君と羊とビッグマック

リウクス

最後の晩餐

 地球最後の日。

 気温三十度を超える初夏の陽。

 古びた住宅街の通りに男が二人、全力疾走。

 どこかのラジオではRADWIMPSの『君と羊と青』が流れていた。


 一人の男はメガネをかけ、ヨレた白Tシャツに履き古したジーパン。必死にママチャリを漕いでいて、髪は汗でベタベタ。肥満体型で、顔中脂ぎっている。

 もう一人の風貌は酷似しているが、ママチャリは漕いでいない。徒走かちはしりである。肺を爆発させそうな勢いで並走している。

 ちなみに、こちらは裸眼である。


「ヤベェ! 急げ急げ!」

「うおおおおおお!!」


 ガシャン、とママチャリが段差を跳ねる。KFCのオリジナルチキンボックスを二つ入れた前かごが激しく揺れた。ペプシコーラが溢れているが、二人にそんなことを気にする余裕はない。あと20分で地球は滅亡するのだ。


 昨日、メガネ男は裸眼男に、自室で天を仰ぎながらこう提案した。


「なあ、明日KFC食わね?」

「なんでよ」

「だって地球滅亡するしさ」


 「あー」と気のない返事をした裸眼男は、一瞬窓の外の青空を見遣ると、こう言った。


「いいね」


 そうして、二人は地球最後の日に、KFCを食らうことになったのであった。

 余談だが、二人の思い出メシは、小学校の頃に運動会で食べたビッグマックである。


 地球滅亡まで、あと15分。

 汗を拭う間もなく、全身ビショビショで二人はアパートの一室に向かう。

 脂ぎった男二人がシェアハウス。ご想像の通り、部屋は灼熱である。到着するや否や、昼の屋台街を思わせる熱気が襲ってくる。


「エアコン!」

「おうよ」


 ピッ、と音が鳴るのと同時に、二人は床にへたり込んだ。

 カーペットはケバケバでボロボロだ。


「アッチィ〜〜」

「隕石降ってくるのに比べたらなんてことねえよ」

「がははっ」


 メガネ男が豪快に笑うと、裸眼男は「ヤレヤレ」と苦笑した。

 エアコンの風に当てられて、年中飾ってある風鈴が慎ましく音色を響かせた。


「風流ですな」

「んなこと言ってる場合じゃねえよ」


 二人はギトギトのボックスとベタベタのボトルを袋から急いで取り出すと、ペプシコーラを一気に飲み干した。「くぅ〜」と二重奏。

 視界が開けるような清涼感。


 それから言葉を交わすでもなく、彼らは両手をチキンで埋めると、ガブリと音を立てながら3ピース同時に喰らいついた。

 肉汁が溢れ、口の両端から滴り落ちる。


「うめぇ〜〜!!」

「けど」



 ゴクリと肉塊を飲み干す。



「「アッチィ〜〜!!」」


 そう言いながらも、二人は人生最高の瞬間を迎えたかのように満足気な笑顔を浮かべていた。

 彼らの両手は、二度とゲームのコントローラーを握らせたくないくらい、ギラギラと油で照り輝いていた。


 一旦KFCの旨さに感服すると、彼らは再び重厚な肉にかぶり付いた。

 ガツガツ、ムシャムシャ。

 片手の肉を失うと、それをビスケットで埋めて、交互に食べる。

 肉、ビスケット、ペプシの残り汁、肉、ビスケット、肉、ビスケット。

 ときたまポテトを流し込んだ。


 地球滅亡まで、残り10分。

 二人はあっという間に完食目前だった。


「うめぇうめぇ」

「めぇめぇ」

「そりゃ羊だろ」


 訳のわからないことを口遊くちずさみながら、有り難そうにしなしなポテトを吸って、彼らは最後の晩餐を終えるのであった。


「……最高だったな」

「な」

「マックの2.7倍は美味かった」

「どんな基準だよ」


 先ほどの熱気はどこへやら。

 部屋の中には、夏休みの縁側みたいな空気が流れていた。風鈴がチリンチリン。


「来世も生まれ変わったら最初にKFCを食おうぜ」


 メガネ男が裸眼男に柔らかく語りかける。


「バカ、まずは離乳食だろ」

「んなことわぁってるよ。ノリ悪りぃ〜」

「……いつものことだろ」

「……だな」


 儚さを纏うデブ二人。

 今にもひぐらしの鳴き声が響き渡りそうな、叙情的ワンシーン。黄昏時でないのが惜しいくらいだ。


 地球滅亡まで、あと5分。

 小汚いカーペットの上で、二人は名残惜しそうに、天井の隅を見つめた。


「時間、余っちゃったな」

「だな」

「……あのさ」

「何」

「こんなこともあろうかと思って」


 そう言ってメガネ男は立ち上がると、台所から何かを掴んで持ってきた。


「……あるぜ。食後のビッグマック」

「……お前」


 裸眼男は呆気に取られて口を大きく開けた。


「……天才かよ」

「だろ?」


 メガネ男はガサツな奴だが、こう見えて凄腕プログラマーなのだ。頭はいい。まあ、それとこれとは微塵も関係ないことなのだが。


 ビッグマックを受け取った裸眼男は、メガネ男と目配せすると、「幼馴染がお前で良かったよ」と言わんばかりの目つきで微笑み、「気持ち悪りぃ」と言われ、不服そうな顔をした。

 噛み合いそうで噛み合わないのが、この二人なのである。しかし、個性が違うからこそ、心地よい至福のハーモニーを生み出すのだ。このパティとチーズのように……


「……なんかパサついてんな」

「……だな」

「まあ、昨日買ったやつだしな」


 二人は落胆しながら、もっさりと、ゆっくりビッグマックを食した。


「……でも、懐かしい味がする」

「……ああ」


 あの日食べたビッグマックもそうだったな、と走馬灯のように思い出が二人の頭の中を駆け巡った。

 地球滅亡まで、残り1分。


「そういや、アイスもあるんだった」

「お前、それ早く言えよ」

「悪りぃ」


 メガネ男が冷蔵庫からハーゲンダッツを取り出す。


「スプーンはやっぱ金色だよな」

「どうでもいいから、そういうの」


 悪態をつきながらも、裸眼男は眉を八の字にして笑っていた。心なしか嬉しそうだ。


 地球滅亡まで、30秒。


「お前いっつも抹茶だよな」

「アイスは抹茶が至高だろうが」

「甘いか苦いかどっちかにしてほしくね?」

「バカ、その組み合わせがいいんだろ」


 地球滅亡まで、15秒。


「じゃあ、スイカに塩かけんのか?」

「いや、それはないけど」

「だろ?」


 10秒。


「けどさ」


 8秒。


「お前のストロベリーホワイトショコラも意味わかんねえだろ」


 5秒。


「は? お前、絶対チョコミントにも文句言うタイプだろ」


 2秒。


「いや、チョコミントは普通に好きだが」


 1秒。


「マジで?」

「うん」


 —— 0秒。

 二人は不意に心を通わせて、リアクションする間も無く、その時は訪れた。



 ボン。



「…………」

「…………あれ」


 ——しかし、何も起こらなかった。どこかで小さな爆発音が聞こえただけ。地球は滅亡しなかったようだ。


「……生きてる、よな」

「だな」

「ちょっとほっぺたつねってくれよ」

「ヤだよ。ベタベタしてる」


 今になってひぐらしが鳴き、陽が沈み始めた。

 冷房が効きすぎて寒くなってきたメガネ男は、エアコンのスイッチをオフにすると、裸眼男としばらく向かい合った。


「…………」

「…………」

「……そういや、さっきの爆発音は」

「……ああ!」


 メガネ男は何かを思い出したようで、再び台所へ向かうと、何かの電源を切って帰ってきた。


「ビッグマックのついでにナゲットも買ってあってな。さっき癖で電子レンジ入れてたんだったわ」

「おい」


 悪気のない顔で、メガネ男が裸眼男にホカホカのナゲットを1ピース手渡した。もちろん、バーベキューソースも付いている。


「……まあ、うめぇな」

「うん」


 二人でもぐもぐと、子どもみたいに、ナゲットをつまむ。


「……でも」


 二人は顔を見合わせた。


「KFCの方がうめぇよな」

「だな」



 翌日、呆れ返るほど平和な世界で、二人はKFCではなくビッグマックを食い直すのであった。

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君と羊とビッグマック リウクス @PoteRiukusu

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