不思議なラジオと少女の夢

丸山弌

第1話「夢を見せるラジオ」

 夏希は、どこにでもいる普通の女子高生だった。少なくとも夏希自身はそう振舞うようにしていたし、実際にそうであるという自負があった。元々、目立つのはあまり得意ではない。みんなと同じ制服を着て、しまうまのように集団の中に溶け込み、世の中から自分という存在を隠しておきたい。そう思っていた。

 そんな夏希には悩みがあった。夏希は生まれてこのかた、夢を見たことがなかったのだ。毎晩眠りにつくと、真っ暗な闇の中にいる。そのため、夢がどういうものか夏希は知らなかった。

「夢ってさ、どんな感じなの?」

 ある日、学校の休み時間に、夏希は友人の美咲に尋ねてみた。美咲は夢を見るのが大好きで、よく夢の話をしていた。

「え?夢ってさ、すごく楽しいよ。色々なことが起こるし、自分が普段できないこともできるし」

 美咲は目を輝かせて言う。

「例えば?」

「例えばね、昨日の夜はさ、私がアイドルになってステージで歌って踊ってたの。ファンの人たちが私の名前を叫んでくれて、すごく嬉しかったよ」

「へぇ……」

 夏希は羨ましそうに言う。自分もアイドルになってみたいと思っていた。でも、自分には歌もダンスも得意ではなかった。というかそもそも可愛くないし、目立ちたくもない。現実では無理なことだった。

「夏希ちゃんはどんな夢を見るの?」

 美咲が聞く。

「私は……」

 夏希は言葉に詰まってしまった。自分は夢を見ることができないということを美咲に言えなかった。恥ずかしかったし、不憫に思われるのも嫌だった。

「私は……あまり覚えてないや」と、夏希は嘘をついた。

「そうなんだ。残念」美咲はさばさばとした口調で言う。「夢ってさ、現実よりも面白いよね。現実ってつまらないし、辛いことも多いし」

「うん。そうだね」

 夏希は素直に頷く。自分も現実がつまらないと感じていた。学校でも家庭でも目立たず、平凡で退屈な日々を送っていた。でも、夢を語る美咲の表情は晴れやかだ。夢を見ることができれば、自分の人生ももっと楽しくなるのかな……。

「だから私は寝るのが大好きなんだー」美咲はへへへと笑う。「夢を見るおかげで、寝てる間だけは幸せなんだよ」

「授業中は寝ないようにね」

 夏希も笑う。けれどそれはどこか後ろめたい笑いだった。


 その日の帰り道、ふと目に入った古道具屋が気になって、夏希はお店の中に足を踏み入れてみた。

「こんなお店、いままであったっけ?」

 けれどそこは古いお店で、夏希よりも歳をとっていることは明らかだった。お店の中にはノスタルジーな昭和の中古家電が売られていて、夏希は、その中でも特に一台のラジオに目を止めた。ラジオは古びた木製の箱に、大きな電源スイッチとスピーカーがついているだけのシンプルなデザインだった。値札には「夢を見せてくれるラジオ」と書かれていた。

「夢を見せてくれるラジオ?」

 夏希がつぶやく。すると、店の奥にいた店主がにこっと笑って話しかけてきた。

「そうだよ。このラジオは特別なんだ。寝る前にスイッチを入れると、そこで流れている番組の世界に入って夢を見ることができる」

「本当ですか?」

「あぁ、本当さ。試してみないか?」

 店主は夏希にラジオを手渡す。

「どうぞ、持って行っていいよ。ただし、一つだけ注意してほしいことがある」

「何ですか?」

「このラジオは君の心の奥底にあるものを映し出すんだ。だから、君自身が何を望んでいるかよく考えて使ってね」

 店主は深刻な表情で言う。

 夏希は不思議そうにラジオを見つめる。夢を見ることができない自分にとって、このラジオは魅力的だった。でも、自分の心の奥底にあるものが映し出されるというのは、どういう意味なのだろうか。

「ありがとう、おじさん。じゃあ、これ買います」

「お金はいいよ」

「でも」

「大丈夫」

 夏希は店主の言葉に甘えてお礼を言った。

 その夜、夏希はベッドに横たわり、ラジオをつけた。普通のラジオと違ってチャンネルを調整するダイヤルは無く、スイッチを入れるとすぐにラジオDJの声が聞こえた。

「今日の番組は『乙女ゲーム』です。あなたは乙女ゲームの主人公になり、大学で様々なイケメンに囲まれてドキドキした毎日を過ごします」

 ラジオDJの声が言う。

「乙女ゲームの主人公……」

 恋愛なんて、夏希はあまり得意ではない方だった。男の人と話すのは苦手だ。そりゃ大人になったら高学歴イケメンと付き合ってみたい願望はあるけれど、そんなの自分などには叶わない話だろう。

 ラジオから音楽が流れ、夏希を眠りへといざなおうとする。

 夏希はそれに甘んじて、部屋の電気を消し、ベッドの上で横になった。

 すーと息を整える。

 ラジオの音楽がだんだんと遠くなり、あっという間に、夏希は眠りに落ちた。

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