異世界ソーシャルゲーマーズ

蜜柑の皮

第1章:そこまで言う必要はないと思うな

第1話:変な男とチュートリアル

 ガチャが、したい。


 あのタップするたびに排出される快感。

 最低保証で終わった時の絶望感。

 神引きした時の『俺、死ぬんじゃね?』感。


 何にしても変え難いものが、そこには存在していた。


 だから俺はソシャゲが好きだ。

 石を砕いてガチャをするのが好きだ。

 ガチャで引き当てるのが好きだ。


 だけど──現実でそれはないだろ。


「……なんだこれ」


 果てまで続く白い空間に、中央に置かれた巨大な石板。

 そんな中で俺は石板の前に座って呆然としていた。


 わからない……ここに来るまでの記憶が思い出せないのだ。

 昨日の夜、寝るまでの記憶は覚えているのだが……。

 くっ……イベント最終日だからと、寝ずにやるんじゃなかったな。

 別に報酬が美味しいイベントでもなかったし……。


「……あっ」


 視線を下にやるとスマホを手にしていることに気づく。

 スマホにはでかでかとタイトル画面が。

『天啓の冒険者たち』、通称『点棒』だ。


 麻雀のアレだが、全く関係ない。

『天啓』の『天』と『冒険者』の『冒』でそうなった。


 これは俺が熱中しているソシャゲだ、かれこれ六年ぐらいやっている。

 世界観は色々混ぜこぜになっていて、スチームパンクだの、サイバーパンクなど、滅茶苦茶だ。


 そしてストーリーだが、プレイヤーは新人冒険者。

 世界各地を巡るという夢があり、旅の途中で巨大な石版と出会う。

 過去から力を持っていた人間『眷属』として呼び出す特別な力を手に入れた主人公は、それを用いて世界を巡ることに。


 だが世界には、いくつもの人類の敵がいた。

 そんな人類の敵との戦いに巻き込まれることに……と言うのが大体のストーリーだ。

 大雑把だがわかりやすい方ではあると思う。


 ちなみに俺をガチャ狂いにさせた因縁のゲームでもある。


「しかし何故、これが表示されて……そう言えば!」


 そう言えばそうだ。

 俺はこの景色に見覚えがある。

 この真っ白な空間に、大きな石板が一つ。

『点棒』のガチャを引くときに出てくる画面だ。


「マジかよ……夢でも見てんのか……?」

『夢じゃないさ』

「誰だ!?」


 後ろから声がして振り返ると、そこには一人の男が立っている。

 白く長い髪を持ち、整った顔立ちはまさに美男子と言える。

 そんな見た目の……全裸の、一人の男が、確かにそこに立っていた。


「へ、変態……」

『失礼な。これが正装さ』

「『装』の要素が一ミリもないんだが?」

『概念を疑うんだ』


 意味がわからない物言いに困惑していると、ペタペタと裸足で俺に近づいてくる。


「ま、待て! せめて服着てからにしろよ!?」

『……仕方ない。こっちの方が涼しいのだけれど』


 そう言って指を鳴らすと、空から一枚の布が落ちてくる。

 そして布を適当に巻いて服のようにした。


『これで話せるかな?』

「あ、ああ……アンタは一体……」

『その前に確認するけど……藤宮ふじみや 翔太郎しょうたろう。二十一歳、大学生……生まれは──』

「っ……!?」


 俺はその言葉で一気に警戒度を引き上げる。

 名前に年齢、そしてそこから長く俺の経歴を喋り出したのだ。

 それこそ俺が覚えていないようなことまで喋り出したものだから、驚いて後退りしてしまう。


『間違ってない、よね?』

「あ、ああ……全部、俺の経歴だ。なんでそんな、俺が覚えてないようなことまで」

『細かいことはいいじゃないか』

「よくねぇよ!? ただでさえ初対面が全裸の不審者なんだからさ!?」

『まぁ、気にしては負けだよ。世の中、色々あるだろう?」

「色々って……」


 布一枚の男はウンウンと頷きながら、巨大な石版に近づく。

 俺はスマホを手に立ち上がって、石版へと近づいた。

 だが手が届きそうなところで、男が手を前に出し俺のことを制止させる。


『君には今から、『点棒』の世界に行ってもらう』

「へ?」

『君たちの世界では、そう呼んでいるのだろう? あれは私の世界でね』

「私の……ってどう言うことだよ!?」

『……ゲーム本編同時期、君が行くのはそこだ』

「君たちってなんだよ……おい、説明しろッ!!」


 だが男は俺の言葉に構わず、そのまま続ける。


『ルールは一つ。一万人のプレイヤーの中で、ランキングのトップに立つことさ』

「ランキング……?」


 そこでようやく男は反応し、ニヤリと笑みを浮かべる。


『そうさ。『点棒』のナンバーワンの副ギルドマスターにして、プレイヤーランキング16位くん』

「っ……!」


 当然のように、ゲームでの俺のことも知っていた。

 このゲームにはギルドと言うシステムがある。

 よくあるプレイヤー同士で協力するアレだ。


 俺はそのギルドのランキングで、1位のギルドに所属していた。

 副ギルドマスターにとして。

 と言っても、俺はこれと言ってだ。

 メンバーとギルマスが凄かっただけ、の話。


 プレイヤーランキングが16位なのも、ギルドの仲間の協力があってこそだ。


『君の敵は百の並行世界のプレイヤー、上位百名』

「へ、並行世界……!?」


 急に話が飛躍し出した。

 と言うか、並行世界とか実在したのか。

 俺はフィクションの話だけかと思っていたが……。


 ……いや、それよりも上位百名だと。

 つまりそれは…………? 


『……説明はこんなところかな。質問は?』

「色々聞きたすぎて何から聞いたらいいか……えっと、とにかく俺は、異世界に行くと?」

『まぁ、そんなところだね』

「じゃあ、勝ったらどうなるんだ? 1位になったら、何があるんだ?」

『どんな願い事でも叶えてあげようじゃないか。不老不死だって、死んだ人間を生き返らすことだって。元の世界に戻すことだって思いのままさ」


 つまりそれは、帰りたければ勝てと。

 強制参加っぽい割には、あまりにも滅茶苦茶すぎる。


「不参加は?」

『それは認めない。認めちゃいけない』

「……」


 とにかく不参加だけはできないようだ。

 そこから色々質問してみたところ、わかったことがいくつか。


 スマホは持っていけるらしく、色々と便利な機能が付属しているらしい。

 そして最初に世界で目覚める場所は完全ランダム。

 一応安全なところは確定らしい。


 ゲームのステータス制度を採用しているらしく、俺たちプレイヤーにしか適応されないものの、一般人よりはるかに強くなれるらしい。

 ではどうすれば強くなるのか、と聞くとそれは最後に説明する、と言われた。


 他にも必要なことは色々聞いておいたが、俺たちプレイヤーが困ることは特になさそうだ。


「……大体わかった。だがやっぱり目的については……」

『秘密だよ。取り敢えず1位になってもらえれば、それで満足かな』


 1位になるのは誰でも構わない、と言うわけなんだろうか。

 ……何がしたくてこんなことするのか、全くわからない。


『それじゃあ、そろそろ最後の説明に移っていいかな?』

「あ、ああ」

『君たちにはステータスの項目に『スキル』『技能』『魔法』の三種類がある。これ以外のステータスは、普通にやってれば上がるんだけど……これらばかりはそうはならない』

「と、言うと?」

『ガチャさ』

「なん、だと……?」


 今、なんと言った? 

 こいつ今……ガチャと言った、俺の聞き間違いでなければ。

 もしかして、もしかしなくとも……。


『君たちにはガチャをしてもらう』

「うぅぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!!!!!」


 俺は叫んだ。

 それは歓喜の叫びと呼ぶには、程遠い叫び声だったが。

 嬉しかったんだ、またガチャができると。


 この異世界……『点棒』の世界に行くと言う懸念点。

 それはガチャができるかどうかだった。


 確かにできれば異世界になんて行きたくない。

 だが行かなくてはならない、と言うのであれば。

 それはもう、ソシャゲのガチャができるかどうか、と言う点に移行する。


『よ、よほど嬉しいんだね。君のような人間は初めてだよ』

「こうなったのも、ある意味お前のせいだからな」


 あの世界を作ったのはこいつ、と自分で言っていた。

 俺がガチャ狂いになったのはあのゲームのせいだから、こいつのせいでもある。


『えっと、説明を続けるよ? ガチャで排出されるのは以下の5点。『アイテム』『保有スキル』『保有技能』『保有魔法』……そして、『眷属』』

「『眷属』も排出されるのか!?」

『最大で三人までの制約はあるけどね。そして他人が先に出した『眷属』は二度と排出されることはなくなる』

「ダブりは無しか……スキルと技能と魔法は……スキルと技能については、大体ゲームと同じように考えていいんだよな?」

『同じだけど、保有数は大幅に変更されているし、内容自体は一部変更されてたりするけどね。概ね一緒だよ』


 スキル……いわゆるパッシブと言うやつだ。

 持っているだけで効果があるって感じ。

 そして技能は、『技』ってやつで、高威力の攻撃だったり、仲間全体にバフをかけたりできるものだ。

 ゲーム内では技能とスキルを各キャラそれぞれ一つずつ持っていた。


「……でも、魔法はなんだ?」

『それは技能の派生だと思ってくれていいよ。世間一般が認知しているファンタジーモノの魔法に近いかもね』

「なるほど? ……大体理解できた。それでガチャはどうやってするんだ?」

「これさ」


 そう言ってトントンと石版を軽くノックする。

 そこもゲームと同じなのか……どうやってガチャするんだろうか。

 ゲームだとタップしてガチャしていたから、イマイチわからない。


『触れるだけでいい。当然、それ相応のモノは必要になるけどね』

「魔石か」


 魔石……ゲーム内通貨の一つで、設定では高純度の魔力の塊だとかなんとか。

 色々な条件下で作られるが、最も単純なのは魔物と呼ばれるバケモノが、魔力を吸い込んだことで、体内で生成するものになる。


『魔石は所有しているだけでいい。あとは触れれば勝手に消費されるからね』

「それはいいんだが……向こうに降り立ったあとは、どうやってここに来れば?」

『向こうに案内人を用意しているから、その子に聞いてくれ』

「わかった」


 俺はスマホを手に画面を見つめる。

 相変わらずタイトル画面が表示されており、このスタートボタンを押すことで異世界に行けるとのこと。

 説明も終わり、出発しようとしたところ、慌てて止められる。


『まだ押さないでくれ!』

「え?」

『最後に一つ、やってもらうことがあってね』

「やってもらうこと?」

『決まってるだろ? チュートリアルガチャさ』


 男が指を鳴らすとその瞬間、上からゴロゴロと十個ほどの丸い宝石のようなものが落ちてくる。

 この世のものとは思えないほど赤く、綺麗に輝いている。

 これは……魔石だ。

 ゲームに登場する魔石が、そのままそこに存在していた。


『さぁ、石版に触れてくれ。この魔石は君のもの、と言う扱いになっているから』

「……わ、わかった」


 ドキドキしながら、ゆっくりと石版に触れる。

 触れた瞬間、石版から光が溢れ出し俺の視界を遮った。

 少しして光が収まり、俺は目を開いて確認すると、石板の前に一本の剣が刺さっていた。


「これは……『天命の剣』か?」


 少し細身の片手剣。

 選ばれし者のみが手にすることができる不思議な名剣……と言う設定がある、《!《イベント限定アイテム》だ。

 当然ながらイベント限定アイテムのため、キャラに装備させたりすることはできない。

 なんでこんなものが……。


『『天命の剣』か……それは本来のモノとは違う……と言うより、そっちが本来のモノ、と言うべきかな』

「えっ……?」

『それは君の成長に伴って成長する不思議な剣だ。大事に持っておくといい』

「……使える、んだよな?」

『使えるとも』


 そう言って笑みを浮かべた。

 取り敢えず最初のガチャアイテムが武器だったことは喜ぶべきか。

 まぁ、変なのよりはマシなのは間違いない。


 男は鞘を手元に呼び寄せて渡してくれた。

 俺はその鞘を受け取って剣を収めた。

 サイズはぴったりだ。


「……よし。じゃあ今度こそ行くか」

『向こうに着いた時点で競争は始まる。平等に一斉スタートだ』

「素早い行動かけろ、ってところか」


 その言葉に男は何も答えず、少し笑う。


『……君の未来に、幸があることを願っているよ』


 俺はスマホを手に、スタートボタンを押した。

 ボタンを押したと同時に、意識が大きく揺らぎ始める。

 これが異世界に行くと言うことか……と思っていたが、あることを思い出し、絶えそうな意識の中で男に聞く。


「お前……名前、なんて言うんだ……?」


 意識を失いそうな中、相変わらず男は笑みを浮かべたまま口を開いた。


『君はもう知っているはずさ。あのゲームをこよなく愛してくれた君ならね』


 そんな言葉を最後に聞いて、俺は意識を失ったのだった。

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