猫神様の夏休み

河城 魚拓

第1話 夏休みのはじまり

 夏休みが始まった。

 乗りたくもない電車に乗りながら、席の正面の窓から見える景色をボーっと見ている。

 車内には誰もいない。

 だから、嫌でも俺の正面の窓から景色が見える。俺の出身地である東京では、このような状況になることは、ほとんどないだろう。

 窓から見える景色は、嫌になるくらいに自然。

 近くには畑があって、遠くには山が見えて、その上には空がある。しかも、それらは今のとても暑い八月の始まりを、夏を、表現するかのように緑。そして青い。

 夏休みの期間、親の都合でこの緑木線の終点である、二岬駅にある母の友人の家でお世話になることになった俺は、無抵抗なまま田舎にひと月幽閉されることになった。

 そんな愚かな高校一年生の高橋正樹は、行きたくもない田舎の大自然に行くことになったのだ。

 ため息をしても一人。車内に人は、俺しかいない。その証拠に、車内は電車の走るガタガタという音以外の音がしない。

 この電車が俺一人のために運転されていると考えると、少し優越感に浸れるようなそんな気もするが、窓から見える景色を見るたびに、そんな優越感は消える。見える緑が俺の優越感を、無慈悲にも消してくる。

 そもそも、誰かの家にお世話にならなくても、俺はひと月ぐらい一人で生活できると自負している。しかし、あの一人息子におせっかいな両親は「これも経験だし、きっといいことあるから」と、腹が立つくらいにニコニコしながら、俺を田舎に送り込んだ。

 ただ俺も、反抗期なんてとっくに過ぎている……と思っているので、反抗することもなく、本当に仕方ないと思いながら、荷物をまとめて、今ここにいるのだ。

 そんなことを考えながら、窓の外を見ると、少しだけ家が見えてきた。

 ほとんどが一軒家だ。家と家の距離もとても離れている。

 そもそも、俺は田舎に期待などない。

 だって、虫は苦手だし、娯楽もない。それに田舎はなんだかめんどくさそうだ。不便そうだ。

 家で静かに勉強したり、ゲームをしたり、中学の頃の友達と遊びに出かけるほうが、楽しいに決まっている。

 そういえば……。

 俺はふと、お世話になるお家のことについて、母から連絡を貰っていたことを思い出した。

 母からの文言には「あなたのことを見たらわかると思うので、駅に着いたらうろうろしてね。多分女の子があなたを見つけてくれると思います」と書かれていた。

 ……なんだろう。なんかこう、もっと家族情報とか、家の大きさとか、そういったことを期待していたけど、期待外れもいいところだ。

 はあ、とため息をついてから、スマホをポケットにしまい、そのあと、改めて残念な気持ちが俺の心を支配した。

 貴重な高校一年生の夏休みを、こんな田舎で過ごすなんて、最悪だ。

 何もいいことなんて、あるわけがない。

 

 

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