私の絵本の物語

真生えん

第1話 私の絵本

王女様の卵


昔々あるところに、気の弱い内気な王女様がおりました。


王女様は内気なせいでお城でも空気の様に扱われていました。



あるところに、正義感の強い聡明な少女がおりました。


少女は交通事故に遭い、意識がなくなりました。


目が覚めると豪華なベッドの上でした。


辺りを見回すと、そこには少女にそっくりな王女様が立っていました。


王女様は言いました。


「あなたが帰るまで、私のフリをしてください」


そう言われ、ドレスに着替えさせられました。


反論する前に王女様はどこかへ行ってしまいました。


突然のことにどうすればいいのか考えていると、メイドさんが現れました。


「これから王女様のお披露目パーティーが始まります」


そうしてパーティーへ連れていかれてしまいました。


困った人は放っておけない少女は、仕方なく王女様のフリをすることにしました。


「あんな気の弱い子が王女様なんて信じられない」


「私の方が王女様に相応しいわ」


王女様の陰口を聞いた少女は、思わず反論しました。


「陰口を言うような方は王女として相応しいとは思えませんわ」


陰口を言っていた少女達は黙り込んでしまいました。


パーティーに疲れて会場から出ました。


庭園に向かって廊下を歩いていると、見覚えのあるメイドさんが水を掛けられていました。


「見習いのくせに王女様付きになるなんて、いい気にならないでよね」


少女は頭に血が昇りました。


バケツに水を汲んで、悪口を言うメイドさんに思いっきり掛けました。


「今の地位が不満なら、意地悪なんてせずに自分を磨いたらどうです」


意地悪をしていたメイドさんは「申し訳ございません」と呟いて去って行きました。


見習いメイドさんが何か言おうとしていたようですが、パーティーの途中だった事を思い出して、最後まで聞きませんでした。


パーティー会場に戻ると、王女様のお父さん、国王陛下が待っていました。


「これから隣国の王様に会う。厄介な方だから気を遣うように」


そうして会った王様は、凄く大きい方でした。


でっぷりとしたお腹に真ん丸な顔、汗と皮脂で顔は光っています。


「これはこれは、国王陛下。今日はお招きいただきありがとうございます」


ハンカチで汗を拭きながら王様は言いました。


「うちには非常に優れた騎士団があります。きっとこの国は一夜にしてなくなるでしょう」


そしてチラリと少女を見ました。


「そちらの王女様は大層大人しい方だそうで。私に嫁入りなんてどうですか」


国王陛下は困ったように少女を見ました。


少女はそんな事は絶対に嫌でした。


戻って来た王女様も嫌に違いありません。


「では私が嫁入りした暁には、王様の国への輸出を止めましょう。食べ物や生活用品が入ってこない国は、どんなに強い騎士団があろうと騎士たちは生きていけませんものね」


王様は真っ青になって逃げていきました。


「あの王様にはいつも困っていたんだ。これでもうあんな態度はとれないだろう。よくやった、我が娘よ」


少女は、入れ替わっている自分に罪悪感を覚えました。


自分のお父さんやお母さんに会いたくて仕方ありません。


でも、戻るにはどうすればいいかわかりません。


困った少女は「出口は外」と思い庭園に出ました。


バルコニーの階段から、庭園を見渡します。


かなり広そうです。


再び困った少女の耳に声が届きました。


「僕は魔法の卵。金の卵。僕が君の願いを叶えよう」


少女は驚いて周りを見回すと、バルコニーの手すりに金色の卵が乗っています。


「僕は魔法の卵。金の卵。困った人の所に現れる不思議な卵。君の願いはなあに」


愉快に話す、おしゃべりな卵に癒された少女は卵を抱きしめて言いました。


「私、おうちに帰りたい!」


卵は「聞き届けた」と言ってプルプルと震えました。


「こっちだよ。真っ直ぐ」


卵を掌に持ち、庭園を進みます。


案内に従って庭園の奥の寂れた、でもどこか雰囲気のある白いバラ園にやって来ました。


今日は一段とお月様が綺麗に見えました。


卵の様に金色に輝いています。


「王女様……」


声の方に振り向くと、豪華な服を身にまとった仲の良い国の王子様でした。


煌びやかな服装ですが、王子様は上品に着こなしています。


「今日のあなたの行動、失礼とは存じますが拝見しておりました」


真っ直ぐに少女を見つめる王子様に、まだ幼い少女は見惚れました。


「気高く、優しく、美しい姿に私は一目ぼれしてしまいました。どうか私と結婚していただきたいのです」


少女は困ったように微笑みます。


「では、次に会った時に気持ちが変わらなければ」


「その願い、叶えたり」


そう声がして月はひときわ綺麗に輝きました。


金色の月に照らされた白いバラが一気に金色に変わりました。


その光景に目を奪われると、強く風が吹きました。


思わず目をつむると、そのまま意識が遠のいていきました。


目が覚めるとそこは、いつもの自分の部屋でした。



「素敵なお話ね、ウェンディ」

私の作った絵本を読み終えて、お母さんは嬉しそうに笑った。褒められて私も嬉しくなる。

「これはね、私の夢を描いたの」

「夢?」

お母さんの問いかけに私は頷いた。

「そう夢。大きい王様に金色の卵にカッコイイ王子様。みんな私の夢に出て来たの」

「素敵な夢を見たのね」

「うん。楽しかったよ」

楽しかったけれど、唯一気になる事と言えば、悲しそうな、辛そうな王女様の事だ。



そして十四歳の秋。

私は学校の裏庭を歩いていた。

今は昼休み。読書に最適な場所を探していたのだ。しかし、裏庭に来たら、散歩が楽しくなってしまった。

綺麗に整えられた庭は自然豊かで、見ていて楽しい。そして空気が澄んでいて気持ちがいい。ここをゆっくりと歩く機会はあまり無かった。読書はいつでもできる為、今は散歩を満喫しよう。

そう思い、周りを見渡す。池の上に鳥の巣があった。その中にきらりと光るものが見える。目を凝らすと、小さい頃に見た夢に出て来た金の卵にそっくりだ。好奇心に負けて、靴と靴下を脱いで、スカートをまくる。秋の為、水はかなり冷たい。鳥はどこにもいないようで、金の卵が一つ置いてあるだけだった。手に取ると、金の卵は話し出す。

「その願い、叶えたり」

話した。卵が話した。誰かがいたずらで卵を金色に塗っておいたのかと思ったが、違うらしい。

だが、初めは「僕が君の願いを叶えよう」だった気がする。

ボタンを探して裏返すと、手が滑って金の卵が池に落ちる。手を伸ばして金の卵を掴み胸に抱きしめた。そんなに深い池ではないから大丈夫だろうと思って、意識を失った。



目が覚めると、心地いい温度の池の上にいた。秋なので冷たい筈が、まるで包み込まれているかのように生暖かい。

「王女様、大丈夫ですか」

綺麗で豪華な服を、上品に着こなした王子様のような男性が立っている。少年と青年の間、私くらいの男の子だ。

「王女様? 大丈夫ですか?」

目が覚めたばかりで頭はいまいち働かない。王女様って、私の事なのか。

「私は、王女ではないわ」

それだけ言って立ち上がる。やはりこの池はそんなに深くない。立ち上がると、急に冷えて来た。

「さあ、王女様。城へ行きましょう」

上着を私にかけて、王子風な人に促されるがままに城へ向かった。

「私は王女じゃないわよ」

「いいえ、確実に王女様です」

かたくなな王子風の人が言うと、「あれ、私、本当に王女様なのかな」と思えてくる。いや、王女ではないのだけど。

私の腕を引いて前を歩く王子風な人の顔をよく見るために、横に並んで見上げる。もしかして、もしかしてと思っていたけれど、王子風な人の顔を見て確信する。私が絵本に書いた世界だと。彼は“王子風”なのではなく、この世界では、確実に“王子様”だ。

私は金の卵に導かれて、夢の世界に来てしまったらしい。そう思って気が付く。金の卵が無い。

「待って、私落とし物しちゃったみたいなの。戻らなきゃ」

王子様は振り返って微笑む。

「金の卵は使用者の願いを叶えたら消えるのですよ」

使用者? それはどういう意味なのか。

思い出すように幼い頃の夢を振り返った。今でも鮮明に思い出せる。

――その願い、叶えたり。

卵は願いを叶えるとき、「叶えたり」と言った。私の前に現れた金の卵も「叶えたり」と言った。と言うことは、私の願いを叶えてここに連れてこられた訳ではないのか。

では、誰の願いを叶えたのか。この世界で金の卵が有名だったりしたら分からない。だが、金の卵が一つしかない、あまり知れ渡っていないと仮定すると、金の卵が使用されたことを知っている人物が使用者だ。

そして、私が“落とし物”と言ったのにそれが“金の卵だ”と分かった王子様が使用者で間違いないだろう。

「何のために私をここに連れて来たのですか」

警戒心を隠しもしせずに言うと、王子様は言った。

「君は数年前にこの世界に来ました」

数年前、と言うとこの絵本を書いた時だ。では、あの“夢”は”現実“だったということか。

「どんな方法でこの世界に来たのかはわかりませんが、本物の王女様と入れ替わる様にしてあなたは現れた」

王子様は立ち止まり言う。

「あなたが帰る時に持っていた金色の卵を探して、駆け回り、そして手に入れた。私は卵に願ったのです。あなたにまた会いたい、と」

王子様は恍惚とした表情で私を見る。

「私の中では、あなたが私の王女様です」

要約すると、王子様は私に会いたいがために金の卵を探し、見つけ、私をこんな所まで連れて来たというのか。

「もう再会したのですから、帰ってもよろしいですか?」

王子様はきょとんとした表情で言う。

「あなたが去ってから、本物の王女様はどこかへ行ってしまい、国王陛下は焦っておられます。一度、この城に戻ったらもう一生逃げられないでしょう。帰るのは諦めてください」

手を振り払った。

「と言うことは、王女様を見つけさせすれば帰っても良いということですよね」

「……諦めの悪い方だ。そうですね、見つけ、かつ私を諦めさせれば帰っても文句は言いません」

「どういうことですか? あなたは私と再会したかっただけですよね」

王子様は振り払われた手をもう一度私に差し出す。

「あの日、私はあなたに一目ぼれしました。あなたをもとの世界には帰しません」

そういうことか。この数年間、何の感情もなく探し続けられるわけがなかった。これはかなりしつこそうだ。

ため息をついて言う。

「幼い頃の約束は、あくまで口約束ですよね?」

王子様は悲しげに顔を伏せた。

「それでも私はあなたを愛しています」

「この歳で愛を語るなんて、重すぎません?」

私は王子様の悲しげで、それでも必死な様子に心が痛くなる。でも、私は諦めてこの世界に残ることはできない。

――私の可愛いウェンディ。あなたの夢は私の夢よ。

「どうせ帰ることなど叶わないのです。だったら私のものになってください」

頭の中を、前に見た王女様の顔が過ぎる。

何かを諦めたような顔。悲しげで、せつなげで。でも、思い出せば、どこか強い意志を感じる表情だった。

ずっと気になっていた。王女様にあんな悲しい顔をさせた”原因”。

――どうせ、私は放って置けないのなら……。

王子様は私の顔を覗き込むようにして声をかける。

「決心はつきましたか?」

私はパシリ、と王子様の手を振り解く。

「私は”本物の王女様”を見つけて、家へ帰ります」

王子様は微笑む。

「では一旦、ここに残ってくださると言うことですね」

「はい」

私はできるだけしっかりと王子様を見つめる。

王子様はうっとりとした表情で私を見る。

「では、私も妥協しましょう。そうですね……本来の王女様が見つかるまでに、あなたを振り向かせて見せます。そうしたらここに残ってください」

私はどのみちしばらくはここで生活をするしかない。

ため息をついて、手を差し出す。今度は、私から。

「しばらくの間、よろしくお願いします」

「ええ。私も、本来の王女様が見つからないことを願いますよ。本当は、あなたにも愛していただけるとし幸せなのですが」

かっこよくて、お金持ちで、権力もある。そんな完璧な王子様に告白されて嫌なわけがない。

でも、そんな王子様に流されるわけにはいかない。

私には、帰ってやらなければならないことがあるのだ。

夢も、目標も、何もかも捨てて、決めた道。もう誰にも邪魔はさせない。

たとえそれが、夢で見た、初恋の王子様に愛されたとしても。

――お母さん。待ってて。私は夢の世界でやることを終わらせて、現実に戻るから。

初めて来た時とは違い、昼間の太陽が輝き、晴天の空。

王子様と私は、ロマンチックさのかけらもない握手を交わす。

私の落ちた池は綺麗な水色で、冬の太陽の光を受けて、キラキラと輝いていた。

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