第4話 ギョウカイ神

 パッと、放課後。

 瞬く間に、フレイヤは杉野高校のトップアイドルの座へ駆け上がった。


 休み時間はクラスの女子が根掘り葉掘り事情聴取を欠かさず、昼休みは他の学年からも見物客が押し寄せ、授業中は若手教師から連絡先を求められ……今頃、杉野高校の名所・伝説の桜の木の下で告白されているかもしれない。


 とにかく、俺が入り込む隙は与えられなかった。

 校舎の案内も、内山さんのグループと一緒に巡っていた。

 手間がかからないなら、それでオッケーです。


「こんな場所にいられるかッ、俺はもう帰らせてもらう!」


 放課後の教室は、帰宅部にとってデンジャースポット。

時たまカップル共が二人だけの世界を創造し、接吻など不純異性交遊に励んでいる。

 昨今、若者たちの性が乱れているっ! 由々しき事態だ!


 忘れ物を取りに来ただけなのに、見せびらかさないでくれたまえ。断じて、嫉妬にあらず。気まずいだけさ。本当だったらっ。

 俺が教室を出ようとドアに手をかけたちょうどその時。

 スタンッ!


「待たせたわね! 皆、カラオケ行こう、映画見よう、台湾カステラ食べよう、って誘ってくるし、リスケするの大変だった。ほんと、人気者は辛いわ」


 そして、ドヤ顔である。


「もしや、高校生活を満喫するために転校して来たのか?」

「まさか。ラブコメ主人公の件に決まってるでしょ。あなたに任せっぱなしは心配しかないじゃない? だから、わたし自らサポートしてあげるの。さぁ、感涙に咽びなさい」


 ふんすと頼られたそうなフレイヤに、俺は以前聞けなかった詳細を尋ねてみる。


「結局、俺はどんな状況に放り込まれたか教えてほしいもんだ」

「そんなことも分からないわけ? 仕方がないわね。特別に説明してあげる」


 このギョウカイ神、偉そうなくせに妙に親切である。


「いい? 隆は、<異世界転生>の主人公になるはずだった。でも、なり損ねた。行き場を失った魂は消滅するしかないけど、何か役目を全うすれば消滅を回避できる。そこで慈悲深いわたしは、<ラブコメ>主人公の宿命を与えてあげたの。いわゆる主人公補正ね」


 ここまでいいかしら、とフレイヤは視線を送った。

 ラブコメ主人公に俺を業務委託したのは、フレイヤが慈悲深いからではなく、空前の異世界転生ブームゆえ、若者のラブコメ離れ・深刻な主人公不足が理由だろうに。


「隆は本来、ラブコメと縁もゆかりもない存在。運命を捻じ曲げたけど、ラブコメ主人公の適性が低いまま。あなたは、立場に相応しい活躍をしなければならない。存在証明よ」

「へー」


 ノルマってやつか。仕事として引き受けてしまった手前、やってる感は出そう。


「具体的に言うと、1週間以内にヒロインとの親密度を発展させて。失敗したら、契約は破棄。何者でもなくなったあなたは、やっぱり消滅さようなら」

「消滅の危機は去ったはずじゃ!? うーん、聞き間違えかな?」


 淡々と述べたフレイヤに、俺は悪寒がブルった。


「あなたの役目は、ラブコメをやること。ラブコメ主人公なら、当然でしょ?」

「……ちなみに、ヒロインってどこにいるんだ?」

「は? いるわけないでしょ。隆、ラブコメの適性が低いんだから」

「は? いないんかい、ヒロイン。それでラブコメやれとか矛盾してるだろ」


 俺は、落胆を隠せなかった。

 はい、無理ゲー。1週間、短い延命でした。

 しょうがない、ベッドの下に隠してあるアレと、スマホに保存したコレを処分するチャンスができたと考えよう。あと、引き出しの裏に並べた大人の参考書――


「まだ諦めるには早いわ。隆が頼りないから、ラブコメのギョウカイ神たるわたしがわざわざサポートしてあげるのよ。元気出しなさい」


 フレイヤは俺の頬を引っ張り、グリグリ弄ぶ。


「いひひひ! じゅっと! 聞きそびれてたけど! ギョウカイ神とは何ぞやっ?」

「ギョウカイ神は、ギョウカイ神よ。人間の可能性に関心を示す者」


 当然と言わんばかりのフレイヤ。

 後で聞いた話をまとめると。


 ――ギョウカイ神とは、エンタメギョウ界と呼ばれる上位世界の存在。

 途方もなく長命な彼らは、暇潰しがてら様々な物語を作っているらしい。物語を各ジャンルに分け、主人公にストーリーを紡がせている。主人公とは、ギョウカイ神と契約してジャンルに通ずる主人公補正を宿した者。


 ギョウカイ神が担当するジャンルが廃れると活動予算が減らされ、自らの神性が低下してしまう。ブームが起これば地上から信仰が増え、ギョウカイ神の勢力が増すとか。


 基本的に、他ジャンルのギョウカイ神にマウントを取るのが生きがいらしい。

 畢竟、嫌な連中である。


「隆は主人公補正が弱いから、まず初めにヒロイン探しね。新人はあいさつ回りよ。靴が履き潰れるくらい足で稼ぎなさい」

「初手、営業か。やれやれ、ラブコメはいつからビジネスになったんだ?」


 まだ、社畜の苦渋を味わいたくないのだが。


「この学校、一周した感じ、ヒロイン補正が高い子結構いたわ。明日には、ターゲットを絞るからね。あなたの判断力が重要よ?」

「フレイヤのマーケティングを参考にしよう」


 市場分析もといヒロインの品定めに、俺は漠然とした不安が募るのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る