第10話(ミレリヤ視点)

「ねぇ、ミレリヤ。どうしてそんな服着てるの? 趣味なの? 使用人よりも酷いけど」

「いえ、違います」


 昨日の今日で名前を呼ばれるのもどうかと思うのだが、子供っぽい外見がそれを許容させてしまう。


「私はこういった服しか与えられていません」

「え? そこの女は派手な服着てるのに? 昨日のドレスも?」


 こてん、きゅるんっと首を傾げる様子はあざとい。そこの女とは義妹のことだ。


「姉は我儘なのです。虐げられていると周囲に言いふらすためにそんな恰好をわざわざしてるんですよ!」

「さっき、財産一切持ち出すなって言ってたじゃん?」


 カナン様がパチンと指を鳴らすと、開いていた窓から鳥という鳥が羽ばたいて入ってくる。


「僕の番にみすぼらしい格好をさせるなんて馬鹿にしてるの?」


 にこっとカナン様は笑っているが、纏う雰囲気は怖い。


「そこの君、まともな服を持ってきて」


 カナン様は近くにいた侍女に指示した。侍女は驚いたものの継母をちらっと見て動かない。


「姉はたかだか子爵家に嫁ぐのですから、その服で十分でしょう」


 義妹と継母の頭はおめでたい。子爵とだけ聞けば我が家よりも爵位が低いだろうが、相手は大国ドラクロアだ。昨日、国王でさえもしっかり礼を尽くしていたのを見ていないのだろうか。


「ふぅん」


 カナン様は私の服をじぃっと見る。つぎはぎだらけで、ところどころ薄くなっているワンピースを改めてマジマジ見られると恥ずかしい。


 カナン様がパッと突然手を上げる。大人しくしていた鳥たちが一斉に侍女に襲い掛かった。ハト、カラス、インコ……どこから来たのだろう、さまざまな鳥。カナン様の両肩にはスズメが乗っている。正直に言うと、絵になっていて可愛い。


「そこの使用人みたいになりたくなかったら今すぐまともな服と、そこのけばい女の部屋のクローゼット三段目引き出しの宝石をすべて持ってこい」


 見た目は子供が腕を組んで(しかも両肩にスズメ)、偉そうにしているだけなのだが……鳥に襲われた侍女は鳥の羽音がすごすぎて悲鳴さえ聞こえないほどだ。


「耳が悪いの?」


 カナン様がもう一度指を鳴らすと呆然としていた侍女の一人が慌てて動き始めた。つられて他の侍女も動き出す。


「待ちなさい! そんなことしなくていいわ!」

「目を抉られたい?」


 すぐに我に返った義妹が声を上げたが、カナン様の声とともにひと際大きなカラスが義妹の頭に舞い降りてカァと鳴いた。頭の上からカラスが覗き込んでくる不気味な様子にさすがの義妹も口をつぐむ。継母も同じように黙り込んだ。


 鳥を操る能力があるのかなとミレリヤはその様子をほけーっと見ていた。ミレリヤだってこの家を出るにあたって何も考えていなかったわけではない。ずっと準備してきた。

 母が伯爵で、父は入り婿だった。母が亡くなってから伯爵代理として父は勘違いして偉そうにしていたが、父に伯爵家を継ぐ権利はない。


「二個足りないよ。持って来いって指示も聞けないの? もういいや。鳥たちに任せた方が早いね」


 無邪気な声だが辛らつな内容にミレリヤが我に返ると、侍女の持ってきた宝石にカナン様が文句をつけていた。


「あ……」


 宝石は母のものだった。継母に奪われた母の宝石。


「鳥たちから情報をもらったんだ。これはミレリヤのでしょ?」

「はい……」


 取り返すことを諦めていた母の宝石。母がつけていたところをよく見ていたから懐かしい気持ちになる。


 鳥に襲われていたはずの侍女の周りから鳥たちはいなくなっていた。侍女は鳥の嘴で肌のあちこちを傷つけられ血が出ている。痛そう……よく見たら、継母のお気に入りの侍女の一人だった。


「あ、持ってきてくれたよ」


 フクロウが足に何か掴んで持ってきて、カナン様に渡すとホォーと鳴いて飛び去った。

 母が持っていた中で最も高価で大ぶりな宝石のついたブローチと指輪だ。


「ね、鳥の方が役に立つよね」

「……ありがとうございます」


 この二点は母が祖母から受け継いでいたものだ。ドラクロアに行くのに二度と目にすることはないと思っていたから、ミレリヤはちょっと感動してしまった。

 何度継母と義妹の目を盗んで探してもなかった母の形見を渡されてそっと握りしめる。


「じゃあ行こうか」

「はい」


 継母と義妹の恨めし気な視線を背中に感じながら外に出て、ローレンから書類を受け取って馬車に乗り込む。


「それは何?」

「伯爵位を国に返還する書類です」


 カナン様はちょっと考えるそぶりを見せ、無邪気に笑った。


「そっか。ミレリヤが唯一の後継者だったんだ」

「はい。ですから返還します。王家があとは何とかしてくれるでしょう」

「さっすが。ちゃんと考えてたんだね」


 馬車の窓から生まれ育って、虐げられてきた屋敷を眺める。


「お母様の形見はもう諦めていましたが、ありがとうございます」

「ミレリヤの笑顔が見れたなら良かったよ!」


 いけない。

 ミレリヤはちょろいことに高鳴ってしまった心臓を落ちつけようとする。

 ちょっと優しくされただけで好きになっちゃいけない。恋愛してあの人がいいと結婚しても、お母様みたいに疎まれるようになるかもしれないんだから。

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