繋ぐ糸の色を教えて

夢月七海

第一話 始まりは青い色


 砂漠の上で、馬の蹄の音はよく響く。お忍びで、馬車自体の装飾をどれだけ控えめにしようとも、パタパタと踊っているかのような音が、どこまで離れていてもかすかに聞こえてくる。

 俺たちはそれぞれ駱駝らくだに乗って、ずっと前方を走っている一台の馬車を追っていた。単純な速度で言えば、駱駝は馬には敵わない。だけど、今は追いつかなくてもいいから、俺たちは余裕綽々よゆうしゃくしゃくで駱駝を駆る。


 追走を初めて六十三分が経った。ずっと最大速度で走っていた馬に、疲れが出てきたのだろう。目に見えて、加速度が落ちてきた。

 この瞬間を、一番前を走るお頭は見逃さない。短い口笛が一回と、長い口笛が一回という合図を出す。


 右端と左端の弓矢隊、合わせて四人が、先に飛び出した。すぐに馬車の真横に追いつくと、弓矢を構えて放った。

 馬車の上に乗っていた護衛二人が射抜かれる。そのうち一人はこめかみをやられて、馬車から転がり落ちた。


 おお、えぐいえぐい。俺は、まだ転がっているその護衛を愛駱駝のディコを操って、上手く避ける。

 こんなところで死ぬなんて、災難だったな。ま、トッソト砂漠最大の盗賊に目を付けられた時点で、運のツキだ。


 さて、護衛の数が減ったので、俺たち次鋒じほうが馬車へと近付く。もちろん、お頭は真後ろで待機し、俺たちに指示を出していく。

 ここまで、順調に進んでいるが、それでも何が起こるか分からないというのは、どこの業界も同じだ。慢心せずに、隣の先輩方の目配せに押されて、俺は曲刀を抜いて、馬車の後方に陣取った護衛と向き合った。


 左手でディコの手綱を握り、右手は曲刀を護衛に向かって突き刺す。流石、王の分家を守る護衛。右へ左へ、軽やかに翻る俺の太刀筋を、細い剣で鮮やかに受け流していく。

 だが、俺の動きはあくまで陽動。護衛の死角となった背後から、先輩が槍で太腿を突き刺した。「うぐぅ」と押し殺した悲鳴を残し、護衛は馬車から落ちていった。あばよ。運があったら、拾ってもらえ。


 ようやく後ろが空いた。俺はディコから、馬車の後ろへと飛び乗る。ドアを蹴破って、中へ侵入する。

 左右の座席に一人ずつの侍女が座り、「ひっ」と青い顔で悲鳴を上げた。それは予想できたが、彼女達よりもおののいていても可笑しくない、今回の俺たちの標的は、落ち着いた表情で、その右の座席の侍女よりもこちら側に座っていたのには、面食らった。


「貴方たちの狙いは、わたくしでしょう?」


 北の大陸のある国の言葉で、その標的は淡々と言った。俺がその言葉を知らなかったら、どうするんだろうと思ったが、素直に頷く。

 俺たちが標的にしていたのは、ある国の王族の分家の娘だった。王との繋がりはとても細いものだが、確かに血は継いでいるらしい。上質な生地の青いドレスを着て、青翠の瞳に金色の髪を靡かせ、こちらを睨み返す。


「大人しく従います。ですから、これ以上の殺生はお辞めください」

「……分かった。こっちに来い」


 躊躇なく立ち上がった彼女の手を取り、こちらへ引き寄せる。俺のとは比べ物にならないほど、白くて肌触りの良い、小さな手をしていた。

 馬車の後ろから彼女と出てくると、付かず離れずの距離で追いかけるお頭に目を向ける。瞬き三回の合図で、全てを察したお頭は、撤収を意味する十秒以上の口笛を響かせた。


 先輩たちは駱駝と共に後ろへ下がり、俺は懸命に馬車を追いかけていたディコに、この彼女を乗せて、自分も跨り、踵を返したお頭についていった。

 こうして、我が盗賊団にとって、最大の仕事は、意外にも呆気なく幕を閉じた。






   ⦿






 日が沈むと、昼の暑さが嘘のように気温が下がる。そんなことなど関係なく、お頭を中心とした宴会が、野営地の焚火を中心に行われていた。

 きっと、羊の丸焼きも出て、いつもよりも上等な酒を飲んで、盛り上がっているんだろうなと想像する。心底羨ましい。一方俺は……と、カーペットの上で胡坐を掻いたままで、質素な椅子にちょこんと座る、人質の少女に目を向ける。


 首都で開かれる王の生誕祭に、他国の王族たちも大勢招待されていた。現在の王は、人望の厚かった先代に対抗心を燃やしているのだろう、王族の分家まで呼ぶ大盤振る舞いを行っていた。

 もちろん、そんなに大勢の王族が一気に押し寄せたら、俺たちのような無法者に狙われるので、一月をかけて数人ずつが首都へ集結していた。そんな万全を期した状況の中、下っ端どもの働きでやっと一人の娘の移動経路を掴んだ。そして狙ったのが、この彼女だった。


 今後は、この娘を人質に、何も無い砂漠に宮殿を立てることが出来るほどの金を踏んだくるつもりだ。その為に、首都のすぐ隣の小さくて寂れた町に構えた、俺たちの基地に向かう道中である。

 だから、浮かれていても油断は出来ない。同じ天幕の中でこの娘を見張る役目が必要だ……選ばれたのが、彼女と年の近い俺だったのは納得するだが、まあ、不満はある。


 そんな苛立ちが、貧乏ゆすりに現れていたのだろう。新品の毛布を肩にかけた娘が、不思議そうに俺の方を見た。


「貴方は、外の宴会に参加しないのですね」

「無理だね。酒も呑めねぇし」

「まだまだ子供ですからね」


 くすりと彼女が口に手を当てて笑ったので、俺はカチンと来た。


「あのな、子供扱いするけど、お前は何歳だ?」

「私は、十三です」

「俺の一つ上なだけじゃねぇか。偉そうにすんな」

「あら。十二と十三の、差は大きいですわよ? 私の方が、身長がありますし」


 彼女の手を取った瞬間、真っ先に気になったところを指摘されて、俺は言葉に詰まる。そんな俺を嘲笑いたいのか、肩の毛布を下ろして、彼女は立ち上がった。


「貴方の名前は?」

「……ジュアン」

「私は、アマランサスと申します」


 彼女の名前を聞いた時、「ん?」と思った。確か、事前の作戦の打ち合わせで出てきたのは、全く違う名前だったような……。

 だが、彼女がゆっくりとこちらへ歩み寄ってきたので、考えを中断した。なぜだか、勝ち誇った笑みを浮かべている。


「貴方たちは、私を誘拐して、勝ちを確信しているようですが、それは大きな間違いです」

「はっ、今更、命乞いかよ」

「いいえ。事実を言っているだけです」


 歩み続けながら、彼女はドレスの裾を掴んで、ゆっくりと捲し上げて行ったので、俺は慌てた。


「うわー! 待て待て待て! やっ、やけを起こすな! ゆゆゆ、誘惑しようたって、無駄だからな!」


 動揺しまくって、顔を背けながら両手で彼女の露わになっていくドレスの下を隠しながら、早口になってしまう。だが、彼女は、慌てる俺の目の前で、完全にドレスを股間までたくし上げた。

 ……見ないようにしたかったが、思わず凝視してしまう。彼女、いや、こいつのショーツの下には、女にはあり得ない膨らみがあった。


「お、お前、まさか……」

「ご察しの通り、私は顔が似ているというだけで選ばれた、影武者です」


 にっこりとこいつ……アマランサスが笑ったのを見て、頭を抱えてしまう。あの下っ端め、偽の情報掴まされやがって。いや、あんなにあっさりと誘拐できた時点で、怪しむべきだったのか……。

 それよりも、気にすべきは、こんな重要な事実を、アマランサスが俺に伝えてきた理由だ。影武者だと言ってしまえば、殺される可能性も高いというのに、何が目的だ?


 訝しむ俺の前で、裾を離してドレスの皺を伸ばすアマランサスは、真っ直ぐ俺に、挑むような目線を投げてきた。


「……私は、もうすぐ声変りを迎えます。体つきもどんどん男っぽくなるため、今回のが最後の影武者の仕事でした」

「はあ」

「もちろん、影武者なので、人質の価値などありません。しかし、何とか戻れたとしても、王族の秘密を知るものとして、口封じされるに違いありません」

「ま、そうだろうな」

「その前に、私を連れて、ここから逃げていただけませんか?」


 丁寧な口調で、とんでもないことを言い出してきやがる。

 だが、俺はそんなアマランサスからの挑戦に、胸の高鳴りを覚えた。






























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