第10話 臆病な冒険者(※三人称)

 。「植物を焼く」と言う点では優柔だが、それだと酸欠になってしまう。空気の出入り口が分からない以上、緑川の事も考えれば、この方法はどうしても避けたかった。周りの植物を焼きはらえても、それで自分の味方が死んだら無意味。救出その物が無意味になってしまう。


 被害者の高校生を助けられたならまだしも、それすら失敗に終ったら最悪、最低最悪の結末になってしまうのだ。救出任務で救出に失敗する事は、自軍の味方が全滅するよりも悪いのである。「だからこそ」

 

 この方法を使う。火以外の方法で、迷宮の植物を取りのぞく。緑川の命も脅かさない方法で、「この罠を壊してやる」と思った。豊樹は自分の魔力を弄って、除草の呪文を唱えた。除草の呪文は、強かった。


 元々は貴族の庭師や下級魔術師が使う呪文だが、彼の魔力が普通以上に強かったせいで、通常の威力よりも遙かに強くなった。豊樹は除草剤の要領で、辺り一面にその呪文を撒き散らした。「どうだ?」

 

 偽獣達は、その声に応えなかった。人間には無害な除草の呪文も、植物系の怪物には猛毒だからである。偽獣達は彼の呪文に当てられて、最初は「ぎ、うっ」と悶えるだけだったが、次第に「ご、ごっ」と苦しみだして、最後には「ギアぁああ!」と倒れてしまった。


 それに合わせて、周りの木々も枯れはじめている。木々の周りに飛んでいた虫達や鳥達も、それらの枯れ具合に合わせて、地面の上に落ちたり、悲痛な叫びを上げたりしていた。豊樹は、その光景に眉を寄せた。普通の感覚では、自然の崩壊に胸を痛めるが。それが「魔物達の植物だ」とすれば、その感覚もすっかり忘れてしまった。


 在。こう言う風に増えて、こう言う風に脅かす存在。それがたとえ、自然界に「生」を与える物でも。魔物に属する物である以上は、一つの慈悲も持てなかった。こいつらが人間の世界を脅かすのなら、それに何が何でも抗ってやる。

 

 豊樹は周りの植物群を滅ぼすと、今度は緑川の方を振りかえって、その顔をじっと見はじめた。彼の顔は、目の前の光景に驚いている。「進むぞ?」

 

 その返事は、「はい」だった。目の前の光景にまだ驚いているが、頭の方はもう動いているようである。緑川は防壁の中から抜けだすと、豊樹の後ろにつづいて、迷宮の中をまた歩きだした。


 迷宮の中は静かだったが、その壁にはまた植物が生えていた。迷宮の壁から生えるように、そして、地面の上から生えるように。さっきの世界をまた、作りあげていた。緑川は、その光景に溜め息をついた。「また、ですか?」

 

 豊樹も、それに呆れた。豊樹は自分の頭を掻いて、迷宮の植物達にまた呪文を使おうとしたが、そうしようとした瞬間に妙な違和感を覚えた。……偽獣達が、居ない。さっきは、あんなにもたくさん居たのに。今は偽獣の一匹、蝶の一羽も飛んでいなかった。

 

 豊樹は、それに目を見開いた。これはどう見ても、罠である。素人の冒険者なら「よし、行こう」と進むだろうが、幾多の戦場を見てきた彼には、これが罠にしか見えなかった。


 これが罠なら、何かしらの仕掛けが施されている筈。植物の蔓に見られる棘からは、それを示すような気配が感じられた。豊樹は「それ」に眉を寄せて、自分の後ろに緑川を立たせた。


?」


「え? 回していますけど? それが?」


「その映像はきっと、役に立つ。魔王の迷宮を潰す資料として」


 豊樹は、荷物の中からぬいぐるみを出した。何処か古びた印象のある、熊のぬいぐるみを。彼は地面の上にぬいぐるみを置いて、植物の方に身代わり人形を歩かせた。身代わり人形が植物の棘に刺されたのは、それからすぐの事だった。ぬいぐるみは植物の空間に入った瞬間、四方八方から飛んできた植物の棘に刺されて、その体をズタズタに裂かれてしまった。


 豊樹は地面の上にぬいぐるみが倒れると、不機嫌な顔で後ろの緑川に視線を戻した。緑川もまた、目の前の光景に顔を曇らせている。「まあ、こう言う仕組みらしい。あそこに入ったら、ボロボロだ。棘の雨に引き裂かれる」

 

 緑川はまた、彼の言葉に眉を潜めた。「そんな事は、分かっている」と言う風に。彼の皮肉にも「分かっていますよ」と応えていた。彼は不機嫌な顔で、目の前の罠を見つづけた。「問題は、これをどうするかです。さっきの呪文を使えば、何とかなるかも知れませんが」


「確かに」と、豊樹。「除草の呪文を使えば、アレも何とかできるだろう。除草の呪文は、どんな植物にも効くからな? 火炎の呪文が使えない以上、それを使うのが最善だろう。だが」


 緑川は、その語尾に眉を上げた。最後の「でも」が、どうも引っ掛かるらしい。


「何です? 何か問題でも?」


「それで、本当に良いんだろうか?」


 その疑問に眉を潜めた、緑川。彼は豊樹が呪文の使用に渋っている事、それが何かの不安から来ている事に妙な違和感を覚えた。魔王を倒した程の男が、「この程度の罠に怯える」とは思えない。


 何か凄い魔法を使って、この罠もすぐに攻められる筈である。彼自身は、普通の国家公務員でしかなかったが。彼が抱いている冒険者のイメージは、それができるプロフェッショナルだった。緑川は不満な顔で、豊樹の背中を眺めつづけた。


「何も怯える事は、ないでしょう? 貴方は、この手の専門家なんですから。専門家が、こんな迷宮に怯える」


「事はあるよ?」


「え?」


「と言うか、怯えなきゃならない。それが一流になれば、なるほど。冒険者には、冷静な判断力が必要になる。冷静さを失った冒険者は、周りの仲間すらも危険に晒してしまうから。その意味で」


 豊樹はまた、荷物の中からぬいぐるみを出した。今度は、全身武装がなされたぬいぐるみを。彼は地面の上にぬいぐるみを置いて、罠の方に身代わり人形を歩かせた。ぬいぐるみは、棘の罠に掛かった。ぬいぐるみが例の場所に入った瞬間、その体に向かって棘が飛んできたのである。


 ぬいぐるみは植物達の棘を受けてもなお、通路の先に向かってゆっくりと歩きつづけた。豊樹は真剣な顔で、その様子を眺めつづけた。「冒険者は、臆病なくらいがいい。特に非戦闘員がいる場合は、その安全も考えなければならないんだ。自分の出世だけを考える冒険者は、そのパーティーからもいずれ追いだされてしまう」

 

 緑川は「それ」に反感を抱いたが、彼が豊樹にそれを言おうとした瞬間、ぬいぐるみの体が勢いよく弾け飛んだ。轟音と共に吹き飛ぶ体、そこから飛び散る火の粉。火の粉は周りの植物に移って、その体を「ぼうっ」と焼きはじめた。緑川は、その光景に目を見開いた。「なっ? えっ?」

 

 豊樹は、その声を無視した。それよりも、目の前の光景に意識を奪われていたからである。彼は目の前の光景をしばらく見ていたが、やがて緑川の顔に振りかえった。緑川の顔は今も、目の前の光景に怯えている。


二重罠ダブル・トラップだな」


「二重、罠?」


「そうだ、二つの仕掛けを施す罠。罠の表には囮を使い、その裏に本命を隠す。あの棘は、本命を隠すためのカモフラージュだ。


「そ、そんな! それじゃもし、表の罠だけを解いていたら?」


「ああ、間違いなく木っ端微塵。俺の方は助かったかも知れないが、お前の方は危なかったかも知れない。その防壁に守られていても、足下の罠には」


 緑川は、その言葉に震え上がった。「防壁の中に居れば、安全」と言う意識が、これで見事に崩れてしまったからである。「自分の四方が守られている」と言っても、それに頼りきってはならない。常に「大丈夫かな?」と考える必要がなる。緑川はそんな不安に怯え、改めて豊樹の凄さに驚いた。


「豊樹さん」


「うん?」


「貴方は、本物だ」


 今度は、豊樹が驚いた。彼から賞賛を受けるなんて、夢にも思わなかったらしい。彼は緑川の顔をしばらく見ていたが、その眼鏡が微かに光ったのを見て、それに思わず「フッ」と微笑んだ。


「二重罠は裏が壊れれば、表も壊れる。裏の地雷が起こって、周りの植物が燃えたのは」


「その特性が働いたから?」


「そう言う事。だからもう、あそこを通って大丈夫だ」


 豊樹は「ニコッ」と笑って、罠のあった方に向かった。緑川も、それにつづいた。二人は罠のあった場所を通った後も、真剣な顔で迷路の中を歩きつづけた。

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