勝利の女神サマ

ほのなえ

勝利の女神だとか言われても

「君は、俺にとっての『勝利の女神サマ』なんや!」


 関西弁で突然発せられたその言葉に、あたしはぽかんとしてしまう。


 目の前にいる野球部のユニフォームを着てる男子は、野村健太のむらけんたくん。あたしと同じ中学二年生なんだけど、中学入学と同時期に関西の方から引っ越してきたみたいで、クラスもまだ一緒になったことはなくて、あたしは今まで話したこともない。

 そんな対して面識もない男子に呼ばれて、なぜだかグラウンドのすみっこに連れてこられた訳なんだけど……あれ? あたし、なんで今こんなこと言われてるの?


 あたしは今のこの状況に混乱しながらも、浮かんだ疑問を口にしてみることにする。

「な、何言って……第一、あたし野村くんとは話したこともないじゃない」

 野村くんはあたしの言葉の内容も特に気にせず、さっきからあたしを見据える熱い視線を一切外さないまま、口を開く。

「でも、最近しょっちゅう試合観に来てるやろ?」


 確かにあたしはここ最近、野球部の試合を観に行っている。でもそれは野村くんを見に来てるんじゃなくて、後ろの方でこっちの様子をこっそり覗き見てる女の子……親友の「まこちゃん」こと遠藤真子えんどうまこちゃんに頼まれて付いてきてるだけなんだけどな……。


「いっつもバックネット裏に座ってるから、ピッチャーの俺には君の姿がよう見えるんや。で、君が来てる日の試合は勝率100%ってことにさっき気がついてなぁ。そんなん、まさに勝利の女神サマやと思わへんか?」

「え……」

「それだけやないで、その日は俺のコンディションも……おまけに天気さえもバッチシなんや! 俺、結構な雨男なのにやで? 奇跡やろ?」

「そ、そんなの……ただの偶然だよ」

 どこか興奮した様子の野村くんの勢いに引いて、あたしは一歩後ずさる。

「第一、あたし大して試合観に来たこともないんだし。友達に連れてこられて最近二、三回来たくらいで……。野球が特に好きなわけでもないから、別にもうこれからはあんまり行かないつもりなんだけど……」

「なんやて⁉」

 野村くんは目をこれでもか、というくらい大きく見開く。

「それは困るわ! もうすぐ夏の大会が始まるんやで⁉ 君にはこれからも野球部の試合観に来てほしいんやけど!」

「ええー。そんなの知らないよ」

「うちの中学の野球部の勝敗に関わるんやで⁉ 大会は一回負けたら終わりなんやで⁉」

「いいよ。別に負けたってあたしには関係ないし……」

「うわっ、この薄情もん! ウチの学校への愛はないんか!」

「そんなこと言われても……それに、あたし別にその、勝利の女神じゃないもん。あたしが来たからって、うちの学校を勝たせることなんてできないよ」

 あたしはそう言って口をとがらせる。

「いや、君が俺にとっての勝利の女神サマなんは間違いないはずや。……あの厳しい試合、絶体絶命のピンチの時、マウンドから君の姿を見ると……なんや後光が差してるように見えたくらいやからな」

「ご、後光……?」

(何言ってんの……そんなのあるわけないじゃん。いつの試合か知らないけど、太陽の光が偶然あたしのとこに射してて眩しく見えただけなんじゃ……)


「でもまあ確かに、今日初めて喋ったくらいやし、俺のために毎回試合観に来てくれるほどの仲でもないよな……」

 そう言って肩を落とし、一気におとなしくなる野村くんの姿に、ほっとすると同時に、なんだか申し訳ない気持ちにもなる。

(ちょっとかわいそうかなぁ。お兄さんの応援で野球部の試合観に来るまこちゃんの付き添いで、たまには観に行ってあげてもいいかもしれないけど……でもこれからずっと全部の試合観に行けるってまでは言えないしなぁ……)


 そんなことを思いながら野村くんを見ていると、突然野村くんが顔を上げ、私の目を真っ直ぐに見て言ってのける。

「せやったら……君、俺のカノジョになってくれへんか!」

「……はぇ⁉」

 突然のその言葉に、あたしは驚きのあまり、思わず変な声を出してしまう。

「カノジョなら、毎試合観に来てくれるもんやろ? なんなら手作り弁当持参でもええで! そーゆーの、ちょっと憧れてたんや!」

「な、何勝手なこと言ってんの……っ!」

 慌てふためくあたしの方に野村くんは身を乗り出し、熱っぽく言ってのける。

「どうなんや! 俺の告白、受けてくれるか?」

(こ、告白って……これが?)

 あたしは思わずショックを受ける。今まで告白なんてされたこともないし、少女漫画を読むのが好きなあたしはカッコイイ男の子から素敵な告白をされるシチュエーションにずっと憧れてたんだけど……これが、告白だって言えるの?

(しかも、別にあたしが好きってわけじゃないみたいじゃない。あたしを試合に来させるために彼女にするなんて……! そんなのひどいよっ!)

 あたしは初めての告白がこんな形になってしまったことに憤慨し、突き放すように冷たく言い放つ。

「……無理。あたし、好きな人いるもん」

 野村くんは少しショックを受けたような顔をして、再び目を大きく見開いた後、大声で叫ぶ。

「だ、誰やねん!」

(だ、誰って……誰でもいいじゃない。なんでそんなことまで言わなきゃならないの……)

 あたしはそう思ったものの、野村くんを諦めさせるためにも、仕方なく答えてあげることにする。

「……サッカー部のキャプテンの、坂本先輩。カッコよくて学校中の女子に人気でしょ? あたしもずっとファンなんだ」

「ああ……あの、ジョニーズに履歴書家族か誰かに勝手に送られそうな雰囲気の先輩か……。女子はやっぱし、野球よりサッカーしてる男の方がカッコよく見えるんかな……」

 野村くんはうつむいてブツブツとそう呟いた後、あたしの方に向き直って言う。

「でも、まだ両想いってワケではないんやろ?」

「そ、そりゃあそうだけど……」

 そりゃあ学校で一番人気なんだから、あたしが坂本先輩と付きあえるはずもないんだけど。でもそんなすごい相手を言えば諦めてくれるかと思ったのに……どうやら逆効果だったみたいで、野村くんは身を乗り出して言ってのける。

「そんなん言われても……諦められへん! だって君は、俺にとって特別な、勝利の女神サマなんやから……っ!」


 なんだか野村くんにとってはあたしが『勝利の女神』だからって無駄に美化されてるのかもしれない。だから本当は試合を観に来てチームを勝たせてほしいだけなのに、だんだん彼女になって欲しいって思いこんじゃってるのかも……。

 そう思ったあたしは、試しに提案してみる。

「じゃあ勝利の女神じゃないって証明できれば諦めてくれる? 次の試合は観に行ってあげるから」

 それを聞いた野村くんは少しの間考えた後、ゆっくりと口を開く。

「……なら、うちのチームが負けるまで、しばらくの間、試合観に来てや?」

「う、うん……まあ行けたらね」

「それで……君が観に来た試合全部に勝ったら、俺のカノジョになってくれるって約束してや!」

(ええー……なんでそうなるかな。でも、全部の試合に勝つなんて無理だよね。いつか負けるよね……?)

 そう思ったあたしは仕方なく頷く。

「あーもう、わかったよ!」

「よっしゃ! そういうことなら頑張るでぇ! ほな、俺、みんなのとこに戻るわ。次の練習試合、来週の土曜やから! 楽しみにしててや!」


 どうやら野村くんはすっかりやる気になってしまったようだった。そんな去りゆく彼の背中を見ながら、まずい約束しちゃったかなと若干不安になっていると、野村くんが唐突にこちらを振り返る。

「あ! そーいえば君、名前なんていうんやっけ?」

「…………」

(じ、自分が告白した相手の名前も知らないなんて……!)

 あたしは内心、呆れると同時に憤慨しながらも、自分の名前を口にする。

「……姫神ひめがみ咲良さら……だけど」

 あたしの言葉に、野村くんはしばしの間絶句する。

「……嘘やろ……」

 その長いにあたしはドキリとする。自分のこのやけに綺麗な響きの名前が、自分の平凡な容姿に見合っていないなって思うことは、今までにも何度もあったから……。

「……な、なによ。文句ある?」

 恐る恐る尋ねるあたしの言葉に対し、野村くんはあたしの名前を呟き、言ってのける。


「ひ、さら……名前まで女神サマみたいやん!」

「…………」


 あたしはもう、何も言う気になれなかった。

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