Mission010

 そんなこんなで米を手に入れたアリスは、早速その米を使って料理を始める。籾殻を取り除いただけの玄米はそのままスープに、精米した白米はとりあえず炊く。さすがのアリスも玄米の炊き方は覚えていなかった。戦後はしばらく玄米暮らしだったのだが、意外と覚えていないものである。

 アリスは魔法で水を出して、白米を研いでいく。数回研ぐ事で水の濁りが無くなる。

「白米はこのくらいになるまで研いで下さい」

 アリスは村人に見せると、続いて研いだ米と十分な量の水を鍋の中に入れる。そして、かまどに火を入れて米を炊き始めた。

「このかまどの火とこの量なら30分程度で炊けるでしょう。その間は何があってもふたを取ってはいけません」

 アリスによるお米の炊き方講座である。この間に、玄米の方を他の野菜などと煮込んでスープにする。玄米の糠は栄養が豊富なのだが、なにぶんぼそぼそするし味が悪い。なので、そのまま全部食べられて味も調えられるスープは、好ましい食べ方ともいえる。

 アリスによる米の炊き方講習は淡々と進んでいく。炊いている間に吹きこぼれそうになっているのを見た村人が、慌ててふたを開けようとする。

「やめなさい!」

 アリスの大声で村人の動きが止まる。

「最初にも言った通り、何があってもふたを取ってはいけません。『始めちょろちょろ中ぱっぱ、赤子が泣いてもふた取るな』です」

 アリスが睨むと、村人はすごすごと引き下がる。オートマタとは思えない強い眼力で、思わず全身が引きつってしまうほどだった。

 こういうアリスの様子を見ていたギルソン。やはり、どこかオートマタと違う印象を受けてしまう。他人には王家のオートマタはさすが違うという風に映るかも知れないが、親や兄弟のオートマタを見続けてきたギルソンには、アリスが違和感にあふれて映っているのだ。

「殿下?」

 様子がおかしい事に気が付いたアリスが、ギルソンに声を掛ける。

「いや、何でもないよ。ボクは何をすればいいかな?」

 ごまかすようにして、アリスに指示を仰ぐギルソン。するとアリスは、

「それでしたら、こちらの鍋を焦げ付かないように見ていて下さいますでしょうか。白米がそろそろ炊き上がりますので、私はそちらの火を消して蒸らしに入ります」

 という風にお願いしておいた。

「うん、分かったよ」

 ギルソンは了承する。

 この光景を見た村人たちは驚愕した。オートマタが主人を使役したのである。

 オートマタが主人に命令する事は基本的にはない。あるとすれば、相当に差し迫った場面くらいである。今回のような危険のない場面で命令する事自体が異常な事。だから、これに驚くのは当然なのだ。

 アリスはこの時、ギルソンが火傷をしないようにこっそり防護魔法を掛けておいたのだが、魔法の使えない人間が察知できるわけもなかった。

 続けてアリスはかまどの火を消す。これで10分ほどの蒸らし時間に入った。

「これでしばらく置けば、お米は炊き上がりです。見て頂けていましたでしょうか?」

 アリスは振り返って村人たちに確認する。村人たちはこくこくと頷いていた。

 それを見たアリスはギルソンと交代して、スープの状態を確認する。だが、オートマタである自分には味が分からない。だが、料理をするとなると、やはり自分で味見をしないと気が済まないアリスである。

(うーん、いろいろ便利かと思ったけど、こういう時はこの体は不便だねぇ)

 とりあえず、アリスは小皿を取ってそこにスープをひとすくいする。そして、すっと飲み干した。

(よし、ちゃんと飲めたわ。さて、味は……と)

 アリスはもぐもぐと口を動かしている。

(うん、いい感じいい感じ。これなら安心して勧められるわね)

 とても満足そうな顔をしている。

 だが、アリスは味見に一生懸命すぎて、この時のギルソンを含めた周りの反応を見落としていた。アリス本人からすればそれほど珍しくない事ばかりなのだが、この世界の人たちからすればあり得ない事ばかりなのだ。アリスはお米を目の前にして、その事を完全に失念していたのである。

 スープが完成したところで、蒸らし終わったお米を確認するアリス。ふたを開けると白い湯気がふわっと舞い上がり、お米の香りが鼻をくすぐる。

 しかし、こうやって思うと本当に不思議である。オートマタというのは人形なのだ。いくら人間の魂が入ったからといって、人間と同じような感性や構造になるわけではない。そう思えば、アリスは本当に未知の存在としか言えない。

 村人たちが見守る中、水魔法で手を洗ったアリスは、米全体に塩をまぶしていく。そして、お皿を用意させると、その手でお米を握り始めたではないか。

 村人たちの間に衝撃が走る。アリスはそんな事にはお構いなしに、どんどんとおにぎりを作っていく。試食用なのでそれほど大きくないのだが、数が数だし、なにより炊き立てのお米は熱いのだ。そこはオートマタの特性なのだろう。アリスは熱さを感じずに黙々とおにぎりを握ってはお皿に並べていった。

「さぁ、召し上がって下さい」

 所狭しと並んだおにぎりと雑穀のスープ。村人たちは恐る恐る口に含む。

「な、なんだこれはっ!」

 村人たち大騒ぎになる。今まで家畜の飼料にしかなっていなかった米の味に騒然となっていた。

「さぁ、マスターもお召し上がり下さい」

 アリスが勧めると、ギルソンはゆっくりとおにぎりを口へと運ぶ。そして、ぱくっとかぶりついた。

「すごい、ほんのりと甘いよ」

「それがお米の味でございます」

 笑顔のギルソンに、アリスも大満足であった。

 野菜の栽培を広めに来たはずが、予想外な発見にいきなり予定が狂ってしまった。だが、今回の発見は王国の食糧事情の改善に、また一役買う事になったのは言うまでもなかった。

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