怪盗と怪盗助手

ことぼし圭

第1話

 世界が歪んだな、とカムイは思った。これは主観で、自分の視界だけの問題で、実際のところはわからない。ただ、均衡を崩すように体が震えて、足元がたわんだ。ぴんと張ったロープを途中で切り離すのに似ている。

 このままだと倒れるな、と感じる。ぶつかる床は堅いのかと思っていたら衝撃は全く来なかった。低反発の枕に頭を乗せたのと変わらない。感覚が鈍くなったか、親切な誰かがクッションを用意してくれたのかもしれない。楽観的に考えて、カムイは体を起こした。

(なんで外にいるんだろう)

 見渡すと、木々の合間から光が漏れていた。自分の部屋から出た記憶はない。林か森が近くにあったなんて知らないし、眠っている間に歩く癖もない。

(日本でも地球でもなかったらどうしよう)

 喉の渇きを覚え、池か湖でもあるかと辺りを歩く。迷いそうな気はしたが、すでに迷っているので問題ないだろう。

 幸い、水場はあった。

 自分の顔が映るくらいにはすっきりとした水質で、飲んでも大丈夫そうだ。

「迷子ですか?」女性の声がした。

「そうですね。そんなところです」

 カムイが丁寧な言葉づかいで返すと、女性の声は笑った。姿は見えない。

「言葉を交わすと命がとられるんじゃなければ、道を聞きたいのですが」

「あら、あなたはもう、道にいるでしょう」

「何の道ですか?」

「落とし子の道。世界が歪んで混じり合い、その結果あなたはここにいる」

「解説をどうも」

「礼には及びません。簡単なことです」

「家に帰る方法を知りたいのですが、ご存じですか?」

「方法がないことを私は知っています」

「嘘でも、冗談でもなく?」

 女性の笑う声がした。

「役割がございます。あなたにしかできないこと。探してくだされば、少なくともこの世界では生きていけますよ」

「ロールプレイですか。ゲームは苦手です」

「ゲームというのが何を指すかは知りませんが、対価はすでに頂戴してます。目をひとつと、記憶を少し」

(視界に問題はないのに、目をひとつ?)

「それはこれからも払う必要がありますか?」

「賢いこと。いいえ、もうすべて頂戴してます。鏡をご覧ください」

 カムイは水面を見た。長い前髪の間から色の違う瞳がひとつこちらを見ている。

 思わず、小さく悲鳴を上げた。血のように赤い色だ。もう片方は見慣れた茶色。色素は薄いので、髪も明るい茶色。染めているわけではない。

(他は異常なし、か)

 自分の体をさわって確認する。怪我はないし、羽が生えたり角が生えたりもしていない。まごうことなき人間だ。

(人間がたくさんいる世界だろうか)

 殺されるのも嫌だし、無事に生きてけるか心配だ。女性の声を鵜呑みにするならば、帰る手段はない。諦めるには早いが、認めないのも違う気がした。

「ここはどこですか?」

その問いに、返事はなかった。

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