第2話「はじめての夢」

 目が覚めたとき、夏希は全く違う場所にいた。ここはどこだろう? 見知らぬ大学キャンパスに立つ自分。

 服装が普段と違うことに気づく。高校の制服ではなく、おしゃれで大人っぽい私服。周りを見渡すと、いつもの高校の友達の姿はなく、全く見知らぬ学生たちがたくさんいた。しかし特段パニックになることもなく、夏希は自分が大学生であることを自然と受け入れていた。

 そして不意に流れた心地い風に夏希が振り向くと、そこに4人のイケメンが立っていた。

「おはよう、夏希」

 そう挨拶したイケメンその1は奏多カナタ。細身でサラサラの短い金髪、爽やかな雰囲気だった。夏希の胸は一瞬でドキドキと高鳴った。たしか彼は、ダンス部に所属している夏希の先輩だ。不思議とそういう設定であることが夏希にはわかる。これが夢だからだろうか? 夏希と奏多はよく一緒にダンスの練習をしていて、よく二人っきりになる。汗だくになった状態で近づかないでほしいのに、奏多は夏希の振りつけが気になるといって体を寄せてくる。自分は薄着だし、意外と奏多は筋肉質で男らしい体をしているし、少しだけ恥ずかしい。そんなことを思い出してしまう。

「よ、夏希」

 イケメンその2はソラという幼馴染だ。黒いツンツン髪に、男らしい顔立ち。彼の落ち着いた声や、夏希と多くの時間を過ごしたがゆえの安心感に、夏希の心臓は再び高鳴った。空とはよく一緒に休日を過ごす。服を買いに行ったり、気になるカフェに行ったりする。

「覚えてる? 小さい頃、あの池でカエルを捕まえた時さ」などと、急に昔話がはじまったりして。

「そうだね、でもカエルを捕まえるのは空だけで、私はただ叫んで逃げていたよね」

「そうそう、それでも一緒に遊んでくれて楽しかったな」

 そして空は、優しく微笑むのだった。

「夏希がいると、なにをしていても楽しいんだ」

 あの時の言いしれない感情が、夏希は今も忘れられないでいる。

「おはようございます、夏希さん」

 続いて挨拶したイケメンその3はリンというこの大学の教授で、近隣のカフェの店長としても働いている大人の男性だ。身長が高く、知的な眼鏡の奥に優しい瞳がある。実は、夏希は彼のカフェでアルバイトをしていた。凛が準備した制服とエプロンを着て夏希は元気よく接客をしていた。

「君のおかげで常連が増えたのはうれしいけど、その姿はあまりほかの人には見せたくないな」と、ある日、夏希は凛からそんなことを言われた。

「またまたぁ」と夏希は元気よく言ったが、凛はジッと夏希を見つめていた。

「ここで働いている時の君は元気でいいね。そんな君が僕は好きだ」

 あれはどういう意味だったのだろう……。

 そして最後に、「夏希〜、おはよう!」と、全力で彼女に抱きついたイケメンその4は、後輩のアキラだった。彼の突然の行動に夏希は驚き、心臓がバクバクする。玲と夏希の関係は、一言で表すならば〝自由〟だった。玲はとても人懐っこく、よく夏希に抱きついてくる。昨日のお昼も、学食で後ろから急に抱き着かれていた。

「ちょっと。お互いにもう大人なんだよ?」と夏希が玲を叱る。

「 夏希、抱きつかれるの嫌だった?」玲がクスッと笑いながら訊ねると、夏希は思わず顔を赤らめた。

「そ、そんなことないけど。ただ、ちょっと驚くの」まぁ変なところは触ってこないし……と自分に言い聞かせるように夏希が言うと、玲は満足そうに笑った。

「よかった、夏希が嫌だと思ったら悲しいから」

 玲のそんな無邪気な一言に、夏希の心はさらに高鳴るのだった。


「おいなにしてんだ」と奏多が言い、空が玲を引き剥がし、凛が夏希を守る。

「なにって、いいじゃん! おれ夏希のこと好きなんだから!」と玲が自分勝手なことを言い、「夏希の気持ちも考えろ!」と空が叱る。凛が夏希に近すぎると奏多がその肩を掴み、教師に向かってなんだその言い方はと凛が眼鏡をクイッと上げる。

 いつもの喧嘩がはじまった。この4人はいつもそうだ。

 ため息をはいて、しかし夏希は笑顔を見せた。「おはよう、みんな」

「おはよう!」

 素直に4人が声を合わせて言う。そしてみな、それが気に入らなかった風に睨みあう。そんな一日のはじまりが、夏希は気に入っていた。

 しかし実を言うと、夏希には気になる男の人がいた。それは白新ハクシンという同級生だ。彼とは授業の合間の教室移動時間に時々すれ違うくらいで、いつも冷たい目をしていて、人とは馴染まなそうな雰囲気を纏っていた。彼が笑った表情を見てみたいと、いつしか夏希は思うようになっていた。はっきり言うと一目惚れだ。しかし一方の彼は、夏希に全く興味を示していないようだった。

 ある日、夏希は大学の長い階段を下りていると、向こうから歩いてくる白新の姿があった。珍しく周囲にはだれもいない。ちょっとだけ声を掛けてみようか。しかし白新は相変わらず冷たい目をしていて、世界のすべてがつまらないと感じているかのようだった。今日もこのまま通り過ぎるだけ。たったそれだけの関係。それが永遠に続くのだろうなと思っていた。

 ところがこの日、彼は夏希の手前で立ち止まった。

「え?」と、思わず夏希は声を漏らす。

「あんた、夏希って人?」

「えっと、はい、そうですけど」

 困惑。はじめて彼と話をした、とても素敵な声だ、でもどうして彼が私の名前を知っているのか、夏希は心の中で大騒ぎしていた。

「そっか」

 白新が短く言うと、彼は急に夏希を壁際に追いやった。なにごとかと驚き、若干の恐怖を感じ、両手で体を隠す。しかし近くで見る彼の顔は、それまで想像していたよりもずっと綺麗で色っぽかった。いい匂いがする。

 白新は夏希を見つめて言った。

「あんた、ずっとおれのこと見てたよな。なに? なんか言いたいことでもあった?」

 彼の声は低く、深みがあった。心臓が高鳴り、胸が突き刺されるような感覚に襲われた。

「おれはあんたのこと、悪くないと思ってるよ。別に好きってほどじゃないけど、あんたのこともう少しわかってくれば、もしかしたら好きになるかもな」

「え、えっと……」

「どうすんの。おれと付き合うの?」

「ええ?」

 一瞬、時間が止まったかのように感じた。あまりの驚きに、夏希は何も言えなかった。思った以上にやばそうな男だ。しかしそれすらも魅力に感じてしまうのはどうしてだろう。夢だとわかっていながらも、彼女の心は高鳴り続けた。真剣な瞳、低く響く声、壁に押し付けられる感触、全てが現実と変わらなかった。

 奏多、空、凛、玲、そして白新。

 私はどうすればいいんだろう……⁉

 

 朝方、夏希は目を覚ました。心臓がまだドキドキしていて、頬が火照っていた。

「すごい……これが夢なの?」

 夏希は感動していた。

 初めて見ることができた夢は、自分の想像以上に美しくて鮮やかなものだった。夢の中で感じたことは、現実では味わえないものだった。夢を見ることで、自分の人生に色がついたように感じた。ラジオに感謝する気持ちでいっぱいになった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る