第6話 圭ノ隣ノ人
愛妻弁当を渡す日の当日。
朝の準備をしている私は、気付けば鼻歌を歌っていた。
ごめんの気持ちを込めてのお弁当なのに、なぜかルンルンな私。
今まで自分が作ったお弁当なんか渡したこともない、ましてや男の人に渡すなんて。
好きな人に渡すってこんな感じなんだ。と恋する乙女になっていた。
そして家を出て学校へ向かう。
すると後ろの方から美華がやってきた。
美華「唯愛ー!おはよー!」
唯愛「おはよ」
美華が来たことでいつもの学校モードに戻る私。
美華「昨日もバイト大変だったのよ。疲れちゃった。ん?唯愛いつもより持ち物多くない?」
誰にもバレないと思っていたが、さすがに美華には突っ込まれた。
唯愛「...」
その言葉にビックリして沈黙する私。
美華「なにかあったの?」
唯愛「うん...昨日...昨日ね...せっ先生にね...」
一瞬昨日の嬉しかったあの事を美華に伝えようと思っていたが、ハッと思い、私は気づく。
これって、言っちゃダメなんだ。
昨日のあのことがあってからずっと、惚気けていた私だったけれど、これは禁断の恋。
担任の先生が、生徒の私にキスをしたなんてそんなことあってはならないし言ってはいけない事なんだ。
...と。
美華「大丈夫?」
心配そうに私を見つめる。
唯愛「うん。大丈夫だよ」
私なりの精一杯の笑顔を彼女にした。
美華「なにかあったら私にいつでも言いなよ。唯愛になにかするやついたら、私が許さないんだから」
美華は本当に優しい。私がいつもこんな感じだから毎回心配してくれる。
でも今回は嫌なことじゃないの。
もし、私が同じクラスの男子生徒を好きになってあんな事されたのだったら、何も思わずすんなり言えてたのかもしれない。
ごめんね...。美華。
嘘をついてしまわないといけなくなり、申し訳なくなった私は心の中で彼女に謝った。
そしてモードを切り替え、なにげない別の話をしているうちに学校に着いた。
ロッカーに愛妻弁当を入れ席に着き、朝礼が始まる。
ゆっくりとドアが空きいつものように顔を下げながら教室に入ってくる圭。
昨日の夕方ぶりだ。
彼の顔色を見ようと思ったが、恥ずかしくて全く見れない。
彼がこっちを見ようとすると思わず下を向いてしまう。
彼は皆に"おはよう"と言い朝礼を始めたが、全く彼の話が頭に入ってこなかった。
緊張しすぎている私。
だが少しずつ、いつもと全く変わらず淡々と話している彼の声が、なんとか耳に入ってきた。
意識してるのは私だけ?
だってキスだよ?
キスしたんだよ?
キスした相手と同じ空間にいて、しかも他の誰にもバレたらいけないのに。
なんでそんなに落ちついてるの?
私はつい筆記用具を落としてしまった。
普段冷静で大人しいこの私でも、今彼がいるこの空間だけは普通じゃいられなかった。
そしてなんとか彼の朝礼も終わり、午前中の授業も進め、ようやくお昼になった。
美華「唯愛ー!一緒にお弁当食べよー!」
いつものように美華は私に声をかける。
唯愛「ちょっと寄るところあるから今日は先に食べてて」
この時の私はスムーズに言えた。
だって午前中の授業の時から圭の事で頭がいっぱいだったから。
その言葉を言いながら、すぐさま後ろのロッカーから愛妻弁当が入っている袋を手に取り、彼がいる職員室に向かう。
「先生ごめんなさい!」
これじゃあわかんないか...。
「先生良かったら食べてください!」
食べてくださいって言ったら他の先生に気づかれちゃう...。
「先生これあげます!」
めっちゃ上から目線!
「先生!はい!」
もはや何なのか...。
職員室に行くまでどういう風に言って彼に渡そうか、浸すらシュミレーションをしていた。
だが結局、何を言うか決まらないまま、職員室に着く。
まずは中に本人がいるかだ。
ゆっくりとドアを空ける。ドアの隙間からキョロキョロと探してみるが、どこにもいない。
「いないか...。」
昼休みだもん。
きっとどこかに行ってるんだ。
他の先生ですらも職員室にほとんどいないもん。
私は諦め、ゆっくりとドアを閉め職員室を後にした。
するとその廊下の先で、圭ともう1人、圭と同じ時期にこの学校に変わってきた女性の先生と見たこともない笑顔をしながらこっちに向かってきのだ。
それを見た私は、圭に渡す為しっかりと握りしめていた愛妻弁当をその場に落としてしまった。
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