第一話「高千穂神宮」 - 06
父は私を八十禍津日神と、或いは瀬織津姫と、そう呼んだ。
――八十禍津日神のあらゆる災禍をもたらす力を、世界を破壊する力と、そう呼んだのだろう。そしてそれを生贄とするとき、私は瀬織津姫となり、はがれと呼ばれる災禍を洗う者となる。
私が本当に、神の力を持っているということ?
たかだかベビーベッドを壊したり校舎をぶっ壊したり人をぶっ壊したりするくらいの力が?
……いや、違うな。
きっとそれくらいに抑え込められていたのだろう。
私の運命は、あのベビーベッドを壊したときからあらかじめ決められていたのだ。
――
混濁する意識の中、目の先に薄らと見える、格子状の天井。どうやらここは本殿の中のようだ。
私の身体は何か台のようなものに横たえられていて、縛り付けられているわけでもないのに身体がうまく動かず、身じろぎすら出来ない。目を僅かに開くのがやっとで、声も出せない。
何かの儀式が始まっている。
私を神にする儀式だとしたら……いささか性急なようにも感じる。そもそもそのような大事な祭祀を、急に始めてその日に終わるとは思えない。
神の力が弱まっている、という言い方をしていたのだから、おそらく私よりも前に生贄にされた人がいて、その入れ替わりを行うのだろう。そのような儀式は、長く時間をかけて行うことが多いはずだ。だからこの儀式自体は、おそらく何度か行う儀式のうちの一つなのではないかと思う。これから何日も何日もかけて、私を生贄として仕上げていくのだ。
あなたはこの神社の娘として、この神社での務めを果たさねばならない。
今となっては、これが私を生贄にすることを言っていたのだと分かる。
祝詞を読み上げているのは、おそらく父だ。内容はよく分からない。少なくとも私は聞いたことのない内容だった。
どうすればいい。
強い目眩で、頭がぐわんぐわんする。動かない身体がぐるぐると回されているような心地だ。脳が眩しい光を見せているような、そんな錯覚もある。何らかの薬だろうか。儀式のために悪い薬を盛られたのかも知れない。
次第に、意識が虚ろになってくる。気を張っていないと、何かが私をどこかへ連れていこうとするような、そんな心地だ。
〈――な……み〉
耳ではないどこかで、何かの声を聞いた。
その声はうまく聞き取れず、どこか遠くにある。
私を呼ぶ声ではないようだ。
〈い――――み〉
しかし不意に、胸の辺りが熱くなるのを感じた。
熱く、熱く――あまりに熱い。何かが熱を帯び、私の胸元にある。
〈いな――か……〉
それと同時に、何かの声は大きくなっていった。大きく、輪唱のように声が響く。
その声はどこか、怒りや、あるいは焦りのようなものが込められているようにも聞こえる。
〈い――か――〉
〈いな……み〉
〈いなか……〉
〈いな……かみ〉
〈いなかみ〉
〈いなかみ〉
〈いなかみ、いなかみ〉
〈いなかみ、いなかみ、いなかみ〉
〈いなかみいなかみいなかみいなかみ〉
〈いなかみ!〉
一際に、強い声――が、した。
そして声に合わせ、私の胸にあるそれは、火傷しそうなほどに強く熱を帯び――私は思わず叫んだ。
「――熱いっ!」
と、そう叫ぶことができたのだ。
……祝詞が止む。本殿は緊張感のある静寂に包まれていた。
身体が痛い。視界はまだ回る。とてもじゃないが、いい気分で目覚めたとは言えない。私は祭壇のようなものに身体を置かれていたらしく、上体を起こしてそのままそこに腰かける。
何故私は目覚められたのだろう。
先ほどの熱を思い出し、私は服の上から胸元に手を伸ばす。服は何故かセーラー服のままで、儀式のための服に着替えさせられてはいなかった。
だから、それはそこにあった。
ンミユからもらった、マスカルだ。
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