第3.5章4話 Kの食卓

*  *  *  *  *




「きーのこっ、きのこ、きのこのこ~♪」


 機嫌よく珍妙な歌を歌っているのは、誰あろう、あのありすだったりする。

 今日の恋墨家の夕食は、ありすが歌っている通り『キノコ』がメインだ。

 ……意外と言うか子供にしては珍しいというか、実は彼女の好物は『キノコ』類であったりする。

 もちろん、普通に肉や魚も食べるのだけど、キノコがおかずに入っただけでテンションがうなぎ上りになるくらい、キノコが好きなのだ。


”……ありす、本当にキノコが好きなんだねぇ……”

「ん。キノコは最強」


 よくわからない。

 メインとなる料理は鮭のホイル焼き――キノコを添えて。それに、キノコサラダ、シンプルにエリンギ焼き、シイタケや里芋の煮物……お味噌汁の具はナメコと豆腐である。

 これでご飯になめ茸でも掛けたらパーフェクトにキノコ尽くしなのだが、他にキノコがある時はなぜか食べない――普段の夕食では、結構な頻度でふりかけ替わりに食べるんだけど。


「はい、じゃあ食べましょうか」


 配膳が終わり、美奈子さんがそういうと、


「ん、いただきます」


 待ってましたと言わんばかりに、きちんといただきますをしてからありすが箸を伸ばす。

 そんな彼女の様子を微笑ましく見つめつつ……。


「……」

”……”


 私と美奈子さんは互いに意味深な視線をかわし合い、そして小さく頷き合うのであった……。




*  *  *  *  *




 時刻は22時を過ぎたところ。

 ありすは今日も21時前にはしっかりと布団に入って眠っていることを確認している。


”……よし”


 迂闊に動くとありすが目を覚ましてしまうのでしばらく時間を置いて、完全に熟睡していることを確認してから私はそっとありすの部屋から抜け出す。

 加えて今日の晩御飯は彼女の大好物のキノコ尽くし。いつもよりも一杯食べて、お腹も膨れているだろう。

 『眠る』という機能がこの体にはないのか、いつも夜は暇を持て余しているので、大体はありすが熟睡したころを見計らって部屋から出ている。

 ……本当に暇なんだよね。この辺りどうにかならないか、これもトンコツ先生に聞いてみたい。

 というか、彼には聞きたいことが結構あるので、近いうちに機会を作って話をしたいところなんだけど……応じてくれるかなぁ。

 ――いや、今は彼のことは置いておこう。

 今、最も重要なのは……。


”美奈子さん”


 2階のありすの部屋から出て1階へ。

 向かう先は美奈子さんの寝室――というか、夫婦の寝室だ。


「来たわね、ラビちゃん」


 語尾にハートマークが付きそうな勢いで、既に臨戦態勢だった美奈子さんが言う。


「ありすは?」

”ぐっすりと眠ってますよ、えぇ”


 そう、というとにやりと美奈子さんが笑う。

 私もつられて同じく笑う。


「それじゃあ――始めましょうか」


 誘われるまま、私は部屋の中へと入り、ベッドの上へ――




 ……って言うと何だか艶っぽい話に聞こえないこともないが、もちろんそんなわけはない。

 ベッド脇には小さなテーブルがあり、私の体だとベッドの上からだと丁度いい高さになる。少しだけ目線を下げなきゃいけないんだけど。

 で、テーブルの上には……。


”うへへ……美奈子さんもスキですなぁ”

「うふふ……ラビちゃんこそ」


 私には缶ビール、美奈子さんは日本酒――この国は日本ではないので、一般的には『神酒かみしゅ』……神事等に使わない場合は「かみしゅ」と読む、味も香りも日本酒そのままのお酒が。

 そしておつまみには……。


「上物よ~」

”おお……素晴らしい……!”


 思わず歓喜の声が漏れた。

 まるで赤い宝石のような煌めき――いや、別に煌めいていないけど、イメージだ――を放つそれは、一般には「明太子」と呼ばれるものだ。

 それを軽く火で炙った「炙り明太子」と言うべきものが、本日のおつまみである。

 そういえばこの前、宅急便で荷物が届いていたけど、これか。美奈子さんは通販で結構取り寄せをすることがある。

 ……そして、その大半は、ありすには食べさせられないものばかりだったりする。


「それじゃあ――」

”はい。乾杯しますか”


 私たちはそれぞれの獲物飲み物を手に取り、乾杯をするのであった。




 少し説明が必要だろう。

 現在、恋墨家には美奈子さんとありす、後は一応居候というかペット扱いというか私の三人しかいない。美奈子さんの旦那さんは前から言っている通り海外出張中で不在だ。

 で、意外というか何というか、実は美奈子さんはお酒が大好きな人だったりする。

 旦那さんが家にいたころは二人で晩酌したりしていたようだが、今はいない。

 小学4年とは言っても、ありすはまだまだ一人で何でもできるわけでもない――こちらは意外でも何でもない気もするが、ありすは家事はほとんど出来ない。

 なので、美奈子さんはあまり酔いつぶれるわけにもいかず、その上一人で飲んでても詰まらないので晩酌は封印していたのだが……。


「うふふ、ラビちゃんがいて本当に助かるわ~」

”……まぁ、お酒のお供させてもらえて、私も嬉しいですけど”


 そこに現れたのが私というわけだ。

 私自身は仕事をしているわけでもないので家で留守番は出来るし、体格的に無理なことはあるけど家事は一通りできる。ありすも私の言うことは比較的素直に聞いてくれるし、何よりもお酒が飲める!

 ということで、ありすが寝た後に、たまに美奈子さんと私の二人でありすには秘密の晩酌――通称『大人会』を開いているのだ。

 美奈子さんは後顧の憂いなく、更には話し相手もいながらお酒が飲める。

 私としては暇な夜を美奈子さんとのおしゃべりで過ごせるし、何よりもお酒が飲める。

 WIN-WINの関係である。多分。

 ちなみにだが、私はお酒は嫌いではない。飲まないとやってられない、というくらい好きなわけではないけど、前世で『飲み会やるよ!』と言われれば喜んで参加していたくらいだ……あれ? 結構お酒好きだったのかも?

 自分で稼いだお金じゃないのに私の分のお酒まで用意してくれるのはちょっと心苦しいけど、


『大丈夫、私のパートは私のお酒代のためにやっているようなものだから~』


 と凄まじい事実を美奈子さんが暴露してくれて以降、あまり気にしないようにしている。

 ……それだけありすのお父さんの稼ぎがいいんだろう。一体何の仕事をしているのか本当に気になる……。

 まぁ、それはともかく。


”うおっ、うまっ!?”

「ふふふ……これは大当たりだったわねぇ~」


 互いにお酒を飲みつつ、本日のおつまみである炙り明太子を口に入れる。

 ビリっとした塩辛さに加え、さっき火を通したばかりであろう熱々の明太子の味が食欲をそそる。

 実にお酒が進む。これは……いいな、本当に。

 美味しいんだけど、これはありすには食べさせられないなぁ。いや、別に美味しいものを大人だけで食べたい、というわけではなしに。

 キノコ好きなのも意外だったけど、実はありすは辛いものがあまり得意ではないのだ。まぁ子供のうちから辛いものを食べさせるのもよくない、というのはあるけど。

 この『大人会』はお酒を飲むというのもあるんだけど、ありすがいる場では中々出すことの出来ない辛いものを存分に食べるためという側面もある。私も美奈子さんも、お酒のつまみというのを除いても辛い物は結構好きな方である。


「ありすももう少し大きくなったら、辛口のに変えられるんだけどねぇ~」


 現在恋墨家の食卓に並ぶ、カレーや麻婆豆腐やらは甘口ばかりである。

 激辛とまでは言わないまでも、やっぱりもう少し辛口にしたいところだ。

 ……まぁ、ありすが大きくなっても、辛いのが好きじゃなければ意味がないんだけど。二人分だけで鍋を分けて作るのも面倒くさいしねぇ。




 ……と、そんなこんなで色々と話しつつ食べつつ飲みつつしていた私たちであった。

 話の中で、「恋墨家は七燿族なのか?」を聞き出そうと思っていたけど、ちょっととっかかりがなくて聞けずじまいだった。まぁ、仮に七燿族だからといって何かが変わるわけでもない。いつか機会があれば……でいいだろう。


「そういえば、ありすは最近どう?」

”どう……と言われても。いつも通りですよ”


 やはり親としては気になるところだろう。

 『私のお酒代のため』とは言っているものの、本当にパート代の全額をつぎ込んでいるわけではない。美奈子さん自身のものを買っているとかもあるだろうが、ありすのために使っているものも結構あるのは知っている。

 ……ただ、ありすのために服とか買っても、面倒がってあんまり着てくれないというのはあるんだけど。親の心子知らずというか……。


「そう? 何だか前に比べて元気になったような気がするわ~。

 キノコパーティでも、いつもより食べている気がするし」

”ああ……そうですね。仲のいい友達も増えたみたいですし、そう言われると”


 今までが元気のない、というわけでは決してない。

 何を考えているのかよくわからない、ぼんやりとした印象のありすではあるが、決して『暗い』と形容するような性格ではない。むしろ、口に出さないだけで結構我儘だったりするのを知っている。

 それでも、何となく前よりも元気よくなったように見えるのは仲のいい友達――桃香、美々香、それに美鈴と言った子たちのおかげだろう。

 『ゲーム』のことを抜きにして、ありすの私生活が充実するのはとてもいいことだと思う。

 なんだかんだで、『ゲーム』がいつか終わる――私たちがクリアするのであれば、その時はまた普通の生活に戻るのだ。今の友達との関係も、きっとそのまま続いてくれるといいなと思う。もちろん、彼女たちだけでなく、他にも友人が出来ることを願う。


「うふふ、ラビちゃんが来てくれてから、いいこと尽くしだわ~」

”いや、そんな……”


 『ゲーム』がきっかけと考えれば、まぁ確かに私が来たのがきっかけと言えないこともないけど、桃香たちも美鈴も、元々ありすとは関係があったわけだし……いずれ私がいなくても仲良くなったんじゃないかなと思う。


「こうしてお酒も飲めるしねぇ~」


 美奈子さん的にはそっちの理由も大きそうだ。


”……そういえば、ありすを連れて旅行とかはしないんですか? 旦那さんに会いに行ったりとか”


 何かこの話を続けていると私が照れ臭くなってきそうだったので、適当に話題を変えてみる。

 私がありすのところに来てから、たまに買い物に行くくらいで家族で出かけることはあまりない。まぁ、ありすはレジャーに出かけるくらいなら、家でゲームしている方がいい、とか言いそうだけど。


「そうねぇ……あ、でも年末年始は出かけるわよぉ。弥雲やくもさんに会いにね」


 弥雲――というのは美奈子さんの旦那さんの名前だ。前に桃香たちと話していた時には特に話題にならなかった――というかありすが理解していないだけな気もする――けど、彼はこの国に帰化しているのだ。

 なので、ペンネームとかでもなく、本名は『恋墨弥雲』となる。元の名前については知らない……それどころか、どこの国の人なのかとかもわからないな、そういえば。

 彼は今海外出張中で、時々パソコンでテレビ電話しているだけなのだが、流石に年末年始は会いに出かけるようだ。


”そうなんですか。それじゃ、その時は私は留守番か……それか桃香のところにでも行こうかな”


 私自身は本来はご飯も何も必要ないし、放置されていたところで問題にならない。

 美奈子さんが良ければ留守番していてもいいし、あるいは桃香の方が良ければ彼女の家に遊びに行ってもいいかなと思う。

 が、私の言葉に美奈子さんは大げさに驚いたような表情を見せる。


「えぇ~なんでぇ!? ラビちゃんも一緒に行きましょうよ~」

”……いやいや、流石に私は飛行機には乗れないでしょ……”


 荷物扱いになるのかペット扱いになるのかわからないけど、流石に無理があるんじゃないかなぁ……。

 ――と、そんな話をしていた時、ふと私たちは視線を感じた。

 時刻は24時付近――誰かの視線なんて感じるような時間ではないはずだが……。


「え……?」

”ん……?”


 同時に視線を感じた私たちが部屋の入口の方を見てみると――


「ひゃわぁぁぁぁっ!?」

”うひゃあああっ!?”


 少しだけ開いたドアの影から、じっとりとした視線をこちらに向けているのは――眠っていたはずのありすだった。

 長い黒髪をなぜか顔の前の方に垂らし、その隙間から恨みがましい視線を向けている。

 ……怖い怖い怖い!! お化けみたいだ! 私も美奈子さんも思わず悲鳴を上げてしまった。


「あ、ありす……?」

「ん……」


 じっとりとした視線を向けたまま、むっつりとありすは頷く。

 ドアからこちらを覗き込む姿勢は変えないままなので、怖いのは相変わらず。


「……ずるいんだ……お母さんとラビさんだけ……ずるいんだ……」


 テーブルの上へと視線を移しつつ、ぼそぼそと恨み言を言う。

 ……うん、まぁ、気持ちはわかる。


”いや、ほら……ありすにはまだ早いっていうか……”

「そうそう、ありす、辛いのは食べられないでしょ?」


 慌てて私たちが言い訳をするが、ずる、ずる、とゆっくりとドアから身を出して私たちの方へと寄ってくる。

 ……だから怖いって!


「ん……でも、美味しそう……」


 えー、どうしよう……。

 困惑しつつ、私と美奈子さんは互いに視線をかわすが……。


「うーん、しょうがないわねぇ……一切れだけよ?」


 まぁ美奈子さんが許可するならいいか。

 残っていた炙り明太子――もうすっかりと冷めてしまっているが――を一切れ、小さくカットしてありすへと食べさせる。


「ん……んんっ!?」


 思った以上に辛かったのだろう、ありすがぎゅっと目を閉じる。


”か、辛かったら無理しないでぺっしていいんだよ……?”


 恐る恐る声をかけてみるが、ありすは首を横に振りつつもぐもぐと咀嚼――ごくんと飲み込む。


「……辛い」

「だから言ったでしょうに……」

「でも」


 ちょっと涙目になりつつも、


「美味しい」


 強がるわけでもなく、ありすはそう言い切った。

 ――こうして、ありすの晩御飯のおかずにちょっとだけ辛いものが加わったのである。もちろん、身体のことを考えてもう少し大きくなるまでは少しずつ、だけど。


「ん……寝る」

「え、えぇ……」

”おやすみ、ありす――って、何で私を抱きかかえるの……?”


 やっぱり時間が時間だ、眠いのだろう。

 辛いのを食べたとは言っても目が覚めたわけではない。部屋へと戻って寝ようとするありすだが、なぜか私を抱きかかえる。


「ラビさんは、わたしと寝るの……」

”えー……”


 抱き枕の刑に処されてしまうのか……。

 美奈子さんに助けを求めようとするも、


「あ、気にしないでラビちゃん。ちゃーんと私が片づけておくから」


 後片づけのことか、それとも私の分の残りのビールのことか――美奈子さんのことだ、きっと両方だろう。

 う、私のビール……。

 無理やりありすの腕から脱出して、ありすが寝ないということになるのも困る。

 後ろ髪ひかれる思いを残しつつ、私はありすに連行されるのであった……。


「……やっぱり、ラビさんには首輪をつけなきゃ……」


 部屋へと戻りながら――そして半分くらい眠りそうになりながら、ぶつぶつと何やら怖いことをありすは呟いているが……聞かなかったことにした方が良さそうだ。




 そんなこんなで、本日の『大人会』はありすの乱入によりお流れとなってしまったのであった。

 ……次はありすが目を覚まさないことを願おう……。

 でも、今回の『大人会』で私は一ついいことを思いついた。

 トンコツとどうやって話をしようか……話を切り出そうか悩んでいたのだけど、いい切欠があるじゃないか。


”……お酒かー……”


 まだ何点か考えなきゃいけないことはあるんだけど、彼との話し合いについていいアイデアを私は思いついたのだった。

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