聖者を偽る暗器使い、現代ダンジョンを行く。

たうめりる

無職×職業訓練校冒険者コース

 田中速人、25歳独身。


 現在、無職である。


 一体どこで間違ってしまったのだろうか。俺は今日もそんな事を思う。


 とにかく就職さえすれば、と安易に考え、うっかりブラック企業に就職したこと。


 とりあえず大学は出とけ、という親の言うことにただただ従って、家から一番近いFラン大学に入学し、勉強もバイトもせず自堕落な生活を送ってしまったこと。


 中学の時、友達が行くからという理由で高校を選んでしまったこと。


 考えれば考える程沢山人生の過ちが出てくるが、今一番考えてしまっているのはあれの事だろう。


 数カ月前に、彼女と別れた。


 同じ会社に同期として勤務しており、一緒になる機会が多く、向こうからの告白をオーケーして付き合いだした。


 人生で初めての彼女だった。だが、オーケーしたのは俺の人生で最大の間違いだった。


 奴は浮気してやがったのだ。相手は俺と同じ会社に勤める後輩で、ちゃらちゃらした奴。


 しかも調子に乗ってハメ撮り動画を送ってきたもんだから、顔見せが済んでいた元彼女の親や会社にそれらの動画を送って会社を辞め、すっぱり縁を切ってやった。


 その選択だけは今でも後悔していない。皮肉にもこの時、俺は人生で初めて自分で動き、自分で後悔の無い選択を取る事ができたのである。本当に皮肉だ。


 だが、問題はその後だ。


 生きている限り金は必要だ。


 だけど、どうしても転職活動に力が入らない。以前から俺は無気力な人間だったが、それが輪をかけて酷くなってしまった。


 いわゆる燃え尽き症候群だ。俺はどうやら完全に悪い方向にスイッチが切り替わってしまったらしい。


 もう一度就活して、会社勤めをする…そう想像しただけで、渋面を作ってしまう。


 …だが、そんな状態でも、どうしたもんかと悩むことはやめられなかった。


 今は失業保険が貰えてるが、それも限界がある。日々暮らすだけでも金は要る。幸い実家に帰ったので家賃は払う必要はないが、親からの視線も徐々に厳しくなってきている。


 ―――それならば、会社勤めをする必要のない仕事を探そう。


 俺はそう決心して、とある場所へと向かう事に決めた。


 無職の味方、ハローワークだ。







「でしたら、職業訓練校に通うのはどうでしょう?」

「職業訓練校、ですか…?」

「はい」


 眼鏡をかけた痩せ型のエリート気質な男にそう言われて、俺は目をぱちくりとさせてオウム返しした。


「職業訓練校に通えば、今出ている失業保険がその分延長されますし…その上無料で資格などのスキルを学べて、有利な条件で就職することが可能です」

「はあ」

「今お悩みの事も、時間と余裕があれば考えが変わるかもしれません。心の療養の意味もかねて、一度初心に戻ってみるのもいいかもしれませんよ?」


 そう言われて、俺は手渡されたチラシを眺めた。


 確かに、時間が取れるのはありがたい。俺は若干前のめりな気分で内容を読み込む。


 そして、その中に一つ、気になる単語があった。


「…冒険者コース…?」

「気になりますか?」

「…そう、ですね。少し…」


 と言いつつ、実は結構気になっていた。


 冒険者。それは…まあ、アイドルか何かみたいな存在である。


 堅苦しい説明をするならば、突如として地球上に現れだした謎の空間…ダンジョンから人類を守るために、ダンジョンに潜っては中にいるモンスターを討伐し、攻略する者たちの総称だ。


 だが、そんな使命を持つ冒険者も、今ではかなりライトな存在だ。


 まず前提として、冒険者はとある理由があって命が取られることが無い。冒険者がダンジョンの中で致命傷を受けると、ダンジョンの外まで無傷で転移させられるのである。


 当然デメリット無しという訳ではないが、命の危機が無いお陰で今では高校生でも冒険者になれる。


 また、冒険者は義務として、冒険の内容を専用の魔法カメラで配信する必要がある。


 その映像は世界規模で展開している動画サイト『yourtube』で配信され、一般公開されている。つまり、誰でも見ることができるのである。


 ダンジョン内での犯罪の防止が主な目的だったが、公開される動画の中で、人気を得る者が多く出てきた。


 要は動画配信者として振舞うようになった。いわゆる『ダンジョン配信者』だ。


 これが世界中で大流行。


 特にイケメンや美少女、実力者はメキメキと人気をつけていき、中にはテレビに引っ張りだこな程の知名度を誇る者もいる。


 正直、憧れないと言えば嘘になる。


 俺も高校生の頃くらいまでは、もし自分がダンジョン配信者になって活躍できれば…みたいな妄想をしたものである。


 だけど、実際には、死なない代わりに致命傷を受ければかなりの苦痛をもたらされる事で心が折れたり、激しい人気取り競争で9割の人間が全く人気を得られずに辞めていくのが現実だ。俺は結局やりもせずに諦めて、堅実な道を進むことにした。


 …やってみる、か?


 悪くないだろう。流石にダンジョン配信者になりたい、と思うほど夢見がちではないが、堅実にやればただ冒険者として活動するだけでも金は稼げるのだ。


 というか、会社勤めから逃れられればそれでいい。選択肢の一つとして、挑戦してみるのも悪くないだろう。


「あの、詳しく教えてくれませんか?」


 俺はチラシから顔を出して、職員へとそう切り出したのだった。

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