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Nora
01話
「やあ!」
「んー声の大きさはいいんだけど全然飛んでいないな」
それでも届いたボールを投げ返して
ハンドボール投げで恥ずかしくない結果を残したいということだったので練習に付き合っていたのだが、何回投げても、いや、投げれば投げるほど距離が出なくなっていくという悪い結果になってしまっていた。
「いいか? こうやって……カクカクしないようにしないとな」
「
「できるようになるまで付き合うからゆっくりやればいい」
ただ、教えている側も大して飛ばせないということが気になっていた。
それこそ友達の男子なんかに教えてもらえばいい、あたしのそれはなにも誇れない。
「ちょっと疲れたから休憩……」
「莉生はハンドボール投げのことなんかよりももっと体力を増やした方がいいな」
「昔からずっとこんな感じだから増えることはないよ」
「そんなことはない、一朝一夕で見に着くことではないけど走ればなんとかなる」
「嫌だよ、走ることを考えたら吐きそうになるよ」
走ることだけではなくて他のことだって嫌いなのにどうして今回は頑張ろうと思えたのかがわからない。
恥ずかしいからとか、そもそも遠くまで投げられない女子は他にもいる、なにも彼女だけが目立ってしまっているというわけではないのだ。
それにまだまだ当分先だ、いま頑張ったって本番近くまで継続してやっていなければ結果は変わらないだろう。
寧ろ変に練習した分、自信を持ってしまったことで余計にショックを受けてしまう可能性が高い、自信を持ってやれた分、いい結果になる可能性もあるが……うーん。
「はい、冬でも飲んでおけ」
「ありがとう……って、もう温かくないね」
「それは仕方がない、だってここに来てからもう一時間は経過しているんだからな」
十五時ぐらいには家に帰って弟に勉強を教えなければならなかった。
どちらかと言えば弟が先だ、だからそこで離脱をすることになっても彼女に申し訳なく感じる必要はない。
でも、受け入れて出てきたのはこちらだからちゃんと満足できるまで付き合いたかった。
「さ、やるか」
「ごめん、今日はこれぐらいでいいかな、もう腕が疲れちゃった」
「そうか、なら家まで送る」
「うん」
それこそ弟に協力をしてもらえばいいのではと言おうとしてやめた。
本人にやる気がないのなら意味はない、またやる気が出たときでいいと片付けた。
家まで送って挨拶をして別れる、まだまだ約束の時間までは余裕があるから寄り道をしようとしてやめた。
寄り道をしていい結果になったことがほとんどないし、ぼうっとしていてもなんか寂しいから家で大人しくしておけばいいのだ。
「もう帰ってきたのか」
「ああ、ただいま」
「おかえり」
父は静かな人だった。
それでも無関心というわけではなくて、ちゃんと意識を向けてくれる。
将来、父みたいな人になれればいいと考えている。
「もう少し家にいるが時間がきたら仕事にいってくる、遅くなるから悪いが家事を頼む」
「ああ」
「麻世ばかりに任せてすまない」
「父さんだけじゃなくて母さんだって働いているんだ、これぐらい当然のことだ」
十九時半頃には帰宅するがそこから動いてもらうのは悪いし、なによりご飯の時間が遅くなってしまう。
それなら自分が動いた方がいい、弟だって早めに食べられるのだから悪くないだろう。
「ありがとう」
「いちいち言わなくていい、気を付けていってくれ」
「ああ」
二階に上がると「もう帰ってきたんだね」と弟が丁度出てきて挨拶をした。
「莉生さんってすぐにやる気になるけど飽きるのも早いよね」
「はは、それを直接言わないでやってくれよ? 莉生が泣いてしまう」
繊細なのだ、ちょっとしたことでも泣いてしまう存在だ。
だから言い方とかにも気を付けなければならない、ただ、他の人間が相手のときにも効果が出るから悪くない。
誰だってどこかしら面倒くさいところはあるものだ、莉生なんてあたしに比べればいいところばかりだと言えてしまうのだ。
「そんなに弱くはないよ、優しくていい人だ」
「なんだ、莉生のことが気になっているのか? それなら早く言えよ」
二学年しか違わないし、生まれてからほとんどと言っていいほど一緒にいたのに変な遠慮をしやがって。
「違うよ、僕も姉さんや莉生さんみたいになりたいって話だよ」
「あたしの真似はするな、莉生の真似をしておけ」
「なんで?」
「なんでって……」
自分を下げるわけではないがいいところがあまりないからだ。
なんか自信を持てない、行動をした後にあれでよかったのかと毎回考えてしまう弱さがあって微妙だった。
「まあいい、どうせなら勉強をやろう」
「あ、お願いね、もうテスト本番がくるから最後にしっかりやっておきたいんだ」
「ああ、あたしにできることならする」
テストが終わった身としては落ち着いていることができる。
ただ、これも莉生とか友達に頼めばいいのにと考えてしまうことではあった。
「麻世ちゃんおはよう」
「おはよう」
今回は筋肉痛にはなっていないみたいだった。
いいことだ、どれぐらい空くのかはわからないが運動をしていれば酷いことにはならなくなるものだ。
「麻世ちゃんに聞いてほしいことがあるんだ、いい?」
「あ、ああ」
「あのね、今度は編み物の練習に付き合ってほしいの」
「手作りマフラーでもプレゼントしたいのか?」
もう冬休みになるというところということはクリスマスもすぐにくるということだ。
高校二年生ということでそうゆっくりはしていられないということで今回は頑張ろうとしているのかもしれない。
「マフラーではないけど……うん」
「でも、あたしは道具を持っているわけじゃないからな」
家庭科で使うから裁縫道具なんかは持っているが編み針は持っていない。
あと、授業でもちょこっとやった程度で体を動かすこと関係よりも自信がない。
だがそこはスマホがなんとかしてくれる、無料でいい情報を教えてくれる存在には感謝をしなければならない。
「それなら大丈夫、家にいっぱいあるんだ」
「わかった、なら教科書でも持っていくよ」
「え、持っているの?」
「これだ、スマホだよ」
父に言えばタブレットを貸してもらえるだろうが別にそこまで大きくなくても問題はないはずだった。
それと父のタブレットには電子書籍、つまり漫画なんかも読めるようになってしまっているので大変危険だ。
やらなければならないことがあるのに脱線をして本を読んでしまうなんてことがこれまでも何回もあったから避けなければならないのだ。
「ああ! うん、調べればわかることなんだけど一緒にやってもらいたかったんだ」
「気にするな、今日の放課後からやるだろ?」
「うん、もうあんまり時間もないからね」
「ならそのあげたい人に喜んでもらえるように頑張ろうぜ」
「うん!」
いい笑顔だ。
自信を持てない人間ではあるが学校で不安なことはほとんどない、が、彼女の笑顔を見られると落ち着くことも確かだった。
ということは自覚していないだけで、いや、見ようとしていないだけで実は緊張していたり不安を抱いていたりしているのだろうか? それとも、またこれは別件なのだろうか。
面倒くさいところに意識をやらずに答えるならこの笑顔が好きだと、ずっと見ていたいと答えるしかない。
「あ、あのさ」
「まだなにかあるのか? それならちゃんと言っておけ、あたし相手に遠慮をする必要は全くないぞ」
「そ、それなら言うけど、髪の毛に触ってもいい?」
「ん……? あ、まあ、自由にすればいいけど」
なにがしたいのかはすぐにわかったが自分だって髪の毛が長いのだから自分ので遊べばいいと思う。
まあ、ちゃんと毎日洗っているからそういうことでは気にならないということで腕を組んで終わるのを待っていた。
「ほら見てっ、もっと可愛くなったよ?」
「ただある程度のところで結っただけだな」
ただそのまま放置しておくよりもこうした方がいいということなのか?
「それでいいんだよ、それがいいんだよ」
「なら莉生のもしてやる」
「わ、私はいいよ」
「なんでだ? こういうのも似合うと思うけど」
体育のときなんかにはまとめているのだから気になるというわけではないのだろう。
だったら少しだけ変えてみるのも面白いと思う、小さくても同じことの繰り返しで飽きてしまうなんてことがなくなる。
「だ、だって麻世ちゃんに触られたら困るし……」
「わかった、それなら手を洗ってくる」
「そ、そんなに触りたいの?」
「いや? でも、困るとか言われて気にならないわけがないだろ?」
手が汚いとか下手だとか思われていたら嫌だろ。
そりゃ自信はないがなんでもかんでも受け入れられるというわけではないのだ。
「べ、別に下手とかじゃないよ? 私が気になっているのはそういうことじゃなくて――あ」
「いいからじっとしておけ、お揃いにしてやる」
「ええ!?」
こういうときはいつものオーバーリアクションであってほしくない。
繰り返されればそれだけ不安になる、だから黙っていてもらいたい。
放課後になったらすぐにやめていいからと言ったらすぐに黙ったが。
「できたぞ」
「もう……麻世ちゃんの意地悪」
「これが意地悪い行為に該当するなら莉生もしていることになるな」
「私の場合は違うもん、もう戻るね」
なにが違うのかがまるでわからない。
でも、離れられてしまった以上、ペラペラ喋っておくわけにもいかないから黙った。
何故か今日一日、何回もよく似合っているねと言われて困った。
「麻世ちゃん一緒に帰ろー」
「……莉生、あたしはもうこの髪型にしない、似合っているとかありえないだろ……」
「え、似合っているよ?」
「いいいいいい、はっきり言えばいいんだ」
「だから似合っているって」
やめて荷物を持って学校をあとにする。
適当に伸ばしているだけだから適当なところで結んでもなんら違和感のあることではないが、ここまで他者に意識を向けられるのなら話は別というやつだった。
「姉さん――あ、ごめん、電話中だったんだね」
「相手は莉生だから気にしなくていい」
「そういうわけにもいかないよ」
別に気にする必要はないが喋ろうとしないのにずっと立っていられるのは気になるから莉生との通話は終わりにさせてもらうことにした。
「なんだ? もうテストだって終わっただろ?」
「そうなんだけど……」
「わかった、それなら道具を持ってこいよ」
「と思っていたんだけど姉さんを見たら歩きにいきたくなったんだ、だから付き合ってほしい」
「いいぞ」
冬の夜ということで寒いからちゃんと暖かい格好に変えてから外に出た。
「寒いなぁ」
「え、そう?」
「
卒業すれば大学生か社会人かというところにまできているから大袈裟というわけではない。
うんと小さい頃は中学生や高校生なんかを見て大人のように見えていたからあたしだって同じように見られているはずだ。
いい大人であれたらいいのだが……現実はそう上手くいかないようになっているのだ。
「あんまり変わらないでしょ――って、あれ莉生さんじゃない?」
「本当だな、女子なのになにをしているんだか……」
手を振りながらこちらに向かって歩いてきていたから元々、あたし達と合流することが目的だったように見える、が、史が歩こうとしていなかったらこうはなっていなかったわけだからすぐに違うのだと片付けた。
「ちょっと怖かったからすぐに会えてよかったよ」
「これから夜に出るときはあたしを呼べ、莉生を一人で歩かせたくない」
自信を持てなくても来てくれている限りは相手のために動く。
別に利用してくれていい、危ないことに巻き込まれて目の前から消える、なんてことになってほしくなかった。
「うーん……だけど私のわがままに付き合ってもらうというはね……」
「気にしなくていいですよ、姉さんは莉生さんと一緒にいたいんですから」
「そ、そうなの?」
「当たり前だろ、莉生といられなかったら嫌だよ」
「そ、そっか」
ところで、前からやっているらしい編み物を進めなくていいのだろうか?
この前、家にいったときはまだほとんどできていなかった、確かに道具はあったがそれをちゃんと使えなければなにも意味がないのだが。
「姉さんと今日はどんなことをして過ごしたんですか?」
「同じ髪型にして遊んだりしたよ、史くんはどうだった?」
「僕は元部活仲間と結構お喋りをして過ごしました」
「いいねっ」
その割には寄り道をせずに帰ったあたしなんかよりも早かったわけだが。
もう少しぐらいはゆっくりしてきてもなにも言わない、言われない。
寧ろ家事をしなければならない側としてはゆっくり外で過ごしてきてくれた方がありがたいというものだった。
なんというかその……その気はなくて早く作ってと言われているような気になってくるから。
「でも、早く家に帰って姉さんと会いたいです」
「はは、史くんってちょっとシスコンさんだよね」
「否定をするつもりはありません」
「よく言うよ、あたしのことが本当に好きならもっとわがままを言うはずだろ」
なのに基本的にはやめておくよとかそういうことばかりだ。
なので今回のこれは珍しいことだった、姉相手に遠慮をするなって話だよな。
「いやいや、好きな相手だからこそ迷惑をかけたくないってこともあるじゃん」
「なら莉生はあたしのことを好きではいてくれていないんだな……」
「な、なんでそうなるの? 別にそんなことは言っていないけど……」
「まあまあ、そういう話はやめようよ」
「「わかった」」
後半は出しゃばらずに付いていくことに専念した。
姉に遠慮をしてしまうなら莉生にだって当然のようにそうする、そのため、なかなかないこの機会を無駄にはしてほしくなかったのだ。
「そういうことか」
「「うん?」」
「あ、いや、これ以上は危ないからやめよう、話し足りないなら莉生の家で話そう」
「「わかった」」
まあ、その気があるなら勝手に約束をして勝手に集まることだろう。
だが、おかしかったのはここからで何故か莉生が家まで付いてきた。
にこりといい笑みを浮かべて「今日は泊まらせてもらうね」と、別に構わないが言うのが遅くないだろうか。
「それなら布団を持っていくか」
「うん、麻世ちゃんと違う部屋とか嫌だからね」
「はは、それとも史と寝るか?」
客間で寝るならそう問題もないだろう。
その場合は邪魔だろうが一緒に寝ればいい、そうすれば史だって納得してくれる。
「も、もう……意地悪をしないでよ」
「それだとなんか史に不満があるみたいだ」
「ち、違うから、史くん違うからね!?」
「はは、わかっていますよ」
んー弟なのにどこか余裕があって羨ましいな。
時間もそこそこ遅いということで歯を磨いてもう部屋にいくことにした。
布団を敷いてからベッドに寝転ぶと一日の疲れがどこかにいってくれた気がした。
「ねえ麻世ちゃん」
「んー」
「やっぱり一緒に寝ようよ、あっ、その際はこっちのお布団でだけどっ」
「なにを慌てているんだ? あたしは別にそれでいいぞ」
「やったっ、やっぱり言ってみるものだよねっ」
こういう反応をされて悪い気になったりはしない。
もう寝たいということだったから電気を消して寝転ぶと「お邪魔しますっ」とこれから寝るのにハイテンションな莉生も同じように入ってきた。
「冬だからちゃんと暖かくした方がいい、もっと寄れ」
「わ、わかった」
暗闇だろうと見てほしくないし、見るような趣味はないから背を向けた。
おやすみと挨拶をしてから体感としては一分ほどで朝だった。
当然、そんなことはないがそれぐらいのレベルで寝られたということで気分がいい。
「莉生――涎が……」
仕方がないから洗いに出そうとしていたタオルで拭いてから部屋を出――ようとしたところで足を掴まれて止まることになった。
「いかないで……」
「ただ顔を洗いにいくだけだ、莉生はまだ寝ていていい」
「ううん……ふぁぁ~……私もいく」
「そうか、なら落っこちないように腕を掴んでおく」
「うん……」
やれやれ、意地を張ったところで眠たいだけだというのに困ってしまう。
でも、運動は苦手でもご飯を作る能力は高いから手伝ってもらうのもありかもしれなかった。
史だって慣れた姉作よりも年上の魅力的なお姉さんが作ってくれた方がいいだろう。
「……よし、ちょっとしゃっきりしたよ」
「それなら朝ご飯を作るのを手伝ってくれ、安心しろ、もちろん莉生のしたいことにも付き合うから」
「いつもお世話になっているからいいよそんなの、頑張ろう!」
「ああ、頼む」
ただ、その気もないのにそれっぽいことをするのはやめてやってほしかった。
莉生のもそうだが、親しい相手の悲しい顔など見たくないからだ。
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