Extra round⑪ お相手の一般女性(22)
たぶん女の子は子どもの頃、将来の夢を聞かれた時、花屋さん、ケーキ屋さん、そしてお嫁さんの3つを一度は挙げたことがあるんじゃないかな。
私もそう。小学1年生の時だったかな。クラスの文集かなんかに、将来の夢に覚えたてのひらがなで『およめさん』なんて書いた記憶がある。たぶんお父さんはそれを見てショックを受けたんだろうなあ。
将来の夢なんてその時その時で変わるけれど、お嫁さんという小学1年生の時の私の夢は叶ったことになる。
自分が白鳥という名字でなくなることがまだピンと来ない。大好きな彼と同じ名字になる妄想はもう何百回もやってきたけれど、いざ婚姻届を書いて、隣の俊くんの欄に書いてある薬師寺という名字を見ると不思議な気分になる。
私は今22歳。今年で23歳になる。たぶん結婚する年齢としては今のご時世ではだいぶ早いほうだろう。
まさかお姉ちゃんより先に結婚するなんてな。こういうのは順番だと思っていたから、お姉ちゃんが結婚して、私が結婚して、次に楓が……という流れだと思っていた。
それが私が最初にプロポーズされて、俊くんがウチに挨拶にきて……。お父さんが泣いていた。その姿を見て私も我慢できなかった。
22年育ててくれた両親への感謝の気持ちと、小さい頃の思い出が同時に蘇り、もう涙が溢れて止まらない。お父さん、お母さん。私、薬師寺遥になるよ。
交際してもう6年も経ったけれど、結婚が決まってからの半年間は文字通り矢のようなスピードで経過していった。
ウチの両親に挨拶した後に、今度は俊くんのご両親への挨拶。お義父さんとなる健太さんには最初嫌悪感しかなかったものの、初対面から6年、だいぶ関係性は良くなったと思う。まだ少し遠慮されている感じはあるんだよなあ。
お義母さんの美保さん、お義姉ちゃんの美栄さんとは自分で言うのもなんだけど、良好な関係だと思う。たまに3人でごはんにも行くし、美保さんは私を自分の娘のように可愛がってくれる。それもあって挨拶はスムーズに終わった。
美保さんが目を少し潤ませ、「ウチの息子を選んでくれてありがとう」なんて私に頭を下げてきた。違うんですお義母さん。むしろ感謝すべきは私のほうなんです。私を薬師寺家に迎え入れてくれてありがとうございます。
なぜか歌舞家にも挨拶に行った。一応2人の『職場』でもあるから仕方ないのかな。薬師寺家、白鳥家では反対も何もされなかったけれど、歌舞家では最初、剛さんに反対されてしまった。
「俺の娘を俊、てめぇにはやらん!」なんて言っていたけれど、俊くんは筋を通して頭を下げて、剛さんが折れた。え、ここ、私の実家?
まあそれだけ剛さんが私のことを大事にしてくれている裏返しだし、剛さんと優子ちゃんが俊くんのことをどれだけ大切にしているか私はよく知っている。
たぶんこの空気感だと、もし将来楓が裕二くんと結ばれることがあったとすると、猛反対するんだろうなあ。裕二くんの顔の形が変わるんじゃないかと今から心配になる。
歌舞くんは泣いていた。振り返れば、私が俊くんに助けてもらった後、思わず彼に惚れてしまったことに最初に気づいたのは、私ではなく歌舞くんだった。
そんな彼の策略によって私は俊くんとデートすることになり、距離を縮めて、翌月交際を始めることになる。全ての始まりはこのオネエの策略によるものだった。そう考えると彼は私たちのキューピッドなのだろう。
今や世界チャンピオンになった歌舞くんだけれど、中身は当時と何も変わらない。相変わらず俊くんで遊んでいるし、今は付き合っているのになかなか関係が進まない明くんと百合子ちゃんを、どう距離を近づけさせるか、そればかり考えているらしい。
6年前の6月、そんな歌舞くんの助力もあって、私たちの交際が始まった。交際が始まってちょうど6年後の同じ日、私たちは役所に婚姻届を提出した。私の名字が薬師寺に変わった。
婚姻届を出せば何か大きく変わるのかなあ、なんて思っていたけれど、思いのほかあっさりと書類が受理されて拍子抜けだった。まるで結婚した実感が湧かない。
どちらかというと翌日、スポーツ紙に『バンタム級王者の薬師寺が結婚』という記事が載っているのを見つけて、その記事を見た時にようやく結婚したんだなという実感が湧いた。『お相手は一般女性(22)』なんて書いてあって、それがちょっと面白い。
お母さんにも結婚はした後にジワジワ実感が湧いてくると言われたけれど、確かにそうだ。何かに名前を書く時は薬師寺になったし、病院で名前を呼ばれる時も薬師寺さん。うーん、不思議な感じがする。
相変わらず剛さんとカブくんだけは私のことを『白鳥ちゃん』と呼ぶ。四姉妹なのにお構いなし。他の3人はみんな名前呼びなのに、私だけずーっと『白鳥ちゃん』。でも、それがなんだか特別扱いされている感じもするんだよね。
それから3カ月ほど。京都での結婚式まであっという間だった。高校2年生のインターハイの翌日、俊くんとデートした思い出の場所。当時、神前結婚式もいいなぁって思った場所で、私は結婚式を挙げた。
俊くんに「また、この場所に戻ってこようね。次は、家族みんなで……」なんてクサいことを言われて6年。本当に家族みんなで戻ってくることができて嬉しい。
久々に会ったおじいちゃんが大泣きしていた。顔がちょっと……いや、だいぶ怖いおじいちゃんが泣くと迫力がある。と思ったら、写真を撮ってくれているひかちゃんも泣いている。その姿を見て私も思わず泣きそうになってしまった。
今や日本でもトップクラスの風景写真家のひかちゃんだけれど、有名になっても中身は何も変わっていない。さっきまでお母さんと姉妹ゲンカしていた。いい加減そろそろ大人になってほしいなあ、なんて思っていたところで、今目の前でおんおん泣いてるんだもん。私も泣くよこれは。
式の後の食事会も無事……いや、だいぶ荒れたけど何とか終わって、残すは2週間後に控える披露宴だけ。私は目前に控えた披露宴の準備のため、引っ越し先の新居で慌ただしく書類の整理をしていた。
以前同棲していたアパートから、実家の方向に300mほど。庭つき、3階建ての広い家は2人で住むにはだいぶ広い。今日のように俊くんがジムでトレーニングに行って、家に私一人だけなんていう時は余計に広く感じる。
3階には唯の部屋までできちゃったし、その隣の空き部屋は引っ越しの手伝いに来た歌舞くんが「ここをキャンプ地とする」なんて言って、勝手に私物を置いていった。2人とも、新婚の私たちの生活を何だと思っているんだろう。
そんなことを思いながら私はリビングの奥に広がる庭に目を向ける。キャッチボールができるくらい広い庭。
先々子どもが生まれたら、庭でバーベキューするのもいいなぁ。将来の子ども部屋なんかも2階に用意したし、いずれ、この家で子育てする日が来るのかと思うと、今は楽しみのほうが圧倒的に大きい。
こんな豪華なおうちに住めるのも俊くんが頑張ってくれたおかげ。彼は「遥がサポートしてくれたからだよ」なんて言ってくれるけれど、腕一本でこの家を買うまで頑張ってくれたのは間違いなく彼自身だ。私は心の中で改めて、これからも旦那さんを支えていこうと誓った。
しかし……今日は朝からなんだか調子が悪い。気持ち悪い。披露宴まであと2週間。風邪なんて引いていられないのに。
体調は朝より、昼の今のほうが悪い。吐き気も増してきている。風邪だったら寒気やノドの痛みがあってもいいかもしれないけれど、そんな症状がない。
これって……まさか……。私はいてもたってもいられず、スマホで病院を調べ始めた。
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