第13話 女神会
《二章》
近所のファミレス・タイゼリアにやって来た。
別にタイ料理が恋しくなったわけでもなく、フレイヤが知り合いと約束があるらしい。
俺が同伴する理由はないものの、どうせ暇だろと言われて付いて行った。
ちょ、待てよ!
毎日暇人だけど、俺にはやらなきゃいけないことがあったでしょうに。
前回のあらすじ、語らないとダメ? 大原隆、ラブコメ主人公やります。以上。
俺はモダンな内観を見渡しながら、入り口から最奥のテーブル席へ足を運んだ。
「フレイヤ! こっちこっち」
金髪ポニーテールの女性が手を振っている。
セーラー服みたいな格好だが、あまり学生の雰囲気を感じなかった。
「ウェヌス。落ち着きがないのは変わらないわね」
「えー、そう? うちは、うちのペースを崩さないだけじゃん?」
友人らしい。いや、友神?
「元気そうでよかったわぁ~。あなた、ちっとも顔を出さないんですもの。しっぽり慰めてあげようと思ったのに、残念だわぁ~」
群青ショートヘアの女性が蠱惑的な艶声を発した。
どことは言わないが、肌の露出が多いパーティードレスからなおこぼれ落ちそうなほど実りは豊かである。おっぱいの収穫祭はいつですか? サンクスギビングデイ!
「エロースはいるだけで扇情的なのよ。昼間のファミレスくらい、慎んでちょうだい」
エロース? 随分エロい名前だなあ。
「いやん。歩く卑猥物なんて心外よぉ~。濡れる時は、節度を持って濡れるのにぃ~」
エロースさんが体をくねらせると、目が離せない。
イケナイ香料が鼻をピクつかせた。
フッ、なるほど。これがエロの力か。
貴公のエロがどれほどの域に達するか、青少年として受けて――
「そこまで言ってないけど、自覚はあったのね。この愛欲女」
フレイヤに、目と鼻と口を塞がれた。ふんす! 苦しっ。
「その子……フレイヤの担当してる主人公? 補正が弱く見えるじゃん?」
「隆はラブコメの適性が低いからね。とんだ、落ちこぼれ主人公よ」
「え、大丈夫なの? 適正ない子は消えちゃうはずじゃん?」
ウェヌスさんが大きな瞳をパチクリさせた。
――かくかくしかじか。
「アハハハ! 何それ、ウケるッ。転生先が全部埋まってて、<異世界転生>から<ラブコメ>に鞍替えする主人公とか前代未聞だから! 君、面白いじゃん」
ポニーテールを振り乱して爆笑した、ウェヌス氏。
「ふふっ。辛かったのねぇ~。おいで。お姉さんの胸であやしてあげるわぁ~」
エロースさんの微笑と共に、抗えない魔性の声が耳に届いた。
「フ。望むとこ」
「エロースは、<官能>を司るギョウカイ神よ。これ以上、別ジャンルに浮気すると、あなたここで消えるわよ?」
「大人の色香に騙されるほど、俺はチョロくねーぞ」
確固たる意志を持って、俺はエロの誘惑に打ち勝った!
エロース氏のふっくらした唇やら泣き黒子がセクシーなんてちっとも感じない。
「思春期の衝動を発散したくなったら教えてねぇ~。わらわが手取り足取り指導してあげるわぁ~。腰が浮いちゃうくらい、空っぽにしてあ・げ・る」
「……フレイヤが冷たい視線を向けてくるので我慢します」
「隆はラブコメで充分よ。わたしのお風呂覗いて、鼻血出したでしょ」
俺の担当ギョウカイ神は、なぜかテーブルの下で何度も足を蹴ってきた。
お風呂シーンでそんな興奮してない。鼻血の原因は、ケロリーンなオケだぞ。
フレイヤがご立腹ゆえ、俺は純情ボーイを甘んじて拝命する。
エロースが身悶えする中、ウェヌスが自己紹介した。
「うちは、<少女恋愛>を司るギョウカイ神。乙女の恋のトキメキを応援するじゃん。フレイヤとこのエロ魔人はギョウカイ歴が同じ。同期ってことじゃん」
「はー。そうなんすか」
俺は、相づちがてらタイゼリアの看板料理・バンコク風ドリアを注文する。
三人は女性目線の発露か、ヤムウンセンとパクチー入りソムタムサラダを頼んだ。あと、焼酎とビールにワイン。
「三柱の都合がついたから、久しぶりに会おうって集まったわけ。女神会ね」
「それって女子会? あ、ごめん。もう女子って年齢じゃないよな」
悪気はなかった。申し訳なさそうに誠心誠意謝罪するや。
「ふんっ!」
そして、腹パンである。
「ゴッホッ!?」
別に、浮世絵が大好きな印象派はお呼びじゃない。
純然たる暴力の前に、俺はテーブルに突っ伏していく。
「覚えておきなさい、隆。ギョウカイ神は長命なの。人間基準に合わせれば、わたしたちはまだ若者よ? ナウでヤングな、ピチピチイケイケギャルだからね」
「……古語は苦手だ……せめて、現代語で頼む……がく」
隆です。古文のテスト、58点でした。
閑話休題。
俺が腹痛に沈んでいる間に、宴もたけなわ。
「プハァ~。でさぁ……ほんと最近の子って対立を嫌う傾向が強いの。ヒーローが俺様系なら、ヒロインには一発殴ってほしいわけじゃん? 絶好のファーストシーン! 『へー、面白い女』って言わせたいわけじゃん? なのに、うちの主人公ちゃん、相手の言うことうんうん聞いちゃってさぁ。少女恋愛舐めんなっ。都合の良い女はお呼びじゃないじゃん!」
「分かるわぁ~。わらわの下僕君、新妻となかなか行為に及ばないのよぉ~。もう、そういうのは焦らしプレイじゃないのにねぇ~。前戯で絶頂しておしまいは退屈よぉ~。やっぱり、拗らせ童貞は実践で鍛えてあげないとダメかしらぁ~? わらわの愛撫で精根尽き果てないか、心配だけどぉ~」
ぼくも拗らせ童貞になれば、特訓してもらえますかね?
精一杯頑張りますから! ウッ!
まだ慌てる年齢じゃないと過信するDTは、ふぅとため息を吐くばかり。
「そっちはまだマシよ。腐っても正式な主人公でしょ? 隆なんて、ラブコメ主人公のくせにヒロインが一人も寄って来ないのよ? 昨日、女の子の弱みを握ってヒロインに仕立て上げたばかりなんだから」
人聞きの悪い言い方止めろ。あと、俺を海賊版主人公みたく言うな。インターネットへ違法アップロードは犯罪だ。
その後、身内の悪口で益々盛り上がったギョウカイ神たち。楽屋裏でやれ。
酔ってくだを巻く、やつれたアラサーOLの日常を垣間見てしまった、そんな感想。
アルコールをキメる連中をよそに、俺はミラ……バンコク風ドリアを食べていく。
もぐもぐ、東南アジアの香辛料がスパイシィー。
「ヘイ、少年! うちと楽しいことしようじゃんっ」
目の前にいたはずのウェヌスと、気付けば一緒に肩を組んでいる。
「うぇーい」
「酒くさっ」
顔は美人なのに、息はオッサンだった。
「ダメよぉ~、ウェヌス。坊やはわらわが気持ちいいコト教えてあげるんだからぁ~。身も心も溶かしてあ・げ・る」
左腕をボインと拘束され、囁きボイスで脳が溶けそうになった。
拝啓。父上、母上。
ぼくは今日、大人になります。シンガポールから見守ってください。
お持ち帰り万歳! いざ、ホテルで休憩90分! 延長アリで!
「オプションは付きますか」
ヤる気満々、意気揚々。自分、ドキが胸々ビンビンですよ。
バンッ!
フレイヤが、テーブルを思い切り叩いた。
「……」
振り返ると、フレイヤは視線を下ろしたまま微動だにしない。
「どした? 食べかけでいいなら、ドリア食べる?」
「……もん」
「もん?」
フレイヤが小刻みに震えていく。
一発芸の披露ではないと確信し、俺がごくりと唾を飲んだところで。
「――隆は誰にもあげないもんっ!」
予想外の口火を切った。
「わたちが見つけたの! ちゃんと一人で育てるもん! うぇぬすもえろーすも邪魔しちゃヤダ~~~っっっ!」
フレイヤはクシャクシャな顔を真っ赤にして、駄々をこね始めた。
「お、落ち着きたまえっ。フレイヤ君、綺麗な顔が台無しですぞ」
唐突な幼児退行に、俺も困惑するばかり。
「帰りゅ! もう帰りゅ! う、ううう……」
「う?」
「うぇぇええええんんんんんンンンンンンン――っっ」
「泣いちゃった!?」
フレイヤがメチャクチャ泣きじゃくった。
俺がどうすることもできず思考停止していると。
「よしよし~。大丈夫じゃん、フレイヤの子は取らないじゃん」
「わらわが優しく包み込んであげるわぁ~。ゆっくりまどろみなさぁ~い」
ウェヌスとエロースが慣れた手つきで、フレイヤを介抱していた。
「うん、分かった……約束だから、信じる、もん……」
うつらうつら舟をこぎ、やがてラブコメのギョウカイ神は寝息を立てていた。
どういうこっちゃ?
俺はアメリカ人よろしく、両手を広げた。
「ぶっちゃけ、フレイヤは酒に弱いじゃん? アルコールをちょびっと飲んだだけで、知能指数がガバガバ下がるじゃん」
「本人は自覚してないのよねぇ~。自分が酔っ払ったことも覚えてないしぃ~、そこが可愛いんだけどぉ~」
フレイヤは、酒に弱い。
痴態を曝した理由は、そういうことらしい。
目下、穏やかに、少女然とした柔らかな寝顔を晒していた。
「酔ってる時は本音がだだ洩れじゃん。よっぽど少年がお気に入りってことじゃん?」
「や、まだ関わって数日ぐらいだけど? 異世界ブームで深刻なラブコメ主人公ゆえ、業務委託契約を交わしたはずだけど?」
以前、確かに気に入ったとは言われたが、それでも利用価値が前提条件だろう。
エンタメギョウ界とは暇潰しに、主人公を冠したお人形を躍らせるのだから。
「ま、フレイヤをよろしくじゃん。少年と一緒なら、過去の失敗を吹っ切れそうじゃん」
「……ろこつな不幸エピソードは勘弁してくれよ」
昨日読んだラブコメで、ヒロインの不幸アピールが長くてうんざりした。悲しい過去を背負ってもなお、明るく前に進む姿は尊敬できるのだが、いかんせんくどかった。
「以前、フレイヤが担当したラブコメ主人公がバッドエンドになったじゃん。そのタイミングに<異世界転生>ブームが重なって、<ラブコメ>ジャンルが衰退するきっかけを作ったと悩んでるじゃん、きっと」
「ギョウカイ神の悩みも人並みだな」
むしろ、安心した。まだ得体の知れない存在ではないようだ。
「ウェヌス氏の期待に応えられるかは分らん。前任者より、俺はラブコメに適応してないもんで。むしろ、どうすればいいのか教えてくれ」
「うふふ、欲するものはベッドでねぇ~。愛欲を得て、身体は正直になるものよぉ~」
エロースが茶々入れした。
「ベッドに忍び込んだら蹴り出されるさ。風邪引きそうだし、お見舞いイベントの準備でもしとくか」
俺は、やれやれと肩をすくめた。
「うーん、もう食べられないわ……」
古典的な寝言やめなさい。
ムニャムニャのフレイヤをおんぶして、俺はタイゼリアを後にするのだった。
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