マカイロドゥスのまだらに願いを - The Tale of a Tamer; or When She Wishes upon a Great Sabrecat -

ムコノミナト

1st Case: パンサー・クアドラプル 前半

(くそっ‼ なんだっておれがこんな目によ‼)


 彼は追われていた。クロームイエロー色のそいつはとても速かった。


「ガァッガッ……‼」

(コイツ群れがいないのか? なんで、どうしてこんなところでうんだ⁉)


 よだれを垂らす四足の獣と遭遇した二足の彼はその獣が不得意としていそうな小回りを利かせ、ある街道の目と鼻の先まで逃走してきたが、その街道へ出るとなると逃げ切る自信はない。——自信? 彼はいわゆるおっさんであるから体力と言ったほうがよいのだろうか。


(さすがに街にまで被害出すわけにはいかないからつれてはいけない……)


 彼は一瞬自分ではなく街のことを案じると、後ろの深緋こきあけ耀かがや尖鋭せんえいな眼差しを振り返り、


(とか言ってる場合じゃないわよコレ‼)


 と冷や汗を垂らしながら、恐怖に目をつぶってまさしく死に物狂いで奔走した。


「チクショオォォォ! なんとかならねーのかしらァん⁉」


 そう彼が叫んで目を開けると、その地獄の殺し屋は忽然こつぜんと姿を消した。


「……は⁇」


 彼は思う。


(フツー諦める? ……このやっとエモノを捕れそーって時に⁇)


 ——動かないほうがいい。そう察して周りを警戒していると、


「うわぁあああああああああ━━ッ‼ ぐあッ、あぁあああああああ……!」


 次の瞬間彼の左目をつんざいてきた牙に絶叫して悶絶する。


「おれの目が‼ ああああ……っ!」


 そこへ白い影がひとつ。


「うがああああああああああおおおお‼」

(なんだ? なにが起こっ……)


 左目の出血を押さえて彼は右目でものを見る。


「対処が遅れてごめんなさい、けれど」


 照りつける太陽の光で視界こそ悪いが、そこには女の子がいた。


「わたし、なんとかします‼」


 咆吼ほうこう系女子は豪語する。


(なんなんだそのカッコ━━‼ た、頼っていいのかッ⁉)


 僅かに見えたものはこうだ。その女の子はぴょこんと立った猫耳つきの白ずきんをかぶり、白マントを羽織っており、さらに腰にはふさふさ尻尾の白キーホルダーを提げている。お肌もなにもかも雪のように真っ白なついでにスタイルのほうもかなり、かった。


「…………ま、任せちゃってい━━い⁇」

「了解!」


 彼女はうなづく。


「さ━━━━━━━━━━あ、こちらへおいでなさい!」


 白い女の子は斜め方向からそろりそろりと魔物へ近づいていく。


「ウ……ウウ……」


 しかし魔物は殺気立っている。


「さぁさぁっ‼」


 彼女は腕を広げた。


(オイオイ待てよ? ゼッタイにダメだろ! そんなことやったら——‼)


 ここで、彼はその威嚇にも似た仕草を見た魔物が次に取る行動を悟った。


「ガァアアッ‼」

「ひっ⁉」

「よけろォオオオオオオオオ‼」


 抜かした腰を奮い立て、男は自らの命の恩人を庇おうと獣より若干後から飛びかかった。彼の行動は極めて速い。がやはり直線上では、魔獣の素早さには到底敵わなかった。彼女を交差点として二つの『魔』が逢着ほうちゃくする。


(——使うしかねえ‼)


 異邦者バルバロイである彼には異能が備わっていた。


「イイ加減にしとけよ、てめェ」


 顔を伏せてそう魔獣を脅しかけると、彼は駄目押しに指を差す。


「マガツヒノカミ」


 その指先から凝縮された闇の魔法力が放たれる。彼の指を象った黒魔法の塊は目視不可能な速度で獣の柔らかい脇腹へ着弾、めりこんだ。吹っ飛ばされたことに無自覚なまま、その魔獣は建造物の壁面の下に膝から崩れ落ちた。


「今だぜ‼」

「なっ……! なにがなんだかわかりませんが恩には着ます‼」


 逃げろ、と彼はそう言った。しかしあろうことか、彼女はふたたび魔獣のもとへ。


「あ! オォイ⁉」

「ググゥ」

「あなたただじゃおきませんよ」


 手負いの獣は眼前の白い冒険者がちバサミを持っているのを見て目を閉じた。


「ちょ! ちょっ待ちなよ‼」

「ダメです‼ この仔はヒトの味をおぼえてます!」


 そう言った彼女の左手には——、包帯が握られていた。


「野放しにはできません」

「ああいやそうじゃあないんだよ」

「へ⁇」


 魔獣の様子が何か妙だと彼はそう言う。


(このコ、意外と天然だな)


 内心そう微笑みながら、


「おれに宿ったチカラの名は『ヤソマガツヒノカミ』」


 と彼は自分の胸にぽんと手を当て所見を述べた。


「またの名を、『オオマガツヒ』という……。さしずめ不幸呼ぶ厄災の種、ってとこかな。それだ。たった今コイツに食らわせた‼ なんかブキミなぐらいオトナしくしてるようだが、今すぐにでもここを離れるのがコイツのためでもあるかと愚考するぜ!」


 ただでさえ冒険者襲撃を繰り返していたその魔獣は、彼が異能力『マガツヒ』を防衛手段として用いてしまったがために今や世界中へ不幸をばらまく存在に成りはてたのだと彼自身そう確信すると無責任を自覚しながらも言い切った。


「……なにが起こるの」

「おれにもわからん」


 それまでお互い見合わせていた彼らは哀れな獣へ目を向ける。


「ただコイツにとって不幸なことが起きるのさ」


 どこか蔑み怒れるような彼の見下す目つきである。鋭い目の先へ、彼女は勇み出た。


「手当てくらいならいいでしょう?」

「それなら大丈夫だろう、ありがとう」


 振り返ると改めて彼女は微笑みから表情を変えず言った。彼も我に返って謝辞を言い返す。おのれを咬みかけた獣を手当てするなどとは、と彼は敬遠にも近い尊敬の念を含めて笑う。


「きみは優しいな」

「することをするまでです」

「そっか、ワルいね」


 朗らかに——、かつ言うことは冷徹に言ってのけた彼女は彼から顔を背け、


「全然大丈夫ですから。こちらこそありがとう」


 と目前のことに専念しながらフードを触って言う。


「お━━うい‼ リリカさんやァい!」

「……ストウ」


 そうして魔力弾の撃ち込まれたところ、ヒトでいうところの肋骨あたりを補強し終えると彼女らの後ろからまたひとつ影が差す。


「だれですか、そのオトコー⁉」


 ストウと呼ばれる——、碧髪へきはつとその軽めなハイツインテが特徴の小ぢんまりした少女は、世にも珍しきその紫目しめをみはっては手中のビレッタ帽も巻き添えにして手を振っている。


「な⁉」

(言いかたよ)


 そのオトコは思わず冷や汗をかきそうなほど実はまごついていた。彼が満更でもなさそうに微笑んで目配せをすると純白の懐柔師〔リリカ〕は文字通りたまげた。しかも碧髪のその者〔ストウ〕が微笑みへ浮かべているイタズラっぽさを鑑みるにわざとである。


「あ! 私にも判りましたよ」


 ふたりのそばへ駆け寄った彼女はこの状況を瞬時にみ込む。


「まーたおひと好しですか、リリカさん。困ったものだ」

「す……、すみません」


 肩をすくめる聖職者らしき少女に転生者を救助した懐柔師はうなだれた。


「このあいだとおなじようにどうせまた逆に助けられたのでしょう」

「はい」


 懐柔師は首肯する。


「まものが絡むといつもこうですね」

「じ、自覚はあります」

「と貴女は何度言いましたか」


 目も年も下である筈の少女から言われに言われている懐柔師を見かねて彼は、


「ヤヤヤヤー‼ ヤヤー⁉ ヤーヤー! ヤヤヤっ? ヤヤヤっヤヤヤっ⁉」


 と力強い大音声だいおんじょうとともに全くのでたらめを踊ってみせた。


「こほん。もーそろイイ加減にしてもらおうか、少女よ」


 異邦者のお辞儀をしては左目を指す。


「おれは目でアイツは脇腹らへんケガしたけどこのとーり。生きてるからね」


 頭が冷えた少女もどこからかロッドを取り出してからお辞儀を返す。


「これは失敬」

「あんたみたとこ賢者っしょ? 治療を頼めるかい」

「もちろん。もうすでに癒やし始めています」


 その転生者の言うことを見越して聖職者は緑の魔力を宙へ漂わせていた。その粒の鮮やかに降り舞いめるのが彼にとっては感激であり僥倖ぎょうこうそのものであった。


「それと彼女にかかった呪詛じゅそですが、私はその解法を知らない」


 裂傷がかった目が癒えた。その目を開けてみると、える。緑魔法を体感して彼は自分が獣へかけた呪いの力というものを少し理解する。聖職者でさえ手こずるほど厄介な状態異常でありちっぽけな彼の掌には余る異能力だ。


「いちおう注力しますが——」

「ぎょえ━━ッ‼」


 賢者が能力者へそのように面切って言ったときそれは起こった。真っ白な懐柔師〔リリカ〕がより一層真っ青な表情を引っさげて、突如大きな奇声を発しながらその賢者の背中へと抱きついた。賢者は後ろを振り返る。


「やばいですふたりともとってもまものがスっゴイことに‼」


 表情こそ穏やかなものの事態はそうではないらしい。あの普段誰より冷静なはずの彼女が珍しくも見せた動揺っぷりに賢者は大方悟った。彼女がこうなるからには少女趣味なことが背後で起こっていなければおかしいのだ。


「なんです」

「なんだって⁉」

「スっゴイことにィイイ‼ あばばばば……!」


 前を見るとそいつはむくりと起き上がっていた。

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