第12話 想い



「これから長野魔境開拓作戦を開始する!! 各自、持ち場につけ!」


 大柄の男の号令と共に総勢200人を超える人々が散らばる。


「始まったね、作戦……ボクと湊は確か前線でモンスター退治だよね?」


 隣にいる少女――セツは俺の顔を覗き込んでくる。

 夏ということもあり、彼女の服装は足や首元などの露出が多くて涼しそうだ。

 ただ、そのため少し目のやり場に困る。


「あの〜、湊? 大丈夫?」


「ああ……そう、そうだな! 他の人も移動し始めてるみたいだし早く行こうか」


 どうやら夏の日差しで俺はぼーっとしていたらしい。

 7月の直射日光は俺たち探索者たちの体力をジワジワと削っていた。


「ぼーっとしてたのは湊なんだけど」


「うっ……」


 俺たちが配置されたのは前線のモンスター掃討部隊。

 魔境の核を壊すのは自衛隊所属の精鋭たちが行うので、ここにいる探索者たちはモンスター掃討部隊が多い。

 すると、近くにいたチャラそうな男が見下すようにこちらを見てきた。


「へっ、なんだよ弱そうな奴ばっかりだな、オレ一人で事足りるんじゃねえの?」


 そいつは次にセツに視線を送ると少し卑しい目を向けてくる。

 おい、どこ見とんじゃい。こっちは必死に耐えてるっていうのに……。


「確かに弱そうなのばっかじゃん!……あいつとか正に雑魚キャラって感じ〜」


「それな、オレたちも舐められたもんだぜ」


 次にチャラ男の隣にいた茶髪のギャル女がこっちを指さしてそう言ってきたのでニコリと笑顔で返しておく。

 すると――


「きっしょ……早く行こうよ。レン」


 う〜ん、辛辣。

 これが性格に難がある奴らってことか。

 なるべく距離を取って関わらないようにしよう。


 彼らが別の場所に行った後、セツは不機嫌そうだった。


「なんなんだよ! あの奴ら……湊を馬鹿にして挙げ句の果てには気色悪がって」


「まあまあ、そういう奴らもいるから……」


「わかってるけど気に食わないよ!」


 盛大にキレていらっしゃる。

 俺のために怒ってくれるのは嬉しいんだけどね?


「お〜い、そこのお前ら早く配置につけ――ひっ!!」


 余談だが、その後、自衛隊のおっさんがそんなセツの不機嫌そうな顔を見て小さく悲鳴を上げていた。


 ……

 …………

 ………………


「そういえばセツはなんの異能を持っているんだ?」


 配置についた後、雰囲気をなんとか和らげようと俺はセツに異能の話をしようとしていた。

 相方の実力を知ることはパーティとして必須だからな。

 だが――


「異能? まだ持ってないよ?」


 という答えが返ってきてしまった。


「逆に湊のことが聞きたいな」


「俺のこと?」


 確かに俺は自分の実力について言葉で語ったことはなかったな。


「うん、何回覚醒しているのか、とか何の異能を持っているのか、とか」


「ふむ……」


 これは別に正直に答えちゃっても良いやつだよね。

 セツにはなんだかんだで助けてもらってるし。


「覚醒は11回、異能は二つ持っていて――」


「――じゅういち?!」


 今は知らないけどこの世で最強と呼ばれる人は12回だったっけ?

 9回目からの覚醒は何十年も必要となり、結構大変だったんだぞ。


 覚醒しなさすぎてもうこれが上限なんじゃないかと錯覚した。


 というか12回覚醒している人はどうやって一生の中で12回も覚醒できたのかが謎だ。

 100年ダンジョン篭りでやっと11回だぞ? 意味がわからん。


「雪穂ですら7回、ボクは1回っきり……それなのに湊は11……」


 セツが頭から湯気を出したようにオーバーヒートしている。

 俺はダンジョンに100年間閉じ込められていたことも含めて説明した。


「――というわけで、100年ぶりにこの前、地上に帰ってきたってこと」


「そっか、そうなんだ、ボクと雪穂が湊を救おうとしてる間に湊は100年もずっと努力してて……想い人のためにそんなに努力できるなんて、ボクには真似できない」


 最後の言葉は小さくだが聞き取れた。

 セツは俺と自らを比べてしまっているのか。


 俺はセツから視線を外し、ふと上を見ると俺らのいる場所だけ雲で隠され、暗くなっていた。


「いやいや、俺自身、最初の1ヶ月で辞めたくなって途中リタイアできたらリタイアしてた……ただ俺は運が良かっただけなんだよ」


 それは俺が調子に乗らないように、という戒めでもあった。

 強い力を得てさっきの奴らみたいになるのは嫌だからな。


「ううん、それでも実際に100年努力したんだ、その努力は褒められるべきことだよ……なんならボクが頭撫でてあげようか?」


 揶揄うようにセツがそう言う。


「じゃあ、お願い」


「そうだよね、こんなの冗談――へっ?」


 俺は撫でやすいように少し、しゃがむ。

 どうした? 俺の頭が撫でられないってか?


「なんだ、ただの冗談だったのか?」


「違うし……ほらっ」


 俺の言葉はセツをムキにさせてしまったようで、ポンと手が後頭部に置かれる。

 そして――


「が、頑張ったね……」


 小さい手が俺の頭を撫でた。

 なんだろう、猛烈に恥ずかしい。


「…………」


「…………」


 恥ずかしさに呑まれて俺とセツは黙る。


「もしも……さ」


 その沈黙を最初に破ったのはセツだった。


「雪穂にまた振られたら――」


 その言葉が破ろうとしているのはこの沈黙だけではないと気づいてしまった。


「――グオォォォォォォン!!!!」


 次に聞こえたのはモンスターの咆哮だった。

 声に釣られて顔を上げるとそこには


「オーガ?」


 少し黒みがかり、王冠をつけたCランク指定モンスターのオーガがこちらを見つめていた。


「違うあれは……」


 セツは気づいていた、あのオーガが普通でないことを。


「Aランクモンスターのキングオーガ……それも変異種だよ!」


 その声を皮切りに、戦いが始まった。




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