第64話 恋するクールビューティー

「お腹減った時はパンケーキに限るわねぇ」


先ほどまで1クラス40人分近い肉を食べ、最後にデザートとしてアイスクリームを5個食べていたカブが、いつものカフェでひとり、おいしそうにパンケーキを頬張っている。俺と遥、そして井上さんは顔を引きつらせながら常識外れの行動をただただ見守っていた。


焼肉打ち上げが終わった後、俺たちは井上さんの悩みを聞くためにカフェに移動。22時までやっているこの店は、休日夜ということで8割ほど席が埋まっていた。ちょうど空いていたボックス席に、俺たちは焼肉屋と同じ並びで腰をおろす。


カブが注文したパンケーキは当然『野イチゴと甘い吐息~恋する乙女の休日~』。マスターに「いつもの、頼むわ♡」と注文したら当然のように出てきたんだけれど、お前はいつからこの店とそんな関係性を築いたんだ。


「それで、カブ、合宿の本当の狙いはなんなんだよ」

「あーら、アタシたちのひと夏の恋のアバンチュールに決まってるじゃない?♡」


気色悪い声を出し、ニコニコしながらパンケーキを頬張るカブを見て、俺は頭を抱える。井上さんの話を聞いて、『お返し』と称し合宿を組んだわけだから、カブには当然何か狙いがあるはずだった。


「……まあね、俊と白鳥ちゃんのことを考えた合宿ではあるわ」

「え?私と俊くんの?」

「ええ……。別にボクシング部単体の合宿にしてもいいんだけど、そうなると俊と白鳥ちゃんが一緒にいる時間を奪っちゃうでしょ?男だけの合宿に白鳥ちゃんを呼ぶのはいくらなんでも気が引けるしね」

「……なるほどな、確かにむさくるしいところに遥を呼びたくない」


俺は納得して頷く。このゴリラの案はなんだかんだ考えられていることに内心驚いた。


「そしてもう一つは麻友ちゃんの為よ」

「わ、私の……?」

「ええ、そうよ。麻友ちゃん、アナタ今日、ボクシングの試合を見ている時に、ずーっと恋する乙女の表情を浮かべていたわよ?」


突然指摘された井上さんは、普段の学校で見せるクールビューティー要素は何もなく、確かに顔を真っ赤にして恋する乙女のような表情を浮かべた。それをなんで試合観てる時に気づくんだよ、お前は。


「別に今ここで、アナタが誰に惚れたのか根掘り葉掘り聞きたいわけじゃないわ?でも試合中にあんな顔をしているっていうことは、好きなお相手はウチの関係者よね?協力するためにアタシは女子剣道部との合宿をセッティングしたってわけ♡」


合コンをセッティングしたような感じで言わないでくれない?すると、ドヤ顔を浮かべながらパンケーキの皿についたクリームまで掬ってなめていたゴリラに向かって、井上さんが静かに口を開いた。


「……この前のね、練習試合の時からかもしれないの。その……気になる人ができて……。その人はね、真面目で、カッコ良くて……。その人のことを考えるたびに気になっちゃって……頭から離れないの」

「フフ、それが恋よ」


お前はいつから恋愛相談員になったんだよ。それが恋よって、お前の経験値はいくつあるんだ。そんなやり取りの最中、なぜか遥は涙目になり目元をぬぐっていた。


「麻友、おめでとう!体調が悪いのかと思ってた……。好きな人ができたって話なら良かった……」

「……遥ぁ、でも私、、」


井上さんが言いかけて、目から涙をポロポロこぼす。


「わ、私、先輩たちの最後の大会になるかもしれなかったのに、好きな人のことを考えちゃって、今日も朝から集中しきれなくて、結局みんなの足を引っ張っちゃって……。先輩の足を引っ張っちゃって……」


号泣する井上さんに気付いたのか、周囲のお客さんも思わず振り向く。隣に座る遥が何度も親友の頭をなでながら落ち着かせようとしている。


「麻友ちゃん、あなたが武道に私情を持ち込んだのが敗因の一つだったのは否定しないわ。でもね、アナタが3年生の先輩たちを差し置いて主将に選ばれるくらい実力者で、アナタの活躍があったからこそ、我が校の女子剣道部は県大会まで進めたとも言えるわ」

「う……うん……」

「アナタは仕事をしなかったわけじゃないわ。団体戦はチームで勝つものよ。大将だけ強くても勝てないもの。切り換えて、同級生と後輩を更なる高みに導けるよう頑張りなさいな」

「うん……うん……」


カブに慰められた井上さんが更に涙を流し頷いた。しばらくすると、彼女はだいぶ落ち着いてきて鼻をすする。


「しかし麻友ちゃんをそこまで夢中にさせる男がいたとはねぇ。隅に置けないわ♡」

「……本当にカッコいいんだ。でも彼は私のことをよく知らないから、どうやって話を進めていいのか分からなくて……私、男の子に声を掛けたこともなくて……」


井上さんは背も高いし、スタイルも抜群、目鼻立ちが整った美女だ。遥がいなければ学校ナンバーワン美少女と言ってもいい。相当告白も受けていただろうが、全部断っているのだろう。


思わず俺が井上さんに好きな相手の男性のヒントを聞きかけた時、遥のスマホが鳴った。


「あれ?こんな時に誰かな?……え?お姉ちゃん?」

「それ、ウチの美栄のほう?それとも都さん?」


思わず俺は聞いてしまう。前者だったらいつの間に連絡先を交換したのか。その場合弟を通せよ。声を出さず、口元の動きだけで『み や こ』と言った彼女は、店内ということもあって小声で電話に出る。


『もしもし……?え、うん、来週末!?突然過ぎな……』


途中まで言いかけた彼女は、複雑そうな顔を浮かべ、自分のスマホを俺に差しだしてきた。


「お姉ちゃんが、俊くんに代わってって……」


都さんが俺になんの用だろう?一度夜の公園で会っただけで、それ以来まだ顔を合わせていない。


「代わりました、薬師寺です」

『あ、薬師寺くん?いきなりごめんね、デート中だったかな?』

「あ、大丈夫ですよ。ちょっと待ってくださいね」


そう言うと俺は遥を手招きし、一旦店外に出る。遥も意図を察したのか、とことこ俺の後をついてきた。


「あ、すいません。で、僕が何かしましたか……?」

『そんな緊張しなくて大丈夫よ?突然なんだけど、来週日曜、うちの引っ越しに協力してくれないかしら?私と遥が住んでるアパートを引き払って、先に引っ越さないといけないんだけど、私の都合で急遽来週になっちゃったのよお……』


そこで、より話を聞き取ろうとスマホに耳を近づけてきた遥と目が合った。思ったより顔を近づけていたことに気づいて、互いに視線を外して俯き合う。


『ああ、ごめんね、2人の甘い時間を邪魔して』


え、どこかで俺たちのことを見ながら電話してるのこの人?


「い、いや大丈夫です!あと引っ越しの手伝いも大丈夫です!」

『ふふ、邪魔だったらいつでも切ってくれていいんだからね?助かるわ、なら日曜、私たちのアパートに来てちょうだい。お礼は弾むから』


そう言いながら電話の奥で笑う都さんの声は、やけに楽しそうだった。スマホを遥に返すと、遥は二言三言やり取りし、顔を赤くしながら電話を切る。


さっきまで井上さんの好きな人の話をしようとしていたのに、急な電話のおかげで俺はそのことをすっかり忘れていた。

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