Mission004
アリスの目がすっと開く。
あれからどのくらい寝ていたのだろうか。目を擦って辺りを見ると、外はまだ夜なのか薄暗く、窓からはうっすらとした光が差し込んでいる。
アリスは自分の状態を確認すると、寝る前同様にしっかりと椅子に座っていた。椅子で眠った割には体はまったく痛くない。これがオートマタというものなのだろうか、アリスは自分の体について不思議に思った。
オートマタというものは、自律人形なのだ。つまり、その体を構成するのは人間を模した数々のパーツである。関節は滑らかに動くように球体関節が用いられている。服のせいでよくは見えないが、手を見る限りは本当に人形の関節なのである。だが、それらはちゃんとアリスの意思で動かす事ができるし、各関節の可動範囲も人間のそれと同じだ。なんとも不思議な感覚に陥ってくる。
あと、やっぱりオートマタは人形なので、食事がまったく必要ないのだ。あれだけ時間が経ったというのに、食欲がまったく起きてこない。もともと人間だったのだからこの感覚は違和感しかなかった。便利は便利なのだが、どうにも落ち着かない。
(本当に、この体って人形なのね……)
窓際に立って空を見上げながら、アリスは寂しそうにため息を吐いた。
だが、いつまでも感傷に浸ってはいられない。ギルソン王子を救ってハッピーエンドを迎えるために、これからの計画を真剣に立てなければならないのだ。
昨夜はギルソンが死ぬ時点までを思い出していた。なので、そこから物語完結までの筋書きも思い出しては魔法石に記憶させていく。なにせ、ギルソンが死ななかった場合でも同じ筋書きをたどる可能性だってある。そのためには歪められた運命の行く先もしっかりと押さえておかなければならないのだ。アリスはこれを、空が白み始めるまで続けた。
空が白み始めた事で、アリスは朝の支度を始める。今の自分の服装は侍女服だ。何度も鏡で確認した。
それにしても、真っ暗な場所でもきちんと景色が見えるという点も、オートマタの便利な機能である。さすがは主に寄り添い守り抜く事を想定された人形だ。
昨日着ていた侍女服から、一緒に入っていたもう一着の侍女服へと着替える。肌着も含めて一式入っていたので非常に助かる。その際に自分の体を確認する事になったのだが、やはり体のつくりは人形そのものだった。
普通ならば天寿を全うした先が人外なら、これは一体何の咎だと思うところだろうが、アリスには目的がある。普通ならば心が折れかけるところを、その目的のために強く意識を引き締め直す事ができた。
(額の魔法石は弱点ですものね。えっと……防護の魔法はこれでいいのかな?)
アリスはまだ時間的余裕があると見ると、自分の身を守るための魔法を使う。ギルソンを守るにも、まず自分の身を守れなければ意味はないのだ。さっそく魔法石から取得した防護魔法を展開する。
「プロテクト!」
アリスの体を薄い青色の膜が覆う。そして、表面に取り込まれるようにしながら消えていった。
次にアリスは自分の体の状態を調べる。オートマタには本当に便利な機能がたくさんついているので助かる。
【アリス
マスター:ギルソン・アーディリオ・ファルーダン
状態:良好、防御強化(強化度++)】
魔法の効果がちゃんと表示されている。しかも(++)というかなりの強さだった。
(うーん、どれくらいの強さか分からないわねぇ……)
とりあえず通常よりは2段階は強い。アリスは表記通りの意味に受け取る事にして朝の支度を再開した。
魔法石に記憶されたスケジュール通りなら、そろそろギルソンが起きて、身支度をしてから家族揃っての朝食のはずである。というわけで、厨房へギルソンの起床の報告に出向いてから、今日のお召し物の準備を始める。
ほどなくしてギルソンが目を覚ます。
「おはようございます、マイマスター」
「……おはよう、アリス」
ギルソンはまだ眠いようで、目を擦りながら体を起こしていた。
「ふふっ、マイマスター。まだおねむのようでございますね」
アリスはカーテンを開けながら、微笑みながら声を掛けた。
「まだ、陽は昇っていないからね。でも、ボクだって王族なんだ。早起きくらいしてやるさ」
ギルソンはむんと拳を握りながら喋っている。その姿を微笑ましく見ていたアリスは、
「それでは、まずは顔を洗って、それからお着替えを致しましょう。靴をお持ちします」
室内用の簡易な靴を持って、ギルソンの朝の身支度を始めた。
よく思えば子どもの世話なんて孫を相手にした時以来の事である。だが、そこはオートマタの知識が手助けしてくれたので、問題なくギルソンのお召し替えを終える事ができた。アリスもひと安心である。
「そういえば、マイマスター」
「何だい、アリス」
「昨日までお世話をされていた方は、今日はどうされたのでしょうか」
「どうしたんだろうね。僕も何も聞かされていないから分からないよ」
アリスが来たのは昨日の事である。それまではギルソン付きの使用人が居たはずなのだが、今日はどういうわけか姿を見せなかった。オートマタが来たのでお役御免になったのだろうか。いや、そうだとしてもろくな引き継ぎもしないまま居なくなるなんてあり得るのだろうか。少し心配になってくる。
「そうだね。気になるから食事の席で父上たちに確認してみよう」
アリスの疑問に、ギルソンは素直に対応してくれている。
こんなにも素直だった少年が、どうして悲惨な最期を迎えるほどに歪んでしまったのか。小説内では最初は本当に美少年だったのだが、書籍化の際に出版社の方針で退場させられる事になり、お気に入りキャラだったアリスは何度となく筆を折りかけた。アリスはギルソンをじっと見た。
「それでは、食堂に参りましょうか」
この後は家族、つまりは王族たちとの朝食である。
あの小説がこの世界で運命となるならば、原作者として、ギルソンのオートマタとしてそれに立ち向かってやる。
アリスはギルソンの家族たちと対峙するために、ギルソンと一緒に食堂へと向かったのだった。
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