Mission006
正直、アリスは肩透かしを食らった気分である。食事中の会話からそれぞれの性格を読み取るつもりだったのに、まさかの会話なしだったのだから。
というわけで、収穫なしという事態に内心しょぼくれながら、アリスはギルソンとともに部屋に戻ってきた。
「あはは、驚いたかい?」
部屋に戻ったところで、ギルソンがアリスに話し掛ける。
「はい、正直会話がまったくないのには驚きました」
「そうか。でも、朝はいつもこんな感じなんだ。基本的に寝起きがよくないんだよ、みんな」
アリスが正直に答えると、ギルソンからは予想外な答えが返ってきた。
まさか、王族全員揃っての朝が弱い体質だったのだ。なるほど、あまり頭が働かないから、会話をする余裕もないという事だったらしい。妙に納得がいくアリスである。
その一方で、それで王族は大丈夫なのかという心配すら湧いてきた。朝が弱いというのなら低血圧の可能性だってあるし、他の食事も朝のように質素なら、正直心配しかない。アリスは正直頭を悩ませた。
だが、今は動くにしても情報が少なすぎる。どうにかして情報を集めて改善していかねばならない。小説だとその辺りは結構曖昧に書いてしまったし、魔法石の記憶だって、そこまで詳細に情報が集められてはいないのだ。つまり、地道な情報収集は急務だったのだ。
「マスター、厨房へ赴いてもよろしいですか?」
「なぜだい?」
「マスターの体調管理は従者たるものの務めです。台所事情を把握しておきたいと存じます」
ギルソンは5歳ながらに聡明なようだ。アリスの言葉に真剣に悩んでいる。
「分かったよ。父上たちには適当にごまかしておくから、早速今から行こう」
数分悩んでいたようだが、ギルソンは決断していた。
そういうわけで、まずは片付けが落ち着く頃だろう厨房へと向かう。
ギルソンが厨房に顔を出すと、料理人たちが揃いも揃って驚いた顔をしている。まあ、王族が厨房に顔を出すなんてそうそうない事だから当然だろう。
「これはギルソン殿下。いかがなされたのですか?」
大きなコック帽をかぶった人物が、帽子を取ってギルソンに駆け寄ってきた。帽子のサイズからしておそらく料理長だろう。
「ボクのオートマタのアリスが、聞きたい事があるって言うんだ。差し支えなければ答えてあげて欲しい」
「ギルソン殿下のオートマタでございますか?」
ギルソンの言葉を聞いて、料理人がアリスを見る。
アリスは普通の侍女服を着ており、髪も黒のストレートを後ろで束ねた実にシンプルな姿である。瞳は引き込まれそうなほどの黒で、わずかに青く光っているようにも見える。黒色の容姿はファルーダンでは珍しいために、料理人は何とも不思議なものを見る目をしていた。
一方のアリスも奇異の目を向けられるのは百も承知だった。自分が書いた小説内でも、アリスはこの見た目をしょっちゅう揶揄われている。ギルソンが歪んだ原因の一つが、まさに自分にあるというつらさ。アリスはそれをどう跳ね返そうかと情報を整理しながら考えていたのである。
その一つが朝食風景を見て思った食の改善である。あれではいくら何でも王族としては少ないし、元気が出ない。肉が胃に重いとしても、そこは日本人として天寿を全うした前世の記憶がある。工夫次第でどうとでもなるはずである。そのための第一歩が食糧事情の把握である。
城の厨房の食糧庫を覗かせてもらうと、そこにあったのは大量の小麦粉とジャガイモである。冷暗所という条件は付くが、常温で保存の効く食材だ。というか、ジャガイモがあったのか。
横には魔石を使った巨大な冷蔵庫があった。
オートマタに使う魔法石は鉱山から採れる特殊な石である。その魔法石にも込められた、魔素と呼ばれる要素を取り込んだ野生生物、一般的に魔物と呼ばれる存在が居る。その魔物となった生物の核が魔石と呼ばれるもので、動物の場合は心臓、植物の場合は種の部分に相当している。
その魔石というものは、倒した魔物の属性によってその属性と効果が変化する。冷蔵庫に使われているのは様々な魔石の中でも水の力がこもった魔石である。その宿った水の力で庫内を冷やしているのである。
アリスはなるべく庫内の温度が上がらないように、素早く扉を開けて中に入り、すぐさま閉める。中が暗かったので、アリスは魔法を使って明かりを取った。
真っ暗だった冷蔵庫内が明るく照らし出されていく。
(これが魔法……)
何気に初めて使った魔法だけに、アリスはとても感動していた。だが、その感動も長くは続けられなかった。庫内の食料の在庫を確認して記憶していく。よく見れば、肉やチーズといったたんぱく質もそれなりにあるようだった。そうなると、やはり朝の食事の内容にはどうしても疑問が出てしまう。
冷蔵庫を出たアリスは、城の食事を必要とする人数を確認する。それを魔法石に記憶させると、料理人にお礼を言って厨房を後にした。
次は、食料の仕入れ先の調査だ。こうなると、向かう先は財務を扱う役人のところがいいだろうか。ギルソンに確認してもその方がいいという返答だった。5歳児にしてこの理解力である。やはり、ギルソンを死なせるルートは間違いだったのだと、アリスは歯を食いしばった。
ギルソンの死へつながる運命への要因の一つ、それはアリス自体の処遇だ。自分が優秀なオートマタだと周りへと知らしめれば、自分をネタとしたギルソンへの風当たりは、きっと物語の状態より大きく改善されるだろう。
ギルソンを死の運命から救う。その目的のために、アリスはギルソンとともに財務担当の人間の集まる部署へと急いだ。
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