第一話「高千穂神宮」 - 07

「いなかみ……異な神、か」

 儀式に異物が入り込んだ。少なくともこの場には相応しくない神の気配があったということだろう。何らかの力がそれを排除しようとして失敗し、儀式は正しく進まなかったのだ。

「残念だったね」と、私は祭壇に立ち上がった。

「残念だったね。多分失敗だよ、この儀式」

 まだ目は回るし、万全とは言えない。しかし少しも身体を動かせなかったことに比べたら、むしろ万全以上に力を感じるほどだ。

 気付けば、既に夜らしい。本殿の中は電気を付けておらず、灯籠の灯りだけで照らされている。私は祭壇の上から儀式に参加している人たちを見る。二十人くらいだろうか。全員が正装だ。祝詞しゅくしを読んでいた父を筆頭に、母も祖父母も、従兄弟もその一族も、私が知る限りの身内は全員がここにいるようだった。

 盾田一族にとって、よほど重要な儀式なのだろう。

 ただ一人、おじさんの姿だけはそこになかった。

「…………」

 ――壊したい。

 私の中に、突如としてその衝動が生まれる。その衝動は、ある意味では慣れたものだ。幼い頃からずっとこの衝動と付き合ってきた。

「ねえ、父さん。答えてもらえる?」

 私は父を見て、そう訊ねる。父は居ずまいを正し、ピンと背を張って私の目を……いや、私の目の向こうの何かを見つめた。

瀬織津姫せおりつひめ、答えられることならば」

盾田奈矛たてだなほこ

「…………」

「私の名前は盾田奈矛だよ、間違えないで」

「……ええ」

 私は父を睨みつけ、今一度聞く。

「私の人生、これで終わりってこと?」

 父は少し逡巡し、しかし、淀みなく答えた。

「奈矛さん。あなたは、人ではありません」

 ……そう、か。

 そうですか。

 そうですかそうですか。

「奈矛さん、何卒、儀式の続きを」

 そう言うと父は、朝の控室の時のように膝をつき、平伏の姿勢を取る。

「本日の儀式は、勧請かんじょうの儀の一つ目に過ぎません。これより十日十晩、いくつかの儀を執り行い、奈矛さんを人神として立てるのです。……急な話となったことは、お詫び申し上げる。でございました。あなたに不自由な思いをさせず、は望むままに過ごして頂こうと、日々助力させて頂いておりました。――何故が早まったのかはこれから分かることでしょう。しかし何卒、今は日ノ本の国のため、お力添え下さい」

 父がそう口にすると同時に、その場にいた全員も同じように平伏した。もはや誰の顔も、そこには無い。その場の誰も、父の他には声さえ上げない。おそらく儀式は終わっておらず、他の誰も声を上げてはならないからだろう。

 ――ああ、口惜しいな。

 私はそれでも、それでもまだ、父を父だと思いたかったし、母を母だと思いたかった。

 

 きっとこの衝動を抑えられたに違いない。

 ……壊したい。壊したい。壊したい。

 何でもいいから、ぶっ壊したい……!

「もう、いいよ」

 私は全てを終わらせるように、そう吐き出した。

 もういい。

 もうたくさんだ。

 先ほどに比べ、意識が明朗になってくるのが分かる。

 それから、今までと比べても強い力を携えているのを感じる。

 なるほど、今日の儀式は私の本来の破壊の力を解放するためのものだったのだろう。だから身体の自由を奪っていたのだ。それが半端に終わったことで、力だけ解放された私が、この通りに目覚めてしまった。

 私は神になったのか? あまり自覚は生まれない。私が感じるのは、漲るその力だけ。少なくともこの力は神のものなのだろう。神の力を持つ者が、神そのものであるかは分からないところではある。

 改めて、私は周りを見た。

 祈祷の間は広く、私たちは部屋の中央にいる。祭壇に立つ私を前に全ての人間が頭を垂れて、まるで私だけが呼吸をしているよう。

 ああ――ああ。

 畜生、ムカつく。ムカつく、ムカつく、ムカつくな。

 誰一人として、私を見ちゃいない。まるで私がここに居ないかのようだ。

 いいさ、いいとも。

 誰もが私を、人ならざる者と認めるのならば。

 お前らはそのまま――畏れていろ。

「――!」

 私は威圧するように叫び、祭壇から跳躍した。

 空を行き、そして、そのまま父の頭を目がけて飛び出す。

 私はこいつを、逃がさない。

 私から――私というから逃げ続けたこいつを、もはや逃がすわけにはいかないのだ。

 それは足全面で、押し潰すように。とにかくこいつを黙らせられるなら、それでよかった。殺すかもしれないとは、考えなかった。ただただ

 そして私の重い蹴りが、平伏していた父の頭に落ちた。

 ドンと、スガガンと、まるで雷鳴のような音を立てながら、頭ごと半身ごと、それは畳を割って床にめり込んだ。

 ……父はそのまま、身じろぎしない。空気の余韻だけが厭にやかましい。

 その突然の暴力に、顔を上げた面々はあっけにとられていた。何が起こったのか、考える時間が必要らしかった。

 いいや――考える時間など、あるものか。

 私は一歩引き、祭壇に身を寄せる。白い布の掛けられたそれは、木で組み上げられた重い塊だった。私はそれを片手で掴む。大きすぎて握る場所がなかったので、縁を握ってめり込ませた。

 そして掴んだ祭壇を、そのまま砲丸投げのように投擲する。

 巨大な祭壇は弧を描き、そこにいる親族一同の頭を飛び越えていく。やがてそれはドン!と身体を震わせるほどの音を立て、祈祷の部屋の入り口を塞いだ。

 もはや、誰もここから出ることはかなわない。

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