第39話 エリック・スレア

「クララ様〜! こちらですよ〜!!」


 エリックが校舎から出てきたクララに向けて腕を振っている。しかしクララは、人目を気にしてエリックに手を振り返せない。


 うつむいたまま、ささっと移動してエリックの元にやってきた。


「早く行きましょう」

「はい!! クララ様!!」


 エリックの元気な返事が注目の的にならないはずが無い。クララとエリックの様子を凝視する人物が増えている。


「謎の人物が落ちこぼれ王女と話をしている」、「あぁ、かわいそうに、あの王女に拐かされてしまったのだろう」、などといった見当違いな考察が飛び交う。


 そんな最中、周りからの視線を無視して校門をくぐり抜けるクララ。その後ろから、エリックも続いた。


 しかし、そんな彼女たちのことをよく知っている人物が見ていたことに、クララとエリックは気づかない。


「クララ様と……エリック……? 何をやっているんだ?」


 これが、この後、特にエリックにとって非常にまずいことになるとは、このときは誰も想像できなかったのであった。



***



 人の少ない道を選び、並んで帰っているクララとエリック。


 クララは並んで帰る気は無かったのだが、抜かりないエリックはすぐさまクララの横にやってくるとピタリとクララに合わせて歩いていた。


「……エリック様」

「? 何ですか? クララ様」

「エリック様は、なぜ私と一緒に帰ろうと思ったの?」


 恐る恐るエリックの目を覗いてみるクララ。そんなクララの目には、心配の色が宿っている。


 一方のエリックは、一瞬驚きの表情を見せた後、すぐに笑顔を浮かべた。


「何を言っているんですか。クララ様はクラスメイトですよ。一緒に帰りたいと思うのはそんなにおかしいことですか?」


 先程までぴったりクララの歩幅に合わせて歩いていたのに、少しだけ歩く速度が速くなる。少しは動揺しているのだろうか。


「おかしくは無いけど……。ただ、私は落ちこぼれ王女と呼ばれているでしょう?

 クラスメイトたちはまだマシになった方だけれど、色々陰口も言われているの。そんな人間と好んで付き合おうと思う人は今まで少なかったから、その……」


 説明をしようと頑張るクララだが、だんだん自信がなくなってくる。それもそのはず、エリックの真剣な眼差しが、クララの視線を貫いていたから。


「クララ様。僕が噂話に流されて、クララ様の本当は優しいところを見落とすような男に見えますか?」

「それは、えっと……」


 いつの間にか振り返っていたエリックは、笑いもせず、ただただ本気の表情でクララを一心に見つめていた。


「クララ様が人を疑ってしまう気持ちも分かります。あれだけ嫌みを言われ続けてきたのですから。ですが、人を信じてみても良いのではないですか?」


 スッと風が吹いたような感覚に襲われるクララ。


 確かに、自分は疑ってばかりで絶対に大丈夫だと思われる人以外全てに対して疑ってかかっていた。


 今は仲良くなっているが、最初はライリーに対しても疑いの目を向けていた。


 エリックの言う通り、少しぐらい、人を信じようとする心を残しておいても良いのかも知れない。


 疑いすぎて真実を見失うというのもあまりよろしくない気がする。


 そんな思いが、クララの頭の中をぐるぐると巡る。


 しかし、クララの傷はそこまで浅くはない。


「えぇ。確かにそうね。でも……」

「でも?」

「でも、私は少しは疑っていないと、がっかりする結末が待っているから……」


 幼い頃の、散々悪口を言われて傷付いた記憶が蘇る。


 疑わなかったことで傷つくのならば、最初から疑った方がいい、そう思ってしまった。


「クララ様……」


 どうにかしてクララの気持ちを改めさせたいとしか考えていなかったエリック。


 自分の思惑ばかりでクララの事を何も考えていなかったことに気づき、だんだんと恥ずかしくなってくる。


 ——この後、クララとエリックは一言も発すること無く別れていったのであった。


                               つづく

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