第5章90話 たとえ

◆  ◆  ◆  ◆  ◆




 ありすと桃香を見つけるために、ほぼ一人で『冥界』を戦ってきたことや、アトラクナクア戦で受けたダメージは確実にジュリエッタを蝕んでいた。

 同じように戦って来ていたアビゲイルは戦闘不能であり、凛風についてはリスポーンしているため回復はしているものの、ギアがリセットされてしまっている。再び戦えるようになるまでギアを上げるには時間がかかる。

 アリスたちは復活したが、他の強敵とそれぞれが戦っている。


 ――ジュリエッタ一人で決着をつける……。


 だから、アンジェリカについてはジュリエッタが一人で何とかするしかない。

 ……元より誰かの力を借りて何とかしようとは思っていない。

 アンジェリカとの問題は、ジュリエッタ自身が解決させなければならない――そう思っていた。

 魔力・体力については先程ラビに回復してもらったため全快している。手持ちのアイテムの数は大分減ってはいるが、最後の一戦くらいは保つだろう。

 問題は『ゲーム』的な意味合い以外の体力だ。

 長時間の戦闘でかなり疲労しているし、度重なるダメージで全身はズキズキと痛む。


 ――大丈夫。これくらいなら、ジュリエッタ……戦える。


 決してアンジェリカを侮っているわけではない。

 だが、それでも十分戦えるだろうと、冷静にジュリエッタは自己分析する。

 体調は万全とは程遠いが、それでもまともに戦えないというほど大きなダメージでもない。


「アンジェリカ……今、!」


 『冥界』に来る前のあれこれで、それなりにいい関係を築けたとはジュリエッタも思っている。

 しかし、だからと言ってアンジェリカがジュリエッタのことを許したとは全く思っていない。

 このクエストに来てからアンジェリカの様子が明らかにおかしいことはわかっている――この機に乗じて……と考えている可能性もゼロではないが、様子を見る限りそれはないだろう。

 ではこの事態は一体何なのか……正確なところはわからないが、一つだけわかっていることはある。

 ――アンジェリカは今苦しんでいる。

 それだけは確実だ。


 だからジュリエッタはアンジェリカをただ倒して終わらせる、という意味での『決着』は望んでいない。

 彼女を苦しめている原因を取り除き、助け出して終わらせる――その上でアンジェリカが復讐戦を挑んでくるのであれば、それはそれでいいだろう、とも思う。

 今のわけのわからない状態のままアンジェリカに倒されることだけは、絶対に避けなければならない。

 アンジェリカの復讐を終わらせるのは、あくまでもアンジェリカ自身でなければならないのだ。


 ――……結構ハードだけど、やるしかない……!


 アンジェリカに倒されず、かつただアンジェリカを倒せばいいだけではなく暴走の原因も取り除かなければならない。しかも、ジュリエッタはまだ動けるとは言えかなりダメージを負っている状態だ。

 ハードモード、と言わざるを得ない。

 ……尤も、そうなった原因のほとんどがジュリエッタ自身にあるのだから言い訳することも出来ない。

 やるだけやった――ではダメだ。やりとげなければならない。


「……メタモル!」


 大丈夫、きっとやれる。

 そう自分に言い聞かせながら、ジュリエッタは『冥界』最後の戦いに臨む。




◆  ◆  ◆  ◆  ◆




 ジュリエッタは、魔獣の力を扱うという戦闘スタイルではあるが、アリスやアビゲイルと違って『理性』と『理論』に従って戦う魔法少女だ。

 もちろん、咄嗟の判断において自身の直感を無視するということもない。

 敢えて言うのであれば、アリスが『本能』と『直感』を重視しつつも考えて動くのに対して、ジュリエッタは『理性』と『理論』をメインに必要に応じて直感に従うタイプだろう。

 そんなジュリエッタはこの局面においても常に冷静に、理性的な判断を下す。


 ――まずは確かめる。


 アンジェリカの身に何が起きているのか? ……何も起こっていないのであればそれはそれで困るのだが、明らかに異常な状態にある。

 その原因を突き止めない限り、アンジェリカを助け出すことは難しいだろう。

 だから危険でも、回り道でも、多少時間がかかってでもジュリエッタはまずは冷静な分析を行おうとする。


「ライズ《インパルス》!」


 最初に『冥界』でアンジェリカに遭遇した際に感じた違和感――その正体こそが、原因なのだろうと推測する。

 それを確かめるために衝撃インパルスをライズで付与、更に先のメタモルでは何度も活用していたエコーロケーション機能を追加している。


「がぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


 まるで獣のような咆哮を上げ、アンジェリカが大鎌を振るう。

 なぜかはわからないがアンジェリカのアバターは成長した姿となっている。そのためか、前は体格に見合わず上手く振るえなかった大鎌を今は軽々と振り回している。

 見切れないほどの速さではないが、それでも油断はできない。

 上からの振り下ろしを横に跳んでかわすが、


「がぁっ!!」


 アンジェリカは鎌の切っ先が地面に当たると同時に、大鎌の柄を蹴りつけて無理矢理ジュリエッタへと刃を向ける。

 だが、ジュリエッタは態勢を低くしてその攻撃をかわして一気に懐へと潜り込む。

 ――鎌を振り抜いた後に、足を使うなりして無理矢理軌道を変更させる方法は、ジュリエッタがアンジェリカに教えたものだ。

 今のアンジェリカにどれだけ理性が残っているのかはわからないが、元のアンジェリカと同等以上の実力があるであろうことは予測していた。


「はっ!」

「イグニッション――《フレイムウォール》!」


 接近したジュリエッタがアンジェリカの腹部へと掌底を放つと同時に、アンジェリカは自身を守るように炎の壁を展開。

 そのまま炎の壁に突っ込めばダメージは免れないが、構わずジュリエッタは攻撃を続ける。


「……やっぱり、何かいる……」


 しかし深追いはしない。

 炎を無理矢理突っ切り一撃だけ与えたらすぐさまジュリエッタは後ろへと引き距離を取る。

 手痛いダメージは受けたものの、それに見合った成果はあった。

 

 おそらくは――妖蟲ヴァイスが。

 ミオやアリスたちの例を見るに、どうやら妖蟲たちは理屈は不明だがユニットのアバターへと干渉することが出来るようだ。それも、魔法やギフトを扱うというとうてい信じがたいレベルで。

 であれば、今のアンジェリカは本人の意思ではなく、体内に巣くう妖蟲によって操られている状態なのではないか……?

 そうであって欲しい、という希望も混じってはいるものの、そう的外れな推測ではないだろうとジュリエッタは考える。


 ――アトラクナクアの、か。


 アトラクナクアは『自分の内部にユニットを取り込む』ことで力を吸収していたが、アンジェリカの場合はその真逆――『ユニットの内部に入り込む』ことで力を振るえるようになっているということだ。

 だとすると――


「……ちょっと、厄介、かも」


 アンジェリカを助け出すのはアトラクナクアの時と比べて困難と言わざるをえない。

 戦闘力という点ではアトラクナクアの方が上ではあろうが、救助の難易度という点ではアンジェリカの方が上回っている。

 単にアンジェリカを倒して体力をゼロにするだけではおそらく助けられない。リスポーン待ちになることで体内の妖蟲がクエスト内に取り残される、というのであれば問題はないがおそらくそう上手くはいかないだろう――クエスト間を跨ってミオに寄生し続けたという前例もある。

 かといってアンジェリカの体内からどうやって妖蟲を引きずり出せばいいのか……流石に腹を裂いて、というのは避けたい。仮にやったとしても、アンジェリカの体力が先に尽きる可能性が高いが。

 アトラクナクアの時のように、体内に潜り込んで……というのも無理だ。妖蟲のサイズも小さくなっているだろうが、体内に入り込めるサイズに変身したところで戦闘力はほとんどなくなってしまうだろう。そうなれば妖蟲に敵うはずもない。


 制限時間もあまりないと見ていいだろう。

 ここでジュリエッタが何とか出来なかった場合、アンジェリカのことをしまうという選択肢をヨームが取る可能性はかなり高い。

 ……ユニットでさえなくなれば解放されるのは間違いないのだから。

 しかしそれは最終手段だ。


「……待ってて、アンジェリカ。ジュリエッタが、絶対に何とかするから……!」


 ありすと桃香は助けることが出来なかった。

 けれども、だからこそアンジェリカだけは――今度こそは手遅れにならないようにしたい。ジュリエッタはそう強く思う。

 単に解放するだけならばユニットを解除するのが最も簡単で正しいやり方だろう。

 しかしそれではアンジェリカの問題は何も解決しないまま終わってしまう。

 そんなことは、きっとアンジェリカ自身も望んでいないだろう。


「ライズ――《狂傀形態ルナティックドール》!」


 成長したアンジェリカに対抗するように、ジュリエッタも《狂傀形態》となり、彼女を助けるために動く。

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