第90話 手紙
アルドが仕事で出かけている頃、イーリスは家で猛勉強をしている。ルメス学院この辺の地域で最も名門の学校でイーリスが志望しているところだ。
このルメス学院は誰でも入れるような学校ではない。入学するには試験が必要で、かなりの学力が要求される。幸いにして、この学院に入るためには当人の学力さえあれば問題ない。名門校の中には親の学歴や仕事も問われることもある。学歴もない炭鉱夫であるアルドは名門校の基準ではどちらの要件も満たさない。親のせいでイーリスの将来が閉ざされるのはアルドとしても避けたいところであった。
仕事で炭鉱で働いているアルドは休憩中に親方と話している。
「そうか。イーリスちゃんも学校行く気になったか」
「ええ。ちょっと動機が心配ですけど、学校に行く気になってくれたのは嬉しいですね」
「ところで、イーリスちゃんが目指す学校ってなんだっけ? 名前?」
「ルメス学院ですね。この辺で1番頭が良い学校みたいです」
「へー、そうか」
そういう会話をしていると1人の青年が会話に参加してきた。
「ルメス学院ですか。実は、弟がそこに通っているんですよ」
「おお、マシューか。お前の弟さん結構頭いいんだってな」
親方がガハハと笑っている。マシューと呼ばれた青年は爽やかな笑顔を向ける。
「ええ。そうなんです。ウチの一族から出たとは思えないくらい優秀でね。こうして、弟の学費を稼ぐために働かせてもらってます」
「おう。いつもマシューには助けてもらってるよ。若いのにしっかりしてるしな。ガハハ」
「そっか。イーリスが入学試験に合格すれば、マシュー君のところの弟さんの後輩になるのか」
「そうですね。ウチの弟のトライと仲良くしてやってください」
「ん? トライ……」
アルドはどこかで聞いた名前に引っ掛かりを覚える。
「弟は……優しいやつなんですよ。兄さんにお金を出してもらっている以上は、絶対に首席にならないといけないんだって。別に俺はそんなことを気にしてないのに」
「へー。がんばりやさんなんですね」
「ただ、最近はちょっと勉強に根詰めしているような気がして、兄の立場としては危うさを感じています。俺としては、あの学院に入れただけでも十分に誇らしいのに」
「ガハハ。まあいいじゃないか。目標があると勉強に身も入るってことだ」
親方はのんきに笑っている。だが、アルドはマシューの気持ちがなんとなくわかっている。アルドも人の親で、もしイーリスが同じように目標に向かってがんばりすぎて……その結果倒れたりしたら心配でならない。
「でも……俺も弟の気持ちがわからないでもないです。あの学校は上流階級の人間が多い。学校の方針とはいえ、家柄で足切りをしないから、たまに中流以下の階級の生徒もやってきますが……やっぱり、どこか上流階級とは違うって負い目を感じてしまうみたいなんです」
マシューの目はどこか寂しそうだった。やはり、身内が辛い目に遭っているところを想像すると堪えがたい気持ちになるのは人の心を持っていれば当然の反応である。
「あ、すみません。アルドさんの前でこんな話をして」
「いや。良いんだ」
アルドは悩んだ。イーリスに学校に行って欲しい気持ちはあるものの、上流階級の人間とうまくやっていけるのであろうか。今からでも志望校を変えた方がイーリスのためではないか。
「今日……イーリスにそういう話もあるってことを話してみようかな。やっぱり、そういうことを知らないでいるよりかは、知っていた方がイーリスのためになるだろうし」
「そうですね……」
◇
「というわけでイーリス。あの学院は優秀な学校だけあって上流階級の人間が多い。そこでやっていけそうか?」
アルドの話を聞いてイーリスは考え込んでいる。でも、イーリスはアルドに組み付いた。
「大丈夫だよ。私にはお父さんがいるもん。どんな上流階級だって、お父さん以上の親はいないもん。私は自信を持って言えるよ。ウチのお父さんが世界一だって」
イーリスは家の階級に対することをまだよく理解できていないようで、アルドの話を聞いても特に悩むようなことはなかった。
「まあ、イーリスがどうしても行きたいというのであれば、僕は止めないけれど……でも、僕としてはイーリスにはもっと普通の学校に行って欲しい気持ちもあるんだ」
アルドは素直に自分の気持ちを言う。でもイーリスの意思は固かった。
「おねがーい。お父さん。私がやりたいことをやらせて?」
イーリスは甘ったるい猫撫で声を出す。イーリスは自分の意見を通したいというよりかは、ただ単に甘えたいだけである。もし、アルドが本気で拒否すればイーリスも納得した上で入学先を変えることになる。
「わかった。とりあえず、入学試験だけは受けてみようか」
「やったー。お父さんありがとう」
アルドはイーリスの要求をのむことにした。親に頭ごなしに否定されるのも子供の成育上良くないとの判断してのことだった。
◇
イーリスが入試に向けて勉強している中、アルドの家の郵便受けに1通の手紙が届いていた。
「これは……ミラからの手紙だ」
クララと共にハワード領に向かったミラ。アルドは彼女たちのことも心配はしていた。だが、頼りがないのは元気な証拠と思い、なんとか気にしすぎなようにはしていたが……その便りが来たことでアルドは逆に一抹の不安を覚えた。
『アルドさんへ。
ミラだ。アタシとクララは今、ハワード領にいる。
結論から言うと防具鍛冶の
彼女はあるダンジョンに潜り込んだとのことだった。
しかし、そのダンジョンにいる邪霊たちが強くてアタシたちだけではどうにもならない。
だから、アルドさんとイーリスちゃんにも来て欲しい。
今は一刻も早く、少しでも戦力が欲しい状況なんだ。
現地で仲間を調達しようと思っても、ハワード領のディガーたちは話にならない。
彼らはいわゆるクリアされたダンジョンの素材を採掘するハイエナ行為で生計を立てている。
辺境伯リナルド。彼が大抵のダンジョンを単独でクリアしてしまうからな。
だが、そのリナルド伯も今は事情があって動けないんだ。アタシたちだけでは本当にどうしようもない。
一応、ジェフ先生にも手紙は出したんだけど……来てくれるかどうかはわからない。
イーリスちゃんがハワード領に行きたがらないことはわかっている。
だから無理にとは言わないけれど、できることなら助けて欲しい。』
手紙を読んだアルドはどうしたものかと悩む。イーリスはなぜかハワード領に行きたがらない。
それに勉強のこともある。このことをイーリスに話すべきかどうか。
「お父さん? どうしたの? 手紙なんか握りしめて」
不意にイーリスがやってきた。声をかけられたアルドは慌てる。
「い、いや。なんでもないんだ」
「ふーん。なんか怪しい」
イーリスがじっとりとした視線をアルドに向ける。イーリスはアルドのことが好きである。だから、ちょっとした仕草でなにかを隠していることを見破ってしまうのだ。
「えーっとね。ここは私がその手紙の主が誰か当ててあげる。まずは……その手紙を書いたのは女性!」
「まあ、それはあってる。というか2択で当たるもんだろ」
「えへへ。そっかー。その女性は若いんでしょ!」
「まあ、僕と比べたら若いな」
ここでイーリスの表情が曇る。何かを察したのか目が潤み始めた。
「まさか……お父さん。恋人ができたの? 若い女の人に言い寄られているとか」
「違う! そうじゃない! ミラからの手紙だよ!」
アルドは思わず否定してしまう。だが、余計な情報も付け加えてしまった。
「ミラさんからの手紙? どうして、それを私に隠すの?」
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