恋をしてみたい、それは私の罪でなく
uribou
第1話
「申し訳ありませんでしたっ!」
「はあ……」
目の前の聖職者のような立派な身なりをした男性に思いっきり頭を下げられている。
えっ、どうして?
面識のない人だけど。
というかここどこ?
私は首を吊って死んだはずではなかったのか?
「セシル・ローズさん」
「は、はい」
私の名前を知っている。
じゃあ人違いで謝られてるということはないんだ?
見るからに上質の装いだし、すごく偉い人だと思う。
それなのにこんな価値もない私にぺこぺこしてるなんて、こちらこそ申し訳ない。
理由がわからない。
「あなたに補償をしたいのです」
「あ、あの……」
「何でしょう?」
「あなた様が何を謝罪してくださっているのか、私にはサッパリ……」
「えっ?」
「ですから補償と言われても……」
本当に驚いていらっしゃるようだ。
いや、ビックリしてるのはこっちだけれども。
私が怒ってるか、それとも不満があるかと思っているのか?
どうしてそうお考えなのだろう?
「セシルさん、あなたの死因についての責任と補償です」
「……」
それこそわけがわからない。
私は自殺なのに。
他人に責任なんかあるわけがない。
「あなたは心と身体の乖離に悩んでいらしたでしょう?」
「ど、どうしてそれを……」
「そのために自殺を選ばざるを得なかった」
目の前の優しい目をしたお方の言う通りだ。
でも誰にも言ったことがないのに。
私がソドミィだということは。
自分がソドミィだと自覚したのはいつだったろうか?
幼い頃から違和感を感じてはいた。
何故私は女の子じゃないのかって。
そうだ、初恋の時か。
当然相手は男の子で。
もちろん恥ずかしくて言い出せなかった。
そして教会で学ぶようになり、ソドミィが罪であることを知った。
ソドミィは神に祝福されない愛であるため、中原諸国ではどこでも重罪。
発覚すれば火炙りなのだと。
心も身体も震えた。
こんな時ばかり一致する心と身体を呪った。
「……あなた様の仰る通りです。私の身体は男ですが、心は女なのです」
言ってしまった。
これで火炙りは免れない。
でも構わない。
どうせ死に損なった身だ。
私は男のくせに女みたいなやつ、女の腐ったやつと言われ続けてきた。
仕方がないではないか。
心は女だったのだから。
蔑まれ続けた短い人生だったが、目の前のお方は少なくとも私のことを理解してくれた。
バカにしようともしなかった。
ならば私をソドミィだと告発する権利を捧げたい。
少しは報奨金が出るはずだ。
しかし目の前のお方は思いもしないことを言い出した。
「あなたが心と身体の乖離に悩んでいらしたこと。それ自体が当方のミスなのです」
「は?」
何を言われているのかわからない。
ミスとは?
「ああ、説明不足ですね。重ね重ね申し訳ありません。ここは天界の命数管理局なのです」
「天界? では私は……」
「すでにお亡くなりになっています」
ああ、そうだったのか。
ではソドミィとして火炙りになることも、身内からソドミィを出したことで家族が後ろ指を指されることもないのか。
よかった、ホッとした。
「セシルさんをこのまま天界に受け入れることはできませんので」
「そうですよね」
私は神に祝福されない身だから。
それで別室に弾かれたということなのだろう。
「私はどうなるのでしょう」
「天界のミスなので補償したいのです」
さあ、そこがわからない。
何がミス?
どうして補償?
「天界から人界にみどり児を送り出す際には、心と身体をセットにします」
「はあ」
「たまに心と身体の性別を間違えて送り出してしまうことがありまして」
「えっ?」
「セシルさんもそうしたケースです。まことに申し訳ない」
それでさっきから謝られているのか。
心が女で身体が男という間違いで人界に誕生させてしまったから。
「あの、ソドミィは神に祝福されないと聞いたのですが」
「そんなことありませんよ。人界の迷信だと思われます」
「そ、そうなのですか」
「はい。天界では全てのみどり児を平等に祝福しますから」
よかった、嬉しい。
全てが許されたような気分だ。
死んでよかった。
「それでセシルさんの処遇を決めなければいけないのです」
「はあ」
私は今、満たされている。
悩みが解消されただけで十分だ。
もうこれ以上の謝罪なんて必要ないのだが。
「天界のミスのせいで、セシルさんの人生がつらいものになってしまいました。そこで何らかの補償をさせていただきたいということです」
「と、言われましても……」
目の前のお方の言いたいことは理解した。
しかしパッと思い付かない。
大体何が補償として可能なのかもわからない。
「普通は死ぬとどうなるものなのですか?」
「天界に昇って来た魂は生前の記憶がなくなるまで洗浄され、そして寝かされます。そして再び肉体とセットにして人界に送り出されるのです」
「なるほど」
「もちろん通常と同じコースも可能です。それ以外に、現在の記憶を持ったままみどり児として誕生させることもできます」
「記憶を持ったまま……」
私には生前にいい記憶がない。
バカにされた記憶、ソドミィとして苦しんだ記憶しか。
だからこそ死を選んだのだ。
「ギフトとして特殊な能力を持って転生するということも可能ですよ」
「ああ、それはいいですね。今の記憶をなくして、かつギフトをいただいて生まれ変わることはできますか?
「可能ではありますが……記憶を失ったのでは、それはもうセシルさんではありませんよ? あまりお勧めはしません」
それもそうだ。
心も身体も違うのでは、もうそれは私ではない。
私への補償にならないのでは、天界の皆さんもモヤモヤしてしまうだろう。
「逆にセシルさんがしてみたいことはありますか?」
「……恋をしてみたいです」
前世では許されなかったことだから。
「では記憶ありギフトあり、学校に通えて恋もし放題という条件で転生はどうですか?」
「ええと……」
とても魅力的な提案をされているのはわかる。
でも私は人間が怖い。
悪意に晒されるのが怖い。
人界で生きていくのが怖い。
「いかがいたしましょう?」
「あなたの側でお仕えさせていただくということはできませんか?」
「えっ?」
面食らわせてごめんなさい。
あなたはとても親切な人だったから。
あなたの側なら生きてゆける気がしたから。
「そうですか……では私の秘書官を務めてもらいましょう」
「本当ですか! ありがとうございます!」
「いえいえ、それが償いになるのなら。私も大助かりなのですよ」
柔らかな笑顔だ。
本当に優しい人なのだろう。
人じゃなくて神なのかな?
天界のことはわからないけれども。
「ではセシル。早速仕事を教えましょう」
「はい、よろしくお願いいたします!」
今の私の胸にある温かさ、これは片思い以前の感情だろう。
いいのだ、これこそ私が欲しかったものなのだ。
ムリを聞いてくださり、それでも微笑むあなたに精一杯の忠誠と愛を。
恋をしてみたい、それは私の罪でなく uribou @asobigokoro
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