第41話 両想い

すっかり陽も落ちた公園に、俺たち2人は取り残された。お互い顔を見合わせ、なんとなく苦笑し合いつつ、自然と手を繋ぐ。


「シ、シベリア準特急?ってなんだろうね……」


改めて手を繋いだ緊張に耐え切れなかったか、遥さんが口を開いた。


「あ、ああ、俺も今日知ったんだけどさ、1940年代のシベリアを舞台にした感動の映画らしいよ……。間違えて、途中から各駅停車になる列車に乗った主人公の葛藤を描いた話らしい」

「フフッ、何その映画」

「エピソード77まであるらしいよ」

「へぇー。77作もあるのに私全然知らないなあ」


クスクス笑う遥さんの横顔がかわいい。泣き腫らした分目の周りが少し赤くなっているが、だいぶ気分は落ち着いたようだ。


「主人公がウオッカを飲みながら焚火をしていたら、ウオッカをこぼしちゃって服に火が燃え移るところが一番盛り上がるシーンらしい」

「何その映画っ!」


プっと噴き出す彼女の顔を見て、俺自身緊張が解けるのを感じた。自然と俺からも笑みがこぼれ、2人の間にあった緊張感のようなものが溶けていくのが分かる。


陽が落ちた公園を、切れかけた街灯が照らす。元々人通りのないこの公園にいるのは今、俺たち2人だけ。


「ねえ…俊くん」


遥さんがこちらを向いて、俺の右手を両手で握った。少し震える彼女の手から緊張しているのが伝わってきた。俺も遥さんのほうを向いて頷いて、無言で返事をする。


「私……先月も、今も、それこそ昨日も、俊くんに助けてもらっちゃった……」


……昨日?助けた記憶がないんだけどな?遥さんは昨日の出来事を思い出そうとする俺に、上目遣いで視線を送りながら話を続けた。


「助けてもらう度にね……俊くんのことを好きになるの。毎日、朝起きるたびに、俊くんのことを思い浮かべるの。私、もう俊くんがいないとダメみたいなの……」


彼女の少し垂れた目から放たれた視線が、俺の目を捉えて離さない。震える声と震える手から伝わる緊張感もあいまって、俺の心も爆発寸前だった。


何か気が利いたことでも言えればいいのだが、うまく言葉が出てこない。俺は一度深呼吸すると、ありのままの本心を伝える。


「……俺も、遥さんがいないとダメみたいだ。前から気になっていたんだけど、こうして会うようになって、遥さんの色々な一面を目にするたびに、遥さんのことが好きになっていくんだ」


俺の静かな告白を、彼女は俺の手を取りながら、目に少し涙を浮かべなら聞いてくれた。


「俺、好きだよ。遥さんのことが大好きだ。遥さんの笑顔も、失敗した時の真っ赤な顔も、努力家で毎日放課後残って勉強していた姿も、友達を大切にする姿も、趣味を語る姿も、全部、大好きだよ」


静かな告白を最後まで聞いた遥さんは、顔を耳まで真っ赤にしていた。そして潤んでいた目から涙が溢れ、ゆっくりと頬を伝う。彼女は一瞬目元をぬぐう仕草を見せると、顔を上げ微笑んだ。


「えへへっ……両想いだ……!」


かわいい。かわいすぎる。両想いだった事実を聞いて、生まれて17年で最大の幸福感が俺を襲った。この笑顔を守りたい。いや、守る。改めて心に誓った俺は、背筋を伸ばした。


「だから……俺から言わせてください。白鳥遥さん、俺と付き合ってください」

「……はい、喜んで」


彼女の目元からもう一筋、雫がこぼれる。生まれて17年、高校2年生も6月になったばかり。俺に初めて、恋人ができた瞬間だった。




「ねえ、俊くん。そういえばさ、今日、お礼にまだ渡してないプレゼントがあったんだ。サプライズプレゼントなんだけど、受け取ってくれない?」


告白が終わって数分。お互い恥ずかしがりながら見つめ合っていると、唐突に、目の前の恋人がはにかむような表情を浮かべて言った。


何かを持っている様子はないけど、ポケットにプレゼントでも入れていたのだろうか。さっき助けたこと以外でお礼なんてされるようなこともないはずなんだけど。とりあえず頷くと、「ちょっと目をつぶって?」と彼女が促す。


よく分からないが目をつぶる。そしてつぶった瞬間、俺の唇にこれまで触ったこともない柔らかい何かが触れた。驚きのあまり目を開けると、顔を真っ赤にした遥さんの顔が目の前から離れるところだった。


「プレゼント、気に入ってくれた……?」


真っ赤な顔で、不安げな顔で聞いてくる恋人を、俺は思わず抱きしめる。豊かな胸の感触が俺の胸元にあたった。


「こんな素敵なプレゼント、もらったことがなかったよ……」

「私もこんなプレゼント、あげるの初めてなんだからね……?」


俺の初めての彼女はそう言うと、俺を抱きしめ返してきた。




初々しいカップルが互いを抱きしめる数分前。


公園を出てジムへ向かう太眉の大柄な男と、丸眼鏡の細身の青年という対称的な体格の2人が、歩いてきた道を少し振り向く。すると公園の真ん中付近で顔を赤くしながら手を繋ぐ、共通の友人の姿を視界に捉えた。


「美しい光景ねえ……。恋って、いいわね。素晴らしいわ」

「まさに……。『恋愛は芸術である。血と肉とを以って作られる最高の芸術である』、と言ったところですかな?」

「……谷崎潤一郎ね?さすが卓ちゃん、いいセンスしてるわ。あーあ、アタシも新しい恋をしたくなっちゃった!卓ちゃん、今日は寝かせないわよ?♡」

「歌舞氏……望むところですぞ!今夜はエピソード40、主人公がマンモスの子どもとシベリアンハスキーを見間違える神回まで観ましょうぞ!」


中学からの付き合いの2人は笑いながら、暗くなった道をジムへ歩くのだった。

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