第5話 初仕事

 リュートが一つの扉を開け、二人は中に入った。

 侑惺の世界でもそうであったように、扉が繋がっている先は郵便取扱所で、表向きはここも雑貨屋のようだ。ただ、置いてあるものはだいぶ違う。


「あれ、リュートさん、また服装が変わってる」

 侑惺が言った。


 さっきまで着流しに黄色いジャケットを羽織っていたリュートは、軍服のような洋服になっていて、角もまた消えている。


「ユウセイも変わってるよ。つまりね、黄色いジャケットの仕業しわざなんだ。これさえ着ていれば、現地の文化に合わせた衣装を着ているように見えるんだよ。髪や目、肌の色、私なら角の有無なんかもね」

「へぇ!」


 言われて自分の身体をながめてみると、確かにリュートと同じような服を着ているようだった。髪の色も、金髪っぽく変わっている。


「お疲れ様です、配達人さんたち」

 店員が、二人に話しかけた。


「ここらは最近、凶暴きょうぼうなモンスターが蔓延はびこっててね。武器を持っていったほうがいい」

 彼はそう言って、侑惺たちに西洋剣を渡す。


「え……? モンスター? 武器? 渡されても使えないけど?」

「確かに、ユウセイの世界は平和そうだったね。剣や魔法の経験は?」

「まったくないですよ!」

「そうか。いずれは使えるようになると良いと思うけど、じゃあ、今回は私に任せてもらおうか。一応、護身用ごしんようと思って剣は持っててね」


 店を出るとそこは街中だったが、日本の印象とはかなり違った。

 ほとんど全ての建物がせいぜい二階建てくらいのレンガ造り。住宅と商店とが、石畳いしだたみの道をはさんでぎゅうぎゅうに立ち並んでいた。

 街の外に出る前にと、もう一度、封筒を確認した。不思議なことに、侑惺がまったく読めないと思っていた文字はなぜか読めるようになっていた。支給された帽子の効果らしい。書いてあるのはやはり宛名だった。

 それから、リュートは羅針盤らしんばんのような道具を取り出し封筒にかざした。羅針盤の何本かの針はくるくると回り、そのうちにそれぞれがある方角や目盛りを指して止まった。


「うーん、結構遠いな。徒歩移動は無理そうだ」

「歩けないとなると……車? いや、この世界に自動車はなさそうだな。馬とかですか?」

「陸路を行くより、手っ取り早く空路で向かってしまおう」

「え、飛行機?」

「いえ。私、飛べるので」

「俺は飛べないんですけど⁉︎」

「それも、いずれできるようになると良いですね」

「いずれできるようになるものなの……?」



 高い壁にかこわれていた街の外に出る。

 明るい雰囲気だった風景は、なんだか一気に不気味なものになったような気がした。

 街に続く街道から少しはずれた場所に移動すると、リュートは姿を変えた。それは、服装が変わったとか角が生えたとか、そんなものとは比にならないような変化だ。

 細長い頭に牡鹿ような立派な角を持ち、身体は大蛇のように長くその鱗は白く、日の光で虹色に輝く。頭から背中にかけて人であった時と同じ色の立て髪が生えて、尻尾はちょうど孔雀くじゃくが羽根を閉じた様子と似ていた。鳥のような手足で、鉤爪かぎづめを地面に食い込ませてはいるが、今にも雲の中へと昇っていきそうだった。


「かっけぇええええ! “竜”ってそっち⁉︎ ドラゴンのほうだと思ってた! すごい! 竜人りゅうじんって、完全な龍の姿にもなれるんですね!」

 興奮する侑惺に、リュートは大きな口の端をにやりと上げた。


「こっちが本当に本来の姿なんだ。ただ、仕事をするには人の姿であるほうが何かと都合がいいからね。今じゃ、龍の姿になるのは移動の時がほとんどだよ。 さ、私の背に乗って」

「いいの⁉︎」

「もちろん」



 龍に乗っての空の旅は、侑惺にとって感動の体験だった。

 れは驚くほど少なくて空をすべっているようだったし、風もほとんど感じない。途中には鳥やドラゴンとすれ違ったりもした。

 小型の黒山羊──あのカラスのような鳥も何度か見かけたが、リュートのスピードにはまったく追いつくことができないようだった。


「こうやって龍になって移動してたら、黒山羊ってやつも全然関係なさそうですね」

「そんなことはない。厄介やっかいなのは、そこらにいるやつよりも、“山羊飼やぎかい”と山羊飼いに統制された黒山羊なんだ」

「“山羊飼い”?」

「簡単に言うと、中央郵便局と敵対関係にある組織だね。黒山羊を手なづけて、確実に配達人の持っている手紙を喰らいにくるんだ」

「何が目的でそんなことをするんですか?」

「ほとんどの場合、自分に都合の悪い手紙が届けられては困る、というやからが、山羊飼いに依頼をしているようだよ。

 ユウセイが君の世界で黒山羊に襲われてたアレも、私は山羊飼いが関わっていたんじゃないかと予想してる」

「え、マジで?」

「なかなか、野生だけでああはならないよ」

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