19.證と華奈恋③

 会場で招待客へ挨拶に回っていた證は榎木の耳打ちに首を傾げる。

「駄々を捏ねている?」

「はい」


「今日の華奈恋はどうしたのだ……」

「いつもの弱気で低姿勢な華奈恋様は、この緊張を前に、緊張が極限に達して、強気でわがままなお姫様になったようですね〜」

 冗談のようにいう榎木の言葉だが、確かにその通りだった。


「帰るなら、せめてダンスが終わってからだな」

「踊りたくない、帰りたいと申されておりますが……」


「体調がよくないのか?」

「そうですね、顔色は幾分良くなったようですが、呼吸は浅いかもしれません。医師を呼ぼうかと思いましたが、拒否されました」


「わかった。ダンスまでまだある。少し休ませておいてくれ」

「かしこまりました」と榎木が下がる。


 そこへ恰幅の良い老人が寄って来た。

「やあ證くん」

「これは石井紡績の石井様」


「やあ美しい嫁さんをもらったようで羨ましいよ。万里小路のお姫様だったかな?」

「よくご存知で」


「さすが元公家。所作が優雅で気品もあり、洗練されている。いやいや、実に羨ましい」

「ありがとうございます」


「おや、そのお姫様は?」

「大きな会場に緊張したようで奥で休んでおります」


「ほっほっ、繊細なお姫様ということか? まあこればかりは慣れるしかなかろう」

 ほっほっ、と笑う石井翁は会話は終わりだとばかりに證の前から去っていく。


 その石井翁の背中を見ながら石井翁の言葉を反芻する。

『所作が優雅で気品もあり、洗練されている』


 ――誰のことだ?


 こう言っては悪いが、證の知っている華奈恋には、優雅さも、気品もなければ、洗練されてもない。

 華奈恋は野原で伸び伸びと育った花という形容が合うだろう。しかし今いるのは、温室で丁寧に育てられた花だ。


 ドレス一枚の違いでここまで大きくかわるものだろうか。

 隣に立っていた華奈恋は、本当に華奈恋だろうかと疑問が募るばかりだった。


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