the small house

狭山梨羽子

第1話 出会い

 音のない世界で目を覚ますと、亮平は知らない部屋にいた。

 横になっていたベッドから起き上がると、ちょうど部屋のドアが開く。


 そこにいた女性を見て、亮平はベッドから降りた。


小枝さえ…!」


 その女性は、枕元のテーブルにコーヒーを置くと、亮平を見て微笑んだ。


 2人がいる、この小さな家の外では、雪が降り積もっていた。


   ***


 亮平が初めて彼女に出会ったのは、11月の下旬。

 木々からは茶色の葉が落ち、冬になりかけた風は、そこらじゅうを軽やかに駆け抜ける。


 離婚して2年。


 38歳になった亮平は、淡々と毎日を過ごしていた。

 自分を守るためにはこうするしかなかった。


 静かな落ち着きと、空虚な喪失感。


 亮平はどっちつかずの感覚に、日々まとわりつかれていた。


 仕事を終えた後、横浜駅の地下にある、大きな本屋に足を運んだ。


 本屋に行くのは、久しぶりだ。

 前回行ったのは、いつだったか。


 昼休み、中途入社の新人が、ファイナンシャルプランナーの資格を持っていると話していた。

 仕事に関係のない資格だ。


 だが、これから孤独であろう、将来に役立つかもしれないと気になり、テキストを見てみようと思ったのだ。


 資格本のコーナーに来ると、亮平は足を止めた。


 ファイナンシャルプランナーの本が並ぶ棚の前に女性が1人立っていた。


 亮平は、その後ろ姿に目を奪われた。


 150センチそこそこだろうか、小柄だった。

 ライダースジャケットにジーンズを履き、ダークカラーのパンプスを合わせている。

 黒いキャスケットからのぞく茶色の髪は、ショートボブくらいだ。


 まるで時間が止まったように見つめていると、視線に気づいたのか、女性は振り返った。


 どこにでもいそうな、あっさりした顔。


 女性は一歩、左へずれた。

 亮平は小さく頭を下げる。


「すみません」

「いえ」


 特徴のない声。

 これが、2人の最初の会話だった。


 亮平はテキストを手に取り、パラパラとめくった。

 なにも頭に入らない。

 1分も経たずにテキストを閉じ、棚に戻す。


 そして、本屋を立ち去る。


 女性は、亮平の後ろ姿を見つめていた。






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