがたい話なので黙っているという人もいるだろうし、何でもかんでも話しちゃう人もいるだろう。
桃香や美々香等私の周りにいる子は前者、海斗君とあやめは後者というわけだ。まぁ流石に話す相手は選んでいるだろうけど。
「たまにアヤちゃんとは連絡取ったり、こっちに戻って来た時に会ったりしてたからね。俺のファンの子がいるって話も聞いてたんだ」
うーむ……ぬいぐるみのフリをしないで済むのはありがたいんだけど、あやめちょっと口軽すぎない? 流石に桃香……というか桃園に関することで漏らしちゃいけない情報は漏らさないだろうと信じたいが。
「……それで? カイ、ここへ来た
「……う」
あやめは全くブレない。
『ゲーム』をやり始めた経緯とかは確かに話したんだけど、確かに肝心の目的については全く触れられていないのだ。
……流石に彼が何かよからぬことを企んでいるとは思いたくないが、ただ新年のあいさつをするためだけに
海斗君に注がれる私たちの視線に、
「うーん……実は、ちょっと頼みたいことがあるんだよね……」
…………うわぁ、何か厄介事の匂いがしてきたぁ……。
* * * * *
”このクエストだね”
私たちはマイルームへと移動し、念のためクエストボードを確認。
そこにあったクエストとは――
『
討伐任務 大海蛇の討伐
・討伐対象:大海蛇ジャガルナガル 1匹
・報酬 :35000ジェム
・特記事項:海ステージ
』
大海蛇ジャガルナガルというのは、もはやお馴染みとなった水蛇竜の海版モンスターと言える、巨大な蛇型モンスターだ。
こちらは完全に海棲生物なだけあってかなりの巨体である。大型の船であろうともあっさりと沈めることが出来るくらいの、正に海の悪魔と言える。
……まぁ強いか? と聞かれると、私たちにとってはそこまで強敵ってわけでもない。ただ、海の中に潜る頻度が非常に高く、ものすごく『めんどくさい』相手なのは間違いない。
何気に初見のモンスターではなかったりする。ありすが外国に旅立ってから桃香と千夏君だけで挑んだクエストの中で戦ったことがある。
「うん……殿様、これでいいと思う」
「はい。間違いないかと」
事前にどのクエストに行けばいいのか、それは海斗君から聞いている。
と言っても、実は討伐対象のモンスター自体は何だって構わなかったりする。前にヨームたちと一緒に行ったクエストで戦った魚型モンスターだっていいのだ。
重要なのは『海ステージ』であること。これだけだ。
理由は――とにかくクエストに行ってからにしよう。
”一応二人にも『ポータブルゲート』を一個ずつ渡しておくね”
「……むー、いらないと思うけど……」
”また『冥界』の時みたいなことがあったら嫌だしね。保険は一応かけときたいし”
脱出アイテムでもいいんだけど、いざ再挑戦、となった時に困る。『ポータブルゲート』ならば再挑戦も容易だし、『冥界』の時みたいに敵に魔力を奪われ続けるなんてことになった場合、再挑戦が出来ないとなったら『詰み』になってしまいかねない。
なので今後、私はユニットにも一つずつ『ポータブルゲート』を持たせることにしたのだ。
回復アイテムの枠が一つ潰れるのは痛いけど、保険の方が重要だという判断だ。こればっかりは譲れない。
もちろん、私のアイテム欄にも『ポータブルゲート』は入っている。また、今回は福袋からゲットした『リザレクションボトル』も念のため持っていくこととする。
……これらのアイテムの出番がないに越したことはない。いざ使いたい場面になった時に持ってきてない、という事態が最悪なのだ。
”よし、準備完了……二人とも、行こう”
「畏まりました、ご主人様」
「うん、行く」
二人とも準備はオッケーのようだ。
私の言葉に頷くと、私たちは三人揃ってゲートをくぐりクエストへと向かって行った。
さて、海斗君からのお願いなのだが……。
『詳しいことはクエストで合流してから、うちの使い魔を交えて話すつもりだけど……。
簡単に言うと、ちょっとめんどくさい奴らに今絡まれててね……ラビたちはユニットとの戦いにも慣れているって話だし、ちょっと助けて欲しいんだ』
ということだった。
『ちょっとめんどくさい奴ら』の詳細は合流してから――ということだったので詳しく聞けていない。
真っ先に私たちが想像したのはクラウザーだったけど、どうも『ちょっとめんどくさい奴ら』の使い魔は違うみたい。流石にクラウザーほど特徴的な姿なら真っ先に言うだろう。
正直、クラウザーでもないなら私たちの出る幕はないかなぁとも思う。どんな事情があるのかはわからないけれど、余計な横やりになって話が更にこじれるかもしれないという心配もある。
ただ……。
『光栄っす! 俺、是非大先輩の手伝いをします!』
と千夏君はめっちゃ乗り気。
『むー……では、引き換えにこちらからのお願いも聞いていただけますか?』
『え? まぁ、俺に出来ることならいいけど』
『うふふっ♡ 決まりですわね。わたくしも構いませんわ』
と怪しげな笑みを浮かべながらも、桃香もオーケーを出す。
でまぁ私としては海斗君のお願いだし、それにちょっと気になるので面倒臭さよりも好奇心の方が勝った感じだ。
……ま、クラウザー絡みじゃなければそこまで大変な目に遭うこともないだろう、という楽観的な思いもある。
それに、海斗君が悪人で、実は私たちを嵌めるために……ということもちょっと考えづらい。もしそんなことをしたら、現実世界に残るあやめに気付かれてしまうからだ。
――多分、海斗君があやめに嫌われるようなことはしないと思う。なぜなら――横で見ていて気付いたことだけど、海斗君、どうやらあやめのことが好きっぽいんだよね……反対にあやめは何考えているのかよくわからないんだけど、少なくとも嫌ってはいなさそう。
だからここで私たちを罠に嵌めたとして、それがあやめにバレて嫌われるというのが一番拙いはずなのだ。
私がそういう予想をすることを見越してさり気なくあやめのことが好きなフリをして見せるとか、まぁ役者なら出来ないことはないだろうけど……正直そんな面倒なことまでするとは思えないし、可能性だけ考えたらいくらでも悪い想像はできてしまう。
何よりも、海斗君が悪人であるということを想像すらしたくない。
ということで、私もオーケーを出し、私たち三人は海斗君の使い魔が指定したクエストへと向かうこととなった。
ちなみにあやめは当然として、今回は美々香もお留守番となっている。
彼女には悪いかなぁと思ったのだが……。
『だ、大丈夫……一緒にクエスト行ったら、あたし……死んじゃうかも……』
と未だに立ち直れていないようなので、遠慮なく置いてきた。
まぁトンコツもいないし、下手に一人でクエストに行って『冥界』の時みたいな状態になったら申し訳もたたないしね。
”さて――それじゃ、ヴィヴィアン。よろしく頼むよ”
「お任せください。
サモン――《ペガサス》」
クエストの舞台となるのは『海ステージ』――名前の通り、広大な海が主な戦場となるステージだ。
一応陸地はあることはあるのだが、ほとんど『足場』と言ってしまっていいほど小さく、頼りにするには心もとない。
空中を飛べるか、水上を歩けるか、あるいは水中移動が出来るかしないと何もできない……ま、言ってしまえば『クソステージ』だよね、これ。
ともあれ、私たちは数少ない足場の上のゲートから入場。
入ってきて早速、ヴィヴィアンに《ペガサス》を呼び出してもらう。
”ジュリエッタも乗って”
「……ジュリエッタ、泳いでも飛んでも行けるけど……」
”そうだけどね。魔力ももったいないし、モンスターに絡まれると面倒だから”
「むー、わかった」
目的地までは
特にモンスターと戦う必要もないので、一番スピードが出るであろう《ペガサス》で飛んで行ってしまうのが効率が良いだろう。
「それでは、参ります。
……ジュリエッタ、振り落とされないように」
「わかってる」
ヴィヴィアンはいつもの定位置に。私はヴィヴィアンに抱かれて。
そしてジュリエッタは《ペガサス》の首に抱き着いている……まぁ仮に振り落とされたとしても、ジュリエッタなら大丈夫だろうけどさ……。
「方角は――あちらですね」
《ペガサス》が上昇した後、空に浮かぶ太陽の位置から大体の方角を割り出す。
海斗君の話によれば、クエストをスタートしてから南西方向に進んだ先――そこが私たちの目的地であり、彼らとの合流予定場所なのだ。
ある程度進んで行けば多少方角を間違えてもわかる、とは言われているけど……。
超高速で空中を飛行する《ペガサス》。
……海の方を見ると、今回の討伐対象である大海蛇やらがなんか暴れているのが見えるけど……可哀想だけど、今回は無視だ。いや、倒される方が可哀想なのか?
…………まぁいいや。
さて、《ペガサス》で飛行すること5分くらいだろうか。
周り全てが海なので本当に方角が合っているのか、不安になってきた時だった。
「あ。何か見えてきた」
いつの間にか《ペガサス》の頭に乗っかっていたジュリエッタが最初にそれを見つけた。
続いて、私たちの目にも見えてきた。
「……こんな離れた場所に島、ですか」
私たちが目にしたものは、大きな山を中心とした島だった。
実際に行ったことはないけど、ハワイとかそんな感じなんだろうか。
上空から見下ろせば全景がわかる程度の大きさの島へとたどり着いた。
”ここか……”
他に目につくものはなにもない。
きっとここが海斗君の使い魔が指定した場所なのだろう。
クエストの討伐対象を無視して、フィールドを延々と進んで行った先にこんな島があるなんて……。
「ご主人様、上陸でよろしいでしょうか?」
”……うん。行こう”
念のため《ペガサス》はリコレクトせず、乗ったまま私たちは『名もなき島』へと上陸した。
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