落花に笑う

@nariyosi2960

落花に笑う

 恋は盲目とは言いますが、痘痕が靨

に見えてきたら気を付けた方が良い。

 狐につままれているか、よく見たら

化け物みたいな顔かの二択だから。

 ひょっとしたら本当に、化け物なの

かも知れないし。



 画廊の一階、大理石で作られた広間にて、画家の男は画廊の主である美女に泣きつかれていた。

「先生、十日前夫が亡くなりましたの。貴方の描いた絵の前で。両の手の中に自分の目玉を握りしめて。一体誰がこんなに酷いことを──」

 しくしくと泣き濡れる彼女の憂えた顔はまるで雨に晒された薔薇の様な艶めかしさで、古今東西の美を知るあらゆる人間から視線を奪う程の美しさを纏っていた。



「ふぅむ。アンタは僕を疑っているようですが、それは生霊の類いの仕業だろう」

「何故、お判りになって?」

「だってほら、犯人はもう足がついている」

「アラ、本当。足がついて来ているわ」

 彼女が振り返れば足首から下だけの足がモジモジ後をつけていた。



「蓮の花弁の様な若い娘の足だ。見てみなさい。あの、角の家から足跡が」

「いいえ、先生、あそこはただの家でなく、額装屋よ。足が、逃げていくわ。逃げ足の速い事。あんなに慌てて──もつれて転んでアラ大変」

「持ち主のところへ帰るのでしょう。きっと旦那を呪い殺した犯人の元へ」

「あの額装屋には娘さんがいたわ。うちの店にもお使いに来てはお喋りをしたもの」

「きっと呪いが果たされず、アンタについてきたんだろう」

「どうゆうことかしら?」

「さぁてネ。行ってみれば判るさ」



「御免下さい、春宵画廊の菱鶴です。娘さんはいらっしゃる?え?先刻二階で亡くなったばかり?」

「これはいけないね。きっと呪い返しにあったに違いない。なに、大体の悪意ってのは、バレちゃぁいけないものなのさ。悪意は芸術にはならないからね」

「そういうものかしら」

「まあ、ね。大概そうさね。だから呪いは芸術になれないね。目も当てられないからね」

「よく、怪異を描かれていらっしゃるけれど、まるで先生には呪いが見えていらっしゃる様ね」

「どうかな。ああ、せっかくだから、お線香をあげよう」



 一番の得意先である彼女の顔もあってか、元から病弱な娘に家族も覚悟はできていたようで、すぐに二階へ通される。

 顔に薄い麻布を乗せられた女性が、布団に横たわっていた。



「おかみさんによれば彼女、十日前から意識が戻らなかったらしい」

 画家の言葉に小さくうなずくと、画廊の主人は彼女の顔にかけられた布をそっと外した。

「ああ、お名前は確か……未桜子さん。とっても可愛い人」



「アンタ、酷い事をする。あんたなんかに何言われたって嫌味にしかならないじゃないか。百人が百人あんたの味方だ。せめて口汚く罵倒して差し上げたらどうだね」

「そんなひどい事、出来ませんわ。同じ人を好きになっただけの、恋敵ですらない若い子相手に。きっとこの子、あの人の目を奪いたかったんでしょうね。あの人、『君以外の女性によそ見はしない』って、口癖のようだったもの」



「アンタ以外の女には、例え呪われたって目もくれなかったわけだ。二人して、周りに薄情なまでに盲愛してるんだね。相手をどうこうしたい、してほしいと願う限り、恋と呪いはよく似てらぁね。好いた男を呪い殺しても諦めきれずに足だけになって、見当違いにアンタを追ってくるあたり、自分も呪われちまったわけだ。逢いたいが情、見たいが病…愛してほしいは立派な呪い」



「あながち、見当違いでもなくってよ」

「……と、言いますと?」

「ねぇ先生、私をうんと叱って頂戴。だって___私が食べちゃったんですもの。あの人の、目玉」

「怖ぇ女だ」

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