女領主、復讐す!
夢神 蒼茫
第1話 捕縛
怒号と共に剣が振り下ろされ、槍が交差する。爆発音とともに銃弾が飛び交い、そして、兵士達が倒れていく。死体が転がり、踏み荒らされ、手入れが行き届いた庭園も、もはや見る影もない。
そして、その光景を屋敷の窓から眺める一人の女性がいた。
(まったくもって忌々しい連中だこと!)
この女性の名前はリーナ。モラ城の城主であるリオ伯の妻だ。
リオ伯はやり手の政治家であり、軍人としても名声を得ており、王の右腕と称されていた。
そのような立場であるため、方々を飛び回る多忙な身の上である。領地を空けることも多く、その留守をリーナに任せていた。
滅多に帰宅せぬ夫に何一つ文句を言わず、リーナは領地を守り、そして、息子であるヴィランを育ててきた。
そんな平穏で裕福な暮らしは、王の急死と共に一変した。王の跡継ぎはまだ若く、誰が後見人として国政を取り仕切るかで宮中は揉めており、リオ伯はそれを鎮めるべく方々を駆け回っていた。
そんな最中、リオ伯が何者かの手によって暗殺された。
この企ての首謀者はレーザ公であった。レーザ公は自身の派閥を全面に押し出して国政を壟断し、反対派を次々と粛正していった。
リオ伯は中立の立場を貫き、あくまで混乱の収拾に務めていたのだが、誘いに乗らないリオ伯を邪険に思い、殺害したのだ。
この暗殺の件はすぐにモラ城にて留守を預かるリーナの下に早馬で伝わったが、それに対して対処する手段を持っていなかった。兵を集め、籠城するにしても、時間があまりにもなかったのだ。
実際、レーザ公の手は長く、そして、早かった。
今、眼下で繰り広げられている殺戮劇も、リーナが抱えていたなけなしの兵士達であり、それを蹂躙するのはレーザ公の手の者達だ。じきに兵はことごとくを討たれ、自分にも危機が迫るであろうことは疑いようのない事実であった。
(夫を殺した連中め、今に見ていなさいよ!)
リーナは心の中で復讐を誓った。私欲を持って国を乗っ取ろうとする輩に、裁きを下すこと神はお許しになるだろう。愛する夫を殺し、豊かな領地を踏みにじり、自分にまで危害を加えようとする者共に、何の遠慮があるのであろうか。
リーナの心は復讐という炎が燃え盛っており、それを鎮めるには敵対者の血飛沫を以て成さねばならないと感じていた。
「母上……」
リーナの息子ヴィランは彼女のスカートにしがみつき、ガタガタと震えていた。齢にしてまだ六つを数えた子供である。窓の外に見える血だまりと、兵士達の叫び声に、恐れ震えない方がおかしいのだ。
小刻みに震えるその体は、不安で不安で仕方なく、その心情は痛いほどにリーナに伝わって来ていた。
「ああ、ヴィラン、怯えなくていいのよ。泣かなくていいのよ。大丈夫、この母が付いていますから。何も心配はいりません」
リーナは微笑みながら息子の頭を撫でた。
それでも、ヴィランの震えは止まらなかった。迫りくる恐怖に対してもそうであったが、それ以上に怖いと感じたのは母親の目であった。
顔は心配を掛けさせまいと笑っている。だが、目は笑っていない。得体の知れない何かで満たされていた。
程なくして、敵方の兵士が屋敷になだれ込み、目当ての二人を探し出すために、部屋という部屋を片っ端から調べて回った。そして、母子は捕まった。
だが、ヴィランは見た。部屋の扉がこじ開けられ、敵兵が入ってくるその瞬間、母親が僅かに笑っていたことを。
そして、敵兵は勝利に沸き返り、その笑みを見逃した。
~ 第二話に続く~
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます