次元トケイと電池ニンゲン

邪悪シールⅡ改

第1話

「あの蝶は冬の星空を知るのでしょうか」

 木漏れ日の只中を羽ばたく蝶も、祈る日はあるのか。

 季節の巡りが続くことを願う心はあるのか。

「この蟻は雪の結晶を見たことはあるのでしょうか」

 樹を這う蟻は己が背負う重き食物の、かけがえのなさを知るのだろうか。

 他者の命を繋ぐ誇らしさを知るだろうか。

「トケイ様。一つだけお願い致します」

 トケイは、膝に載せたクリスの幼い顔を覗き込む。

「何も聞くつもりはない」

 そのくせっ毛を指で撫ぜる。

「満ち足りた死など、くれてやらぬぞ。生まれの不幸を悔やみ呪いながら息絶えるがいい」

 常に潤む両眼をじっと見る。

「怨念を抱き蘇り大地を踏みにじるがいい。蚊帳の外で心地良く暮らす者共を引き裂いてしまえ。そうして、そうして……」

「トケイ様、どうか私を覚えていてください」

 そうして笑う。

「ここに来るまで私、鶏の肉も口にしたことがない人間でした。でも、でも」

 笑いながら目から一滴を流す。

「あと半年だったのにな、トケイ様」

 涙だ。

 初めて見る涙であった。

「もう一度、クリスマスをあなたと過ごしたかった」


      ○


「死んだ」

 ぽつりと呟き、トケイは立ち上がった。

「あーあ」

 世界のあらゆる事々が動きを止めた。

 命ある者に脈動するはずの血の流れは凍り付く。

 もう蝶が蜜を吸うことはない。

「あーあ。あーあ」

 蟻が巣へ歩むこともない。

「あぁ」

 クリスが動くことはない。

「……あぁ」

 電池ニンゲンが死に、全てが静止した草原をカラッポのトケイが踏みしめる。

 抱える遺骸に残る微かな温もりが奇妙で、可怪しく、悲しかった。

「クリス」

     

      ○


 次元トケイと電池ニンゲンだけが時を動かす。


 電池ニンゲンが死ぬと時は止まる。


 時を動かすには次元トケイと新しい電池ニンゲンを引き合わせれば良し。

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