第63話 アタシのウインナー
「そういえばさ、俊くんと歌舞くんの出会いの話ってあまり聞いたこと、なかったよね……?」
追加でウインナー30本注文した目の前のゴリラを見ながら、遥は顔を引きつらせながら疑問を口にする。
そういえば遥には話してなかったな。俺からすると悪しき思い出だから、あまり人に話したいものではない。言うなれば黒歴史みたいなものだ。この街に生まれてしまったことを少し後悔している。
「そう……。あれは桜舞う学校の校門……。アタシの髪についた桜の花びらを、俊が優しく手にとって……」
「以上、このゴリラの話している内容は全てフィクションです」
「人の甘酸っぱい想い出に墨汁垂らさないの♡」
腐れ縁は再度俺の頭にチョップを放つ。俺は強烈な痛みが走る頭を再度抱える。絶対俺の頭蓋骨は無事じゃない。この焼肉の間に間違いなく頭の骨にヒビが入った。
「……小学校1年の時にさ、クラスのイジメっ子がコイツの筆箱が捨てられたんだよ。まあ後のインハイチャンプの物を捨てるなんて連中もバカだなって思うけど」
「懐かしいわね。大切にしていた筆箱でねぇ……。あの時のこと、今でも感謝してるのよ俊」
「カブ……お前……」
「フフっ、特別にアタシのウインナー食べさせてあげる」
そう言いながらカブは自分の皿にとってあったウインナーを、アーンの体勢をとって俺に食べさせてこようとした。やり取りを聞いていた向かいの遥が、何やら興奮しながら身を乗り出していた。遥、落ち着いて、ここは『黒薔薇』の店内じゃないよ。
そんな興奮した遥の隣で、クールビューティー井上さんは苦笑しながら、1人、肉を摘まんでいた。さっきから見ていると、まだあまり元気がないようだ。今朝から井上さんの様子はなんだかおかしいのは俺にも分かる。
俺が井上さんを見ているのに気づいた遥が、箸がそこまで進まない親友の姿に気づいて心配そうな表情を浮かべた。
「麻友……朝から体調悪かったりする?」
「う、ううん、全然そんなことないよ、大丈夫!」
彼女が元気を取り繕っているのは誰の目にも明らかだ。見かねたのか、俺の隣のゴリラがゆっくりと口を開く。
「麻友ちゃん……。アナタが何に悩んでいるか、アタシには分かるわ。……恋、ね?」
その言葉を耳にすると同時に、井上さんの顔が一気に耳まで真っ赤になってしまった。おい、なんでお前には分かるんだよ。エスパーかよ。遥も俺と同じようなことを思ったようで、驚くと同時に不思議そうな顔でカブを見ていた。
「フフ……。ここでは人が多いわ。あとで、場所を変えて話を聞きましょ」
「か、歌舞くん……。あ、ありがと……」
「むしろごめんなさいね麻友ちゃん、もっと早くアナタの悩みに気づいて、話を聞いてあげるべきだったわ。乙女を悩ませてしまったアタシを許して頂戴。お詫びと言ってはなんだけど、お返しをさせて頂戴な」
「お、お返し?」
井上さんがそう言って、心配そうな表情でカブを見つめた。カブはウインクして席を立つと、隣のボックス席……杉森、林葉の両先生と徳山先輩が座っていたボックス席に移動し、俺たちに聞こえないレベルの声で話し出す。
途中林葉先生と徳山先輩から「えええ!」という声が聞こえてきたが、さすがに井上さんに好きな人ができたという相談をしているわけではなさそうだ。
数分後、「決まりね」と言いながら戻ってきた腐れ縁のゴリラは、上機嫌で先ほど挨拶したように部員たち前に立つ。
「子猫ちゃんたちー、アタシの美貌に注目ー!発表があるわよ♡」
甘ったるい声が店内に響いた。1年ズの顔を見ると、カルビやハラミと一緒に自分も食べられるんじゃないかという、恐怖の表情を浮かべていた。全員の注目が集まったところで、カブはわざとらしく咳払いし、にこやかに笑う。
「来月、夏休み一週目、我がボクシング部は三重県で、女子剣道部と合同で合宿を張ることが決まったわ♡子猫ちゃんたち、喜びなさい♡」
「「えええええ!?」」
当然のように、部員一同、そして女子2名が声を裏返したような反応を見せる。このゴリラ、たまにとんでもないこと言うんだよな。10年の付き合いだから、よーく知ってる。
「突然女子剣道部と合宿が決まったワケを教えてくれ」
デザートにバニラのアイスクリームを5個頼んでむさぼり食っているゴリラに、俺は両肘をテーブルに置いて、手の上にアゴを置きながら聞いた。
「簡単な話よ」
「男子ボクシング部が女子剣道部の合宿に混じるのに、どんな簡単な話があるんだよ」
「麻友ちゃん、女子剣道部は3年生が多かったわよね」
俺と話していたのに、突然話を振られた女子剣道部主将の井上さんが一瞬驚きつつ頷いた。
「え、ええ、3年生の先輩方が8人いて、今日で引退したから1、2年生で7人が残ったわ……」
今日の県大会で敗れ引退した先輩たちのことを思い出したのか、井上さんが少し暗い表情を浮かべた。
「まずそこよ。いつも女子剣道部が夏場に三重の海沿いにあるホテルで合宿を張っているのをアタシは知ってる。ウチの部は1年の子猫ちゃんたちが4人、そしてアタシ、俊、ヤマさん、7人。ちょうど空いた部屋にまるっと入れるわ」
「なんで徳山先輩も頭数に入ってるんだよ。今日で引退だろ、受験はどうするんだよ」
「まったく俊ったら♡乙女の説明は最後まで聞きなさいって♡」
そう言いながらカブはアイスクリームを1つまるごと口に入れる。バキュームカーのような進度でアイスを食べていったことで、テーブルに置かれてからものの2分で5つのアイスはなくなった。
「合宿にはサポートメンバーが必要よ。アタシと俊は8月にインターハイが控えているから、自分たちの練習もやらないといけないわ。その時1年生の面倒は誰が見ると思って?ヤマさんにお願いしたら、『2泊3日ならいいよ!』と快諾をもらったわ」
「……ああ、そう、根回しのいいことで……」
「俊、麻友ちゃん、いいこと?この合宿はみんなにとってWIN-WINなの」
「WIN-WIN?」
事態を飲み込めていない井上さんが、状況を理解していない顔で尋ねる。大丈夫、不安そうな顔を浮かべないで井上さん。俺もコイツの言ってることをまったく理解していないから。
「まずこの合宿には白鳥ちゃんも参加することになったわ」
「え、私も行くの??」
「当たり前じゃないの……。合宿が終わったら2週間でインターハイよ?ホテルの人たちは減量メニューまで作れないわ。俊、アタシ、裕ちゃんの3人のごはんを白鳥ちゃんに頼むわ」
「急にそんなこと頼んでも、遥にも予定があるだろ……。しかもごはん3人分作らせるなんて……」
「白鳥ちゃん、想像してごらんなさい?朝起きた俊に、アナタが作ったごはんを出すの。『おいしい!』と顔を綻ばせる俊……」
「行く。絶対行く」
遥が落ちた。目が輝いている。買収されるのが早過ぎる。
「合宿の場所は海沿い。つまり、最終日、レクリエーションの海水浴で俊、アナタは白鳥ちゃんと遊べる。これでアナタも勝ち」
その言葉を聞いた瞬間、遥が顔を一瞬で真っ赤にして俯いた。俺も遥の水着姿を頭の中で想像し、顔を熱くする。
「でもさ、それ私たち剣道部のWINって何?」
「フフフ、麻友ちゃん、まずうちの子猫ちゃんたちは女の子と合宿できる。そして女子剣道部の子猫ちゃんたちはアタシと合宿できる。これでWIN-WINね」
井上さんの質問にドヤ顔で答えてるけど、お前、まずWIN-WINの意味を辞書で調べ直してこいよな。
「まあ、この話はあとでしましょ♡ヤマさんだけじゃなく、卓ちゃんも連絡したら来るっていうし、楽しい合宿になりそうだわ♡」
そうカブが言うと、井上さんも顔を耳まで赤くして俯いた。目の前の美女二人が俯く中、俺も気になったことをゴリラに問う。
「よくこんな条件の合宿、林葉先生が許したな」
「フフ、林葉ちゃんには大きな貸しがあるから♡」
不敵に笑ったゴリラは、また何か企んでいる悪い顔をしていた。
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