放課後異世界クラブ
桃月とと
第1話 旧校舎
中学の入学式は退屈だ。校長の話は予想通り長かった。
「ゆりちゃんと
「うん」
「はる~! 部活なんにする!?」
噂をすれば、ゆりが悠目指して走ってきた。長い髪の毛が綺麗になびく。
「決めてないよ。ゆりは?」
「テニス部に誘われてるんだ! 利津は野球……って当たり前か! 春休みから練習に参加してるもんね!」
アハハと笑うゆりが悠にはまぶしかった。
「……なんかあった?」
急に真面目な顔でゆりが悠の目をじっと見つめる。
(ゆりはすごいなぁ)
母親にも気づかれなかった変化を、ゆりは見逃さなかった。ほんの少し、悠はいつもと違っていた。
2人の母親はいつものように談笑している。
「今度話すね」
悠はちゃんと笑顔を作ったつもりだったが、困ったような泣き出しそうな笑顔だった。
「悠!?」
「ごめん……今度……」
「……うん」
右手をギュッと握りしめられた。ゆりの手は暖かくて、悠は急に涙がこみあげてくる。だが口をきゅっと結んで、涙はこぼさなかった。
春休み、悠は自分が養子だったことを知ったのだ。下に弟もいるが、そちらは両親と血が繋がっている。今までこんな重大なことに気が付かないほど愛されていたのだと自分を納得させようとしたが、どうしようもない孤独感が悠の体中に充満していた。
「ちょっと学校ぐるぐるしてから帰るね」
母親と体育館の外で別れ、悠は言葉通り学校の中を歩き回った。家に帰りたくなかったのだ。家の中で両親と弟が笑いあう姿を見ると苦しくなった。
「あれって……」
人気のないところへ進んでいくと、学校の奥に旧校舎が見えた。どうやら立ち入り禁止の看板を見逃してここまできてしまったようだ。
小学生の時に噂になっていた。
『中学の旧校舎は別の世界に繋がっている。もしアチラの世界に行くと、まともな状態では戻ってこれない』
七不思議の1つとして恐々と語られていた。
「……。」
悠は怖くなかったわけではない。だけど今はなにかいつもの自分なら絶対にしないことをしたかった。いつもならバレたら怒られるようなこと、絶対にしなかった。
(なんとなく気が付いてたのかな……)
気が付いたら、いつも『お利口』でいることで、両親の愛を得ようとしていた。自分は無条件に愛されることはないとどこかで感じていたのかもしれない。
旧校舎の中は思ったより綺麗だった。だがシーンとして、外の明るさが余計引き立つ。悠の足音だけがその空間に存在していた。
(2階……)
「わっ!」
階段を上り始めた瞬間、大きな風が悠の体を通り抜けた。
「窓が壊れてるのかな?」
怖がっていることを自分にも、旧校舎にも悟られないよう、悠は自分に気合を入れる。わざと足音をたてて前へ進んだ。
2階の突き当り、音楽室と書かれた部屋は扉が開いていた。風はそこから吹き込んできている。悠は迷わずその部屋に入った。
(窓、閉まってるし)
流石に少し怖くなる。音楽室の中には何もなかった。いや、1つだけ……大きな円形の鏡だけが壁に掛けられている。
「アチラの世界ってどんな所なんだろ」
今は、ここではないどこかに行きたかった。気を抜けば涙がこぼれそうになる自分なんて大嫌いだった。自分はもっと強い人間だと、そうありたいと思っていたのに。
その時、また大きな風が吹いた。窓はもちろん閉まったままだ。
「!?」
大風の出所は例の鏡だった。
悠はなぜだかそれに惹きつけられ、ゆっくり近づいていく。
(こんな時ほど強気でいなきゃ)
『アチラの世界』のことが頭をよぎった。だからこそ、見えない相手に恐れは見せられないと精一杯虚勢を張る。
「連れてけるもんなら連れてってみなさいよ!」
目の前が真っ白になった瞬間、音楽室から悠の姿は消えてしまった。
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