第6話 おいしいもの

 近所のTETSUYAで、恋愛ドラマとラブコメ漫画をレンタルした。

 偉大なる先人の知恵を借りよう。そんな魂胆だ。

 俺はソファに寝転がり、コミックを読みながらラブロマンスを視聴。なるほど、人の目が二つある理由はこのためだったのか。違うね。


 今後役に立たないマルチタスクを習得し、悲しい気分になった。

 現実を直視するな、立ち上がれなくなるぞ。

 設定に準じよう。さすれば、道は開かれん。

 やる気満々に自分を錯覚させると、香ばしい匂いが鼻孔をくすぐった。


「隆っ、ごはんできたわ」


 フレイヤがキッチンから顔を出した。

 制服から着替えたらしく、ロングTとチュニックのレイヤードスタイルにプリーツスカートを合わせていた。髪を結って、エプロン姿が似合っている。

 俺がTETSUYAに寄った際、フレイヤはアパレル店に足を延ばしていた。


 ――学校の制服だけじゃ生活し辛いじゃない?

 そもそも、編入の手続きはどうやった? 戸籍は? 身分証明証は? 現金は?

 よそう、俺は首を横に振った。頭痛が痛くなる気がした。

 ギョウカイ神の不思議パワーってすごーい!


「ていうか、料理できんの? すげー」


 俺がテーブルに着くと、オムライスとクリームシチューが湯気を上げていた。

 コンソメとケチャップの匂いが広がり、チキンライスに敷かれたふわふわの半熟卵が照らされる。カボチャやきのこ、具沢山のシチューも美味しそうだ。


「冷蔵庫の余りで、チャチャッと済ませただけよ。これくらい、誰でもできるでしょ」

「俺はできん! レンチンの錬金術師ゆえ、他の料理スキルを対価にしたのだ。これすなわち、等価交換……」


 人は何かの犠牲なしには、何も得られぬナントカントカ。


「バカなこと言ってないで、早く食べなさい」


 フレイヤは、呆れ顔で腰を下ろした。

 俺はスプーンを掴み、オムライスの黄金の単衣を好いではないかと脱がしにかかった。グヘヘ案件待ったなし。スプーンの先端が卵に触れると同時。


「……ここは一つ、練習よ」


 バンッとテーブルを叩いた、フレイヤ。

 正面にいたはずが、瞬間移動と例えるしかない速度で俺の隣へスイッチする。

 フレイヤが俺からスプーンを取り上げた。


 一口大のオムライスをすくって、フゥーフゥーしていく。その傍ら、身体を密着させるように腕を絡めてきた。俺に体重を預け、フレイヤは頬を染めるや体温と上目遣いを添えて。


「はい、あ~ん」

「――っ!?」


 衝撃、走った。落雷のごとく。

 これ、知ってるもん! あ~んの構えだっ! さっき、メロドラマで見たやつや!


「おおおおう!? どうしたというのだねっ?」

「隆。愛情込めたからいっぱい食べてね」

「……っ!?」


 か、可愛い!

 まるで、ラブコメのヒロインだ! フレイヤたん、萌え萌えでござる!

 …………

 ……ん?


 刹那、ラブコメというワードが体内の放熱もとい浮れ酔いを振り払った。

 俺は、ラブコメのギョウカイ神と相対する。


「わたしが可愛いのは当然だけど、あなた鼻の下伸ばし過ぎ。これくらいで動揺してちゃこの先大変じゃない? まぁ、ラブコメ主人公の反応としてはちょうど良かったわね」

「そうすか。あざす」


 俺は淡々と答えた。


 別に全然気にしていないけど、純情を弄ばれた件は絶対忘れないからな。

 別に全然気にしていないけど、純情を弄ばれた件は絶対忘れないからな。

 大事なことなので、二度言いました。

 大事なことなので、二度言いました。


 この恨み、晴らさずにはいられるか! やられたらやり返す、倍返しだ!

 俺は、やけ食いに興じた。オムライスをほお張り、クリームシチューを流し込む。


「うめっ、うめっ」


 控えめに言って、お袋の味の100倍美味だった。

 カッチャマ、シンガポールの空は綺麗ですか? ぼくはげんきです。


「そんなにお腹空いてたの? シチューまだあるけど、おかわりいる?」

「頂こう」

「しょうがないわね! よそってあげるから、お皿貸してちょうだい」


 ふんふーんと鼻歌交じりに、フレイヤはキッチンへ向かった。

 とりあえず、誰かにご飯を作ってもらうのはとても嬉しいと思いました。

 ただし、母親。オメーは、インスタントとレトルト食品使い過ぎだ。

 息子がグレる前に、悔い改めろ!

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