夢で出会ったオオカミ人形くんは赤ずきんな私が大好きみたいです

ミドリ

1 オオカミの人形

 私は春野モモ。十一歳の小学六年生だ。


 小さい頃から人形が大好きな私の部屋には、お母さんに「整理しなさい!」と怒られても捨てられないお人形が所狭ところせましと飾られている。全部で三十体はいるんじゃないかな。


 一番のお気に入りの人形は、ベッドの上に。次にお気に入りの人形は、出窓に飾られていた。


 最近のお気に入りは、うさぎのミミちゃんと王子様のオウジくんだ。ミミちゃんは小学校一年生のお誕生日に。オウジくんは小学校五年生のクリスマス会で、プレゼント交換でもらった。


 私もちょっとは大人になったから、最近は人形遊びはしていない。するのは、ぎゅって抱き締めることくらいだ。


 だから、あまり出番がなくなってしまったパペット人形を見て「悪いなあ」と思いつつも、本棚の上に並べていた。


 昨日家に遊びにきた友達から、「人形だらけで子供っぽい」とか「そんなんじゃ彼氏できないよ」と言われたのを思い出す。


「彼氏かあ……」


 クラスの女子は、誰が好き、誰が格好いい、とよく騒いでいた。私も「あの男子いいかも」と思うことはあったけど、お付き合いするほど好きかと聞かれたら、うーんとしか答えられない。


 でも、「隣のクラスの相原さんと佐伯くんは付き合ってるんだって!」と噂で聞いて、ちょっぴり羨ましいなあなんて思ってしまった。だって、私のことを一番好きって言ってくれる男の子がいるなんて私には想像できないから。


 その後は「来週来るっていう転校生、男の子なんでしょ? 格好いい子がいいなあ!」「なんか昔この辺に住んでたらしいよ!」と話が変わっていってしまって、会話を戻すのも悪いなと思って、みんなも彼氏がほしいのかは聞けなかった。


 ふう、と溜息を吐く。手に持っているのは、今朝お母さんに渡された大きなビニール袋だ。


「古布回収なら捨てるとは違うからいいでしょ」と言われて、強制的に人形を捨てないといけなくなってしまったのだ。気が重い。


「嫌だなあ……」


 どの子も思い出たっぷりで、できることなら捨てたくない。


 でも、捨てないとお母さんがまた怒る。


 ――遊んでない子から選ぼうかな。


 渋々本棚の上に並ぶパペット人形を眺めると、そういえばいつ買ったんだっけ? という人形があった。


 オオカミの人形だ。牙がギザギザになっていて、目も吊り上がっている。可愛い物が好きな筈のに、どうしてこんな怖そうな子を買ったんだっけ。


 記憶を辿ってみたけど、思い出せなかった。


 オオカミの人形を手にはめてみる。自分に向けて「ガウガウッ」と言ってみると、遠い記憶の彼方かなたに誰かが私に向けてやってた姿がぼんやりと浮かび上がった。


「ん……?」


 これをはめていたのは私じゃない。私がはめていたのは、一番のお気に入りだった……そう、赤ずきんちゃんだった筈だ。


「あれ? 赤ずきんちゃんってどうしたんだっけ?」


 一番のお友達で、いつも手にはめて寝ていた記憶がよみがえる。


 いつからなくなったのか、記憶がなかった。


「――ま、いっか」


 手からオオカミの人形を取ると、ビニール袋にボンと捨てる。


 すると突然、お母さんが部屋のドアを開けて顔を覗かせる。


「モモちゃん、いつまでやってるの。早く寝なさい」

「え? あ、本当だ!」


 時計を見ると、時刻は夜の十時前。悩みながら選別していたら、こんな時間になっていたらしい。


 お母さんはビニール袋を見ると「お」という顔になったけど、オオカミの人形をひょいと手に取ると、「懐かしいわねえ」とひとりごちる。


「それ、いつ買ったんだっけ?」


 思い出せなかったことを尋ねると、お母さんは小首を傾げた。


「これ、もらったやつよ。覚えてないの? 引越しするからって餞別せんべつにもらったじゃない」

「誰に?」


 お母さんは更に首を傾げる。


「なんか格好いい名前の男の子。ほら、幼稚園が一緒で癇癪持ちだった、えーと名前何だっけ」


 何だっけと言いながら、お母さんはポンと枕元にオオカミの人形を置くと、部屋を出ていってしまった。多分、思い出せないから誤魔化したんだろう。


「もう。ようやくひとつ選んだのに」


 オオカミの人形を手に取る。


「男の子にもらった……」


 恋に憧れる時期なのかもしれない。


 幼稚園の頃の話なのに、自分に人形をくれた男の子がいたことが少し嬉しい。


 その夜はオオカミの人形はビニール袋に戻すことはなく、一緒に寝ることにしたのだった。

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