赤ずきんはオオカミを救いたいし狙ってるし結婚したい【第一章完、第二章準備中】

山法師

第一章 出逢いと旅立ち

1 赤ずきんへの転生

 時は現代、場所は日本。難病を患い、二十歳という若さで私は、病床で息を引き取った。

 と、思ったら目が覚めた。……え? どゆこと?


「ニナ! ニナ! いつまで寝ているの! 今日はおばあちゃんのお見舞いに行く日でしょう! 起きなさい!」


 下の階から女性の声が聞こえ、その声と言葉を聞いた瞬間、私は『今の自分のこと』を思い出した。

 私の名前はニナ。年は八歳。一人っ子。父と母と一緒に森の中の小屋で暮らし、少し離れた家に祖母が住んでいる。

 そして私は、出かける時にはいつも、赤い色の、フード付きケープを着るのだ。その見た目、この設定、ここは、『赤ずきん』の世界では?!


「ニナ?!」

「は、はーい!」


 私は慌てて起きて、寝間着からワンピースに着替え、オレンジにも見える茶色の髪を左右で分けて三つ編みにして、下に降りていった。


「ほら、顔洗いなさい」

「はい」


 水甕みずがめの水で顔を洗い、口をゆすぐ。柱に引っ掛けてある布を、ぴょんっと跳んで掴んで取って、それで顔を拭く。そして、また跳んで、布を引っ掛け直した。


「ほら、朝ごはんよ」

「はーい。いただきます」


 お母さんが用意してくれた朝ごはんは、丸いパンが半分と、父が街へ下りて買ってきてくれたベーコンと、去年の秋、家の庭に生ったりんご。ちなみに私は、街に行ったことがない。大人になったら行っていいんだって。

 木こりの父はもう仕事に出ているから、私と母だけで朝ごはんを食べる。そして食べ終え、二人で片付けをして、


「ニナ」

「はい」


 赤いずきんを被って出かける準備をした私に、母はぶどう酒とミートパイが入った手提げかごを渡してきた。


「おばあちゃんの家までの道は?」

「山道をまっすぐ歩いて、二本に別れる道の左を行ったところ!」

「よし。よく言えました。じゃあ、気をつけて行って来るのよ」

「はぁい!」


 行ってきます、と母に手を振って。私は山道を歩き出した。


 ◇


「……この世界が、『赤ずきん』の世界なら」


 私はそう遠くない未来でオオカミに食べられ、けど猟師に助けられ、事なきを得る、はず。これがどの『赤ずきん』に即してるか分からないけど、一番のハッピーエンドとされるのは、その流れだ。

 だが。だがしかし。


「オオカミ……殺されちゃう……?」


 前世の私はケモノが好きだった。動物も獣人も好きだった。特にオオカミは大好きだったのだ。

 この世界の、これから会うオオカミが、ただお腹を空かせたオオカミなら、助けてあげたい。そしてあわよくば仲良くなりたい。


「言葉が通じるんだもん。変装だってするんだから、知性があるはず」


 なんとか説得して、人を食べるのはやめてくださいって言って、このぶどう酒とパイで手を打ってくれないだろうか。


「てか、いつ来るんだろ」


 そのまま歩いていたら、何事もなくおばあちゃんの家に着いてしまった。今日は遭遇しない日だということだろう。


「おばあちゃん! ニナだよ! お見舞いに来たよ!」


 ドアを叩いて声を張り上げる。すると、しばらくしてからドアが開いた。


「ニナかい? よく来たねぇ。ここまで大変だったろう」


 寝間着にショールを羽織ったおばあちゃんが、家の中に私を入れてくれる。……そういえば、おばあちゃんがナイトキャップ被ったとこ、見たことないかも。


「全然大変じゃなかったよ! はい、これ、お母さんから!」


 リビングのテーブルに、手提げかごを置く。

 おばあちゃんはここ一ヶ月くらい風邪気味で、たぶん、それがこれから悪化しちゃうんだろう。

 うーん。オオカミさんを助けたいけど、おばあちゃんの風邪も重くなって欲しくないし、おばあちゃんがオオカミさんに食べられても欲しくない。

 オオカミさんは、赤ずきんがおばあちゃんの家に行こうとしてたから、おばあちゃんも食べるんだよね? なら、おばあちゃんに元気になってもらって、お見舞いに行かなくてすむようにしよう!


「いつもすまないねぇ」

「ううん。おばあちゃん元気ないもん」


 言いながら私は、おばあちゃんの家の中を掃除したり、溜まってる食器を洗ったり、外にあるニワトリ小屋の掃除をしたりそのニワトリに餌をあげたり、卵を回収したり、洗濯物をしたりする。

 ん? あれ? この前持ってきたりんごが減ってない。


「おばあちゃん、りんご、食べてない?」


 りんごは消化に良くて、風邪にはぴったりなんだよ?


「ああ、そうだねぇ……。硬くてねぇ……」

「なら、りんごジャム作るね!」


 りんごを切って、皮を剥いて、細かく切って、琺瑯ほうろうのお鍋へ。そこにお砂糖をドサドサ入れて、かき混ぜて、置いておく。竈の火を熾して、横にある薪を焚べて、火を強くする。

 先にパイを温め直そう。竈の上にパイを置いて、お鍋を保温するための、大きな蓋をカポッ。


「今日のニナは、よく働いてくれるねぇ。良い子だねぇ」


 ギクッ。

 そう、これまでの私は、おばあちゃんのお見舞いに行ってはいても、ここまで家のことをすることはなかった。だって、八歳ですし。パイ一皿とぶどう酒一本持って往路約二キロ。疲れるんだもん。


「え、えへへ」


 でも、これからはそうは言っていられない。一日でも早くおばあちゃんに元気になってもらって、食べられる確率を減らさないと。

 そうしているうちに、ミートパイのいい匂いがしてきた。


「おばあちゃん! パイ、温まったよ!」


 蓋を開けると、冷たく固まっていたパイ生地が、温かくなって、艶を取り戻して、パリッとしてる。

 うん、美味しそう。

 私は一皿そのままパイをリビングに持っていって、「どのくらい食べる?」とナイフを持ちながらおばあちゃんに聞く。


「それなら、少し、いただこうかねぇ」

「少しって、このくらい?」


 パイを八分の一に切ってみる。


「すまないけど、そんなには食べられないねぇ」

「じゃあ、このくらい?」

「そんなには──」

「じゃあ──」

「そんなには──」

「じゃあ──」


 最終的に、切り取ったパイは一口サイズになってしまった。


「すまないねぇ。あんまり重いものは入らなくてねぇ」

「……ううん。おばあちゃん、ごはん、ちゃんと食べられてる?」

「そうさねぇ……動ける程度には食べてるけどねぇ」

「……」


 これは、母と相談したほうが良さそうだ。

 そうして二人で、ミートパイを食べ終えて。


「……あ。りんごジャム!」


 りんごジャムの存在を思い出した私は、琺瑯の鍋へ直行する。かき混ぜて底を確認すれば、ちゃんとりんごの汁が出ていた。

 よし、あとは火にかけてコトコトだ。時々混ぜるのも忘れずに。


「おばあちゃん! ジャムを入れられる容器ってある?」

「それなら、横の棚にあるのを使っておくれ」


 言われて、その棚を見れば、食器類がズラリ。その一角に、ジャムを入れるのに良さそうな、空の瓶があった。

 ジャムを作っている間に別の鍋に水を張って、沸騰させる。そこに洗った空の瓶と蓋を投入。煮沸して、清潔な布の上で乾かして。


「あ、ジャムいい感じ」


 あとは冷まして、瓶に移して、蓋をすれば──


「完成!」


 リビングへとそれを持っていき、


「おばあちゃん。これなら食べれると思うんだけど、どう?」

「おやまあ。本当にジャムを作ってくれたのかい。ニナは良い子だねぇ」

「えへへ」


 おばあちゃんが頭を撫でてくれました。


 ◇


「ただいま!」

「ニナ! こんな遅くまでどこ行ってたの!」

「ひえっ」


 私は母の誤解を解くべく、おばあちゃんの家でのことを細かく説明して、同時におばあちゃんの病状について相談して、


「そうだったのね……なら、ニナの言う通り柔らかいパンを持っていったほうが良いわね」

「それとミルク! パン粥作る! ちゃんとニナがお料理する! おばあちゃんに食べてもらう! 元気になってもらう!」

「ニナ。パン粥の作り方分かるの?」

「うっ」


 分かるけど、分かると言えない……。


「教えてください……」

「よし、素直に言えたわね。じゃあ今から教えるわよ」

「え! 良いの!」

「可愛い孫に作ってもらったら、おばあちゃんも食べてくれるでしょうしね」


 母は微笑んで、そう言ってくれた。


 ◇


「ハァ……ハァ……クソ……あの野郎ども……」


 ここに、縄張りから追い出されたオオカミが一匹。一匹だけでどうにか生きてきたそのオオカミは、それでもやはり一匹で、しかも今の状態・・・・では限界があり、餓死寸前で、ある山に辿り着く。


「……食い物……何でもいい……。ここに、あってくれ……」



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