異物が混入してたって

そうざ

It is Said that Foreign Matter was Mixed

 久々の帰省だというのに昼食に連れて行かれたのは〔ぶっかけシコシコ〕なる下品な雰囲気の店だった。

 最近、全国展開し始めた人気急上昇の饂飩うどん専門店らしいが、派手な看板や上り旗、色取り取りの電飾がチカチカと点滅し、騒がしいイメージソングが店外まで漏れ、落ち付かない事この上ない。

「マジ美味い!」

「しかも早い!」

「そして安い!」

 妹や両親は揃いも揃って浮足立っている。飽くまでも自慢の兄貴つ息子が生還した事が嬉しいからで、決して俺のおごりで好き放題食えるからではない、と信じたい。

「三年間も留守にすると田舎も変わるなぁ」

「原材料問題が解決したから、飲食業は活気付いてるんだろ」

 父が窓際のシートから〔大開口だいかいこう〕を眺めながら言った。

 直径4千900mのクレーター、通称〔大開口〕は、父が出兵した〔第一次アステロイド宙域戦線〕時にに依って穿うがたれた傷痕だ。本土を傷付けられた屈辱的な事件に忸怩たる思いを抱くのは、主に〔第一次兵員世代〕だ。

 その一方で、『大開口支店』と銘打っているこの店舗はクレーターのエッジに立地し、〔大開口〕の絶景も商魂逞しく利用しているようだ。

「この店、ちょっと前にネットで話題になったんだよ」

 妹が端末から情報源ニュースソースを引っ張り出して俺に見せた。


 ――うどんにムカシムカデが混入、利用客が拡散させたネット動画で発覚――

 去る今月3日、うどんチェーン大手〔ぶっかけシコシコ〕の大開口店にて、人気メニュー〔うどん#3:ハーフ乗せビクトリー〕にムカシムカデが混入する問題が発生した。

 同チェーンを経営する(株)ぶっかけシコシコホールディングスは5日、事実を認めて謝罪。店内調理の過程で混入したものと判断し、向こう一週間、当該店舗の営業休止、更に当該メニューは当面の間、販売の中止を決定した。

 尚、ムカシムカデは一見に類似しているが、特別絶滅危惧種に認定されている希少在来種であり、専門家からは同虫の存在が確認された事自体は意義があるとの声も上がっている。


「ふ~ん」

「これ、の嫌がらせって噂だよ」

 妹はこの手の話題が昔から好きだ。オカルト、都市伝説、そして陰謀論。しかし、その中の一つ『外宇宙のが近日襲来するかも説』が本当だったが為に、それまでごりごりの現実主義者リアリストだった俺も妹に一目置くようになった。

「今回の休暇はいつまでだっけ?」

 母が〔うどん#4:全部乗せジェノサイド〕を頬張りながら訊いて来た。を容赦なく微塵切りにして完膚なきまでに唐揚げにしたものに、錦糸卵きんしたまご胡瓜きゅうり茗荷みょうが赤茄子とまと木耳きくらげをてんこ盛りにした人気メニュー、と謳われている。

「一週間の予定だけど、いつ緊急招集があっても良いように早目に前線ねぐらに還るよ」

じゃなくて、だろ……」

 ぼそっと呟いた父は、もう箸を置いている。の肢の佃煮をトッピングしただけの〔うどん#2:ちょい乗せデストロイ〕でも、もう満腹のようだ。戦役で傷を負ってからはすっかり小食になってしまった。

「ところでさ、の来襲の目的ってまだ判んないの?」

 妹が汁の一滴まで飲み干して言った。〔うどん#0:しかばねハルマゲドン〕は、を煮たり焼いたり茹でたり揚げたりした具のみで食べる裏メニューだという。

「な~んも判らん。意思の疎通が出来ないだからな」

「あのぉ……」

 耳元で囁く声があった。おばさん店員だった。

「兵員さんですか?」

「えぇ……そうですが」

「やっぱり!」

 背後のテーブルで様子を窺っていた客達が決壊したようにざわめき始めた。兵員は常に制服の着用が義務付けられているのだから、訊くまでもないだろう。

 今時は都会で兵員に出会っても、へぇ~お疲れっす、くらいの反応しかないが、流石は田舎、我が故郷じもとだ。

「写真は兵員情報保護の観点からNG、握手は常在菌付着防止の観点からNG、サインは字が汚いんでNGで~す!」

 店内中に聞こえるよう、俺は言い慣れたフレーズで牽制した。

 それでも田舎者達が、兵員さんはアイドルです、と言わんばかりの熱視線を送って来る光景に、妹も両親も心なしか得意気な様子だ。

〔第二次アステロイド宙域戦線〕で奇跡的に大勝してからは、人民の危機意識やら厭戦気分やらは何処へやら、遂に奴等を食らうまでに至っては、世界中が行け行けどんどんムード、一匹残らず食い殺せの大合唱になっている。

 店内の狂態をBGMに〔うどん#1:フツー乗せジャスティス〕を平らげ、楊枝でシーシーしていると、ポケットで兵員専用端末がぶるっと震えた。

戦況好調センキョウコウチョウカエルニオヨバズ休暇満喫キュウカマンキツサレタシ』

「招集?」

 母が目敏く俺に問い掛けた。

「もう暫く実家でダラダラするよ」

「あら、そう!」

 母が破顔する側で妹が目を輝かせる。

「明日は隣町にオープンする支店にも行こうよ!」

 早くも各地で戦勝記念事業計画が進んでいると聞く。〔大開口〕も整備して自然公園にする計画があるそうだ。

 実感はないが、平和は直ぐそこにあるらしい。

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