時空超常奇譚5其ノ五. 起結空話/エルメスの湶

銀河自衛隊《ヒロカワマモル》

時空超常奇譚5其ノ五. 起結空話/エルメスの湶

起結空話/エルメスのいずみ

 激化の一途を辿るA国とB国の戦争は、戦力がほぼ互角である事から長期に渡り硬直状態が続いている。

 A国はその戦況を何としても打開する為、B国との中間地点に攻撃の重要拠点基地を建設する事にした。場所はA国がB国から奪った小さな島、名はエルメス島。既に島民はいない。


 重要拠点としてその島が選ばれたのは二つの理由からだった。

 一つは、島がA国とB国の中間地点にあり、攻撃の中継基地としてベストな位置である事。その基地には必然的にA国の爆撃機の相当数が集結する。完成した暁にはB国本土への大規模な空爆が可能となり、A国の勝利と戦争の終結が見えて来る。

 そしてもう一つは、「伝説」が存在した事。その島のどこかに『エルメスのいずみ』と呼ばれる場所があり、その湶にはエルメスという神がいて「正直者に金銀の斧を与えてくれる」という真しやかな伝説があった。

 唯、伝説とは言っても事前の元島民のヒアリングから「湶が島の頂上にある事」「夏至の日に湶に石を投げるとエルメスの神が現れる事」「正直者には必ず神が金の斧と銀の斧を与えてくれる事」「嘘を言わなければ、神は幾らでも金銀の斧を与えてくれる事」などの情報が得られていたから、それが真実である可能性はあった。

 どこまでが本当の事なのかエビデンスはなかったものの、「何と素晴らしい情報なのだ」と一部のA国政府関係者は小躍りした。中には「眉唾な都市伝説の類だ」と疑う者や「余りにも話が上手過ぎる」と不信を抱く者「イソップ寓話のパクリだ」と否定する者もいたが、調査する価値は十分にあった。

 島民の中には、その島の伝説こそがギリシャに渡ってのイソップ寓話「金の斧と銀の斧」になったのだと言う者もいた。


 島に到着し基地建設を終えたA国の兵士達は、夏至の日を待って伝説のエルメスの泉を探して島中央に聳える山へと向かう「金銀の斧奪取作戦」を決行する事にした。

 作戦とは言っても所詮は伝説という事もあり、基地の責任者たる司令官は端から「そんなもの唯の伝説で馬鹿げている。探索など無駄だ」と行動を起こす気はない。その結果、下士官さえ参加せず屈強な若い兵士達10人のみが一応の作戦として参加する事になった。兵士達は伝説の女神に遭えるかも知れないと心が弾んでいた。


 島の頂上にあると言われる湶を見つけるのは簡単だった。伝説に謳われた神秘の湶は、森林の奥にひっそりと青い水を湛えている。


 早速作戦開始となったが、兵士達は経験のない作戦遂行に戸惑うしかない。

「どうすれはいいんだ?」

「何でも、湶に小石を投げると美しい女神が現れるらしい」

 口々に言い合う中で、一人の兵士が先陣を切って小石を湶に投げた。

 石が水面を叩くと、湶の中から荘厳に輝く黄金色の衣装に身を包む半裸のエルメスと思しき男神が姿を現した。

「あれれ、女神じゃないぞ」

「何だ、女神じゃないのか」

「男神の半裸など見たくないな」

 勝手に女神を想像していたA国兵士達は男神の姿に落胆したが、そのまま帰還する訳にもいかず、仕方なく作戦行動に集中した。


 優しく微笑むエルメスの神は言った。

「お前が湶に投げたのは、この箱か、それともこの箱か?」

 その左右の腕にそれぞれ鉄箱を持った男神は兵士に訊ねた。顕かに話の流れが変だ。兵士が投げた小石はそんな箱ではない。しかもその箱は異様に大きく、エルメスの神でさえやっとの事で抱えているように見える。

 別の兵士が小声で諭す。

「嘘はダメらしいぞ。本当の事だけ言え」

 何を言えば良いのかと考えあぐねた兵士は、思った事を子供のように叫んだ。

「どっちも違うけど、どっちも欲しい」

 兵士の表現は拙く、それで神が理解してくれるのかと思われたが、エルメスの神は笑顔で兵士に応えた。

「正直者よ、お前にどちらも与えよう」

 そう言って、エルメスの神は鉄製の箱を兵士に渡した。箱は長さが9メートル程、幅は約1メートル、重さは10キロ程度あり、鉄の塊以上の重量だ。

 兵士達はB国の斧がこれ程大きくて重い事に驚いたが、金は鉄より2.4倍重く、銀は鉄より1.3重いのだから重さは当然なのだろうと納得した。しかもその中に金の斧と銀の斧が入っているのだ、の言ってはいられない。

 金の斧と銀の斧の二つの箱の重さが同じくらいに感じられるのは、きっと嬉しさのせいに違ない。


 そして、「金銀の斧奪取作戦」が佳境に入る。事前の情報によれば、神は幾らでも与えてくれる筈なのだ。10人の兵士達は、入れ替わり立ち代わりエルメスの神に願いを言い続けた。それでも神は嫌な顔一つせず、鉄箱を兵士それぞれに手渡すのだが、箱は大きく重い。どんなに屈強な兵士と言えども一人で運ぶのは1個が限界だ。結局、兵士全員分の箱を渡し終わると、神は満足げな顔で湶の中へと消えていった。


 A国の屈強な兵士達は千辛万苦の末に10個の鉄箱を基地へと運んだ。基地の中に、巨大な金銀の斧が入っていると思われる長さ9メートル程の鉄製の箱10個が積み上げられた。作戦遂行の報告を受けた司令官は、「金銀の斧奪取作戦」の成功にほくそ笑みながらも、10個の箱しかない事に激怒し兵士達を叱責した。

 更に大問題が発覚した。金銀奪取の余りの嬉しさと巨大な鉄箱を基地に運ぶ事に集中した兵士達は、箱に鍵が付いていて簡単には開かない事には気づかなかった。乱暴に開ければ大切な金銀に傷がつく可能性もある。

 司令官は、苛つく気持ち抑えながら「お前達には任せられん。司令官のこの私が直々に湶の神に鍵を貰って来てやろう」と嵩高に言った。


 翌日、居ても立ってもいられない司令官は、日の出前に今度は頑強な兵士100人を連れて颯爽と山を登り湶へと向かった。そして、到着するや否や無造作に湶に小石を投げつけ、興奮気味に叫んだ。

「エルメスの神よ、出て来い。昨日貰ったものと同じ鉄の箱を出せ。それから、箱を開ける鍵もくれ」

 おもむろに黄金色の衣装に身を包んだ半裸のエルメス神が姿を見せた。

「女神じゃないのか?」と訝る司令官に、エルメスの神は口角を上げながら言った。

「望み通り、更に人数分100個の箱と鍵をやろう。この鍵で全ての箱が開く」

 そう言って渡されたのは奇妙な鍵だった。まるでボタン式のスイッチのような形をしている。

「箱を前にしてそのスイッチを押せば、全ての箱が開くように造られている。但し、開けられるのは一度だけだから、全ての箱を同時に開けねばならない」


 新たに100個の箱と鍵を手に入れ意気揚々と基地に戻った有頂天の司令官は、積み上げられた箱の前に兵士全員を集め、「ワシの力で、これだけの金銀の斧と鍵が手に入った。今から箱を開ける」とドヤ顔で言い、自らスイッチを押した。


「隊長、上手くいきましたね。アイツ等、あの鉄箱の中身が通常兵器で最強の非核爆弾GBU43/Bだとも知らずに喜んで持って帰ったんですから、笑えますね」

「元島民達に協力してもらったこの作戦は完璧だ」

「隊長、アイツ等がスイッチ押さなかったらどうするんですか?」

「時限装置も付いているから大丈夫だ。そろそろ花火大会のスタートだな。我々も一刻も早く逃げるとしよう」

 隊長と呼ばれる黄金色の衣装に身を包んだ半裸の男がそう言った。

 

 暫くすると、一隻の船が離れて行く背後の小島からTNT火薬1210トンに匹敵する非核爆弾MOAB110発の耳をつんざく爆裂音が響き渡り、巨大な火花と光輪が見えた。同時に巨大なキノコ雲が立ち昇り、島影は一瞬の内に消え去った。


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