Mission009

 さて、あれからというもの、あっという間に1年が過ぎていた。

 アリスが家庭菜園を始めたり、魔物狩りをしたりした関係で、城での食事は改善が見られている。勝手な事をした事は時々咎められはしたが、少しずつお城の中の空気は良くなっていた。

 となれば、次はこれを庶民にまで広げていく事。アリスは今日も無駄に張り切っている。

 この日もギルソンはアリスが畑いじりをしている横で木剣をずっと振り続けている。この木剣の長さは50cmほどで、実はアリスが用意したものである。

 ある時に、家庭菜園用のプランターを作るために木を伐ってきた。その木材の一部を使って作ったアリスのお手製の木剣である。機械工だったとはいえ、こういう加工はお手の物といった感じだ。

 こういったもろもろの活動のせいか、アリスの評価は見た目に反して結構高い。なけなしの予算で購入したオートマタだったが、これは思わぬ買い物だったと、財務大臣はほくそ笑んでいるようである。なにせ、アリスが狩ってきた魔物の素材もそこそこで売り捌けたわけだから。

 それにしても、毎日木剣の素振りを素振りしていたギルソンだが、6歳にしてはかなり重心がぶれる事なく剣を振れるようになっていた。これでも最初のうちは剣に振り回されていたのだが、本当に地道な鍛錬の賜物である。ギルソンの順調な成長に、アリスはとても満足げにしていた。

(これなら、殿下もいじめられるような事はありませんね)

 アリスはこの日も家庭菜園に精を出していた。

 ギルソンは7人兄弟の末弟という事もあり、どちらかといえば他の兄弟より誰からも関心が薄かった。だからこそ、どうなっても生きていけるようにと、アリスはオートマタとしてはちょっと外れた教育をしているのである。それは転生者ゆえの自由さが原因である。

 だが、その自由さゆえにアリスのオートマタとしての責務云々を問う声は小さからず出てきている。それでもそれが少数派なのは、食糧事情の改善が大きいだろう。城の中の閉鎖的な環境とはいえ、野菜を育てて収穫した恩恵は大きいのだ。そう、責務云々よりも未知の知識を持つ謎のオートマタという情報の比重が大きくなっていたのである。

 そんなとんでもない事になっているとも露知らず、今日もアリスはギルソンと野菜を愛でていた。


 それからさらに1年が経過した。野菜の栽培方法もかなり安定してきたので、いよいよ国内でも生産を試みる事になった。候補地の選定はすでに行われており、育て方はすでに複数の使用人やオートマタに伝授してある。おそらく大丈夫のはずである。これによって生産された野菜は、一部はファルーダン王家に納められ、また一部は商会を通じて売り捌かれる。これが完全に確立されれば、国内の食料自給率が上がるはずである。

(国内安定化に向けて、少しは前進した感じかな)

 アリスはギルソンと一緒に生産候補地に出向く事になった。なにせ発案はアリスであるし、そのアリスのマスターであるギルソンがついて行かないわけにはいかなかったのだ。

(殿下が付いてくるのは仕方ないわね。でも、まだ7歳の子ども、私が護り切らないと……)

 アリスは気合いを入れていた。

 一方のギルソンも、初めて城から出るとあって、外の世界に興味津々のようである。

「楽しみですね、アリス」

「はい、マスター」

 笑顔で話し掛けてくるギルソンに、アリスもつい笑顔で返してしまう。オートマタは笑わないものという常識を持つ人たちは、それを見て驚いていた。しかし、ギルソンが笑う事も多いので、影響されたものなんだなと納得してしまうのであった。

 やって来たのはお城から馬車で2日ほどの農村である。農村と言っても、育てているのは馬などの家畜の餌である。

 村を案内されたアリスは、その家畜の餌として紹介された物を見て驚いた。

「お米!」

 突然叫んだアリスに全員が驚く。

「し、失礼致しました。私の魔法石の記憶に記録されている食べ物と酷似しておりましたので、つい反応をしてしまいました」

 すぐにオートマタらしい無表情に戻り、淡々と事情を説明するアリス。本当にこういう切り替えもうまくなったものである。

「アリス、これが食べ物だっていうのかい?」

 ギルソンが無造作に置かれた籾をすくっている。

「はい、殻を取り除いて、中の膜を取り除くと白くなります。その白くなったものをよくすすいで、水に浸けた上で加熱調理するとふっくらとした食べ物になります」

「ふーん、ずいぶんと手間がかかるものなんだね」

「毎日食べておられるパンも、焼き上がるまでにはとても手間がかかっております。マスターたちは、そういったたくさんの苦労の末にでき上った物を召し上がっておられるのですよ」

 アリスの説明に衝撃を受けるギルソン。王族として生まれたのだから、この辺りを知らなくても当然だろう。

「マスターたち王族というものは、そういった苦労を知る事がないかも知れません。ですが、そういった者のために住みよい環境を提供するのが統治者としての務めでございます。国とは、そういった持ちつ持たれつの関係の上で成り立っているのですよ」

「そうなのか……」

 7歳と若いギルソンには重い話だったかも知れない。だが、国という仕組みを知ってもらうというのは重要な事だ。

 だが、アリスは気付かなかった。これも将来の分岐点における重要な判断要素になり得るという事に。

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