コンビニが潰れた

リウクス

時が止まったはずの場所

 この場所は時が止まっているんだと、そう思っていた。



 新入社員になってからおよそ1ヶ月。

 研修の途中にゴールデンウィークが挟まり、私は実家に帰ってきた。


 夜行バスに乗って、地元の見慣れた駅で降りると、自分が上京したことなんて全部夢なんじゃないかという気がした。

 もしくは、こっちが夢なんだという感じもする。

 生が躍動していた東京とは反対に、こっちはあまりにも静かすぎる。

 死んでいるってほどでもないけど、毎日新しいことが雪崩れ込んでくるあの街とは比べ物にならない。


 私が夢と希望に満ち溢れていた女子小学生だった頃から、少しずつ諦めと悟りが身についてきた今日まで、ここは何一つだって変わらない。

 駅も、バス停も、公園も、中古品店も、スーパーも、学校も、どこへも行かずにそこにある。

 位置だけじゃない。名前も、風貌も、そのまま。

 私の記憶と何も齟齬がない。

 完全一致。


 音だって例外ではない。

 実家で昼寝をしていれば、裏にある中学校から吹奏楽部の練習する音が聞こえてくるし、その練習パターンも変わらない。

 朝起きれば、「ほっほー」と謎の鳥が鳴いている。


 まあ、そりゃ上京してからたった1ヶ月で何が変わるんだって話だけど。

 母は未だ短気なままだし、今年20歳になる弟はずっと可愛らしい。

 私がしばらくいなくなっても、それが何かの引き金になるというわけでもない。


 都会の忙しなさになれた私には、もはや煩わしさを感じられるほどの安定感。

 退屈だし、予定より早く向こうに戻ってしまおうかとも思った。


 だけど、実家に帰ってきてから3日目。中学の同級生と散歩をしていたときのことだった。

 ふと、彼女はこんなことを言った。


「あそこのコンビニなくなったんだよね」


 私と同じ地域に住んでいる人なら誰でも一度、いや十回以上は利用したことがあるコンビニ。それが潰れたというのだ。


「え、潰れないでしょ」


 私の口を衝いて出たのは、非常識な人を諭すような言葉だった。


「いやいや、潰れたんだって、それが」


 学生料金でも通用しそうな表情で彼女がそんなことを言うから、いまいち実感がわかなかった。


 けれど、確かめに見に行くと、本当にコンビニは無くなっていた。

 煌々と輝く照明も、カラフルな看板も、全部無くなって、無骨なコンクリートの塊になっていた。


 知らない間に私物を捨てられたような、そんな気分になった。


「ほら、無くなってるでしょ」


 そう隣で私に語りかける彼女は、いつの間にか一般料金の顔になっているようが気がした。


 この場所は時が止まっている。

 そう思っていたはずだったのに、私はそれを断定していたのではなく、信じようとしていたのだということに気がついた。

 せめてこの場所だけは変わらないでいてほしいと、私をがっかりさせてほしいと、無意識にそう願っていたのだ。

 変わらないものを見て、聞いて、感じて、「これだからこの町は嫌なんだ」と、思いたかった。


「でも上に薬局と別のコンビニもあるから」


 彼女は笑ってそう言った。

 けれど、私は無くなったコンビニの代わりがあるかどうかなんて、どうでもよかった。


 ただ、そこにあって欲しかったんだ。


 コンビニだけじゃない。家も、人も、誰かの家の名前も知らないペットも。

 そこにあるという事実だけ残してくれれば、二度と見る機会がなかろうと、それでよかったのに。

 結局変わらないものなんて何もなかった。


 東京と違うのはその速度だけ。

 終わりも始まりも、どこにいたって等しくやってくる。

 大切にしていたものも、意識すらしていなかったものも、知らない間に消えていく。


 『サービス終了のお知らせ』なんてない。

 「誠に勝手ながら」なんて誰も言わない。


 私がここを離れているうちに、何もかも消え去ってしまう。

 そんな気がして、私はゴールデンウィークが9日しかないことを恨んだ。

 この休みが終われば、次に帰ってくるのは多分3ヶ月後のお盆休み。

 この1ヶ月でコンビニが無くなったのなら、次の3ヶ月で何が無くなるのだろうかと想像してしまう。


 そして、それは止められないし、変えられない。

 この場所は夢じゃなくて、現実だから、時間は流れる。


 だから私は、消えてしまうのがせめて人ではありませんようにと、そう願いながら、一日だけ滞在日数を延ばすのだった。

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コンビニが潰れた リウクス @PoteRiukusu

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