第80話 盾がない自分
ミラから盾を調べさせて欲しいと言われてもルーファウスは即座に首を縦に振ることはできなかった。ルーファウスが当然抱くであろう疑問がまだ完全に解決できていない。
「盾を調べるってどうするつもりなんですか。そもそも、そんな危険な盾ならばどうしてあのアルドさんは平気で持っているんですか? その答えがわからないとオレも納得できません!」
邪霊の毒は人間のマナの器を破壊する。しかし、アルドはそのマナの器を持たないため、その影響を最初から受けない。理屈としては単純ではあるが、アルドがなぜマナの器を持たないのか。また、器を持っていないことを目に見える形で証明する方法がない。それを考えるとミラは言葉に詰まってしまう。ここから先、どう話を展開するべきか。理屈で考える彼女にとっては難しい悩みになってしまう。
「どうしたんですか? 答えられないんですか?」
ミラが言葉に詰まっていると痺れを切らしたルーファウスが詰める。
「お父さんは……邪霊の毒が効かない体質なんです」
イーリスがここで口を挟む。
「毒が効かない体質? それはまたどうして……」
「さっき、ミラさんが言ってた通り、邪霊の毒は人間のマナの器を破壊します。マナの器は心と密接に関わっているもので、これが破壊されて形が変わると人間の心も変わってしまう。でも、お父さんには最初からその器がないんです。破壊されなければ、マナの器が変わることによる精神面での変化がないから、お父さんはその毒の影響を受けないんです」
ルーファウスは額に手を当ててなにか考え込んでいる。この世界の人間の常識として、人間は誰しもがマナの器を持っている。その器に溜まっているマナを使って人は魔法を使う。魔法の得意、不得意はあるものの、理論上全ての人間は魔法を使えるのである。つまり、マナの器を持たない人間は魔法が使えない。ルーファウスはこれまでのアルドの行動を振り返ってみた。確かに、魔法らしい魔法を使っている様子は見えなかった。だが、それにしては解せないことがある。
「マナの器を持たないのなら、どうしてアルドさんはオレが追い付けないくらいに速いんだよ。人間はマナの力で身体能力を強化している。マナの器がないならその力が使えないはずだ。理屈が通らない」
アルドの身体能力が強化されているのは、イノセント・アームズの特性で身体能力が引き上げられているからである。これを知らなければ、アルドもマナを使って身体能力を強化しているように見えてしまう。つまり、ルーファウスの視点ではこの話は全くのデタラメに思えてしまうのだ。
「ルーファウスさん。あなたも薄々感づいているんじゃないんですか?」
「なにを……?」
「ルーファウスさん。あなたはあの盾を持っている時やたらと強気でしたよね?」
イーリスはここに来て、ルーファウスを納得させるだけの材料を発見してしまった。盾を持っている時はやたらと強気で前線を張っていたのに、それを失った途端に臆病になり、戦闘でも役に立たない状態になってしまったルーファウス。イーリスのちょっとした思い付きではあるが、それにミラも気づいた。
「なるほど……そういうことか」
「盾を持っているから強気というか。あの盾を持っていると力が湧いてくる気がするんだ」
「それは多分、気じゃないと思います。実際にルーファウスさんはあの盾を持っていると強くなっていたんだと思います」
アルドが武器の力で身体能力が底上げされていたのならば、ルーファウスも盾を持つことで何かしらの能力が向上してもおかしくない。それは実際に盾を持ったことがある人間にしかわからないし、盾がアルドの手元にある以上今はそれを確かめる方法はない。でも、実際に盾を持っていたルーファウスがその実感があるのであれば問題はない。今、必要なのは真実ではなくて、ルーファウスが納得できるかどうかなのである。
「アルドさんは武器の力を引き出すことによって身体能力をあげている。多分、ルーファウス君も無意識の内に盾の力を引き出していて何かしらの影響を受けていたのだろう。身に覚えはあるよな?」
実際に盾を持って強い気持ちになっていたルーファウス。その実感が急にミラとイーリスの話の説得力をあげた。盾を持つことによって、力が湧いてくる感じがしたのは事実である。そのことをミラとイーリスが知っているわけがない。なのに、そのことをこの2人はピタリと言い当てたのである。それは、実際に身近に同じことをしている人間がいるから。そう考えると話のつじつまが合ってしまうのだ。
「ま、待ってくれ。ミラさんたちの言っていることが本当だとすると。オレはどうすればいい。オレはあの盾がなければ本当にダメなんだ。魔法だって得意じゃないし、かと言って魔法使いのみんなを守るために体を張る度胸も根性もない……どうしても怖いんだ……」
ルーファウスは信仰が低いから魔法が得意ではないのは仕方のないことである。かつて邪霊に襲われた時に家族の中で最も信仰が低かった彼だけが生き残った。だから、前線を張れるだけの素質は十分にあるはずである。でも、その時に邪霊の攻撃の恐ろしさを植え付けられてしまったから、どうしても攻撃をこの身で受ける選択が取れないのだ。それこそ、身を守る無敵の盾。それが欲しいのである。
「とりあえず、アルドさんと合流しよう。それから盾をどうするかについて話し合えばいい」
ミラは口ではそう言っているが、本心ではルーファウスから盾を回収したいと思っている。あの盾を普通の人間が持っているとロクなことが起きない。だから、持っていても安全なアルドのところに置いておくか、なにかしらの方法で処分してこの世から消すのが最も平和的な解決になるのだ。
「ルーファウスさん……怖いよね」
イーリスのふとした言葉。それにルーファウスは引っ掛かりを覚えた。
「怖い……?」
「うん、だって。もし私がルーファウスさんと同じ立場だったら絶対に盾を手放したくないもん。盾を手放すということは、自分の力を手放すことと同じこと。私だって危険なことを理由に今使える強力な魔法を手放せって言われたら……すぐに手放す選択はできないと思う」
イーリスはルーファウスの気持ちをしっかりと汲んでいた。イーリスも信仰が高くて強力な魔法が使えることに加えて希少な邪霊魔法の使い手と言うことで、なんとかアルドたちと一緒に行動はできている。でも、それさえなければ、ただのか弱い少女である。身体能力や経験的にもどうしても他のみんなに見劣りしてしまう。そんな唯一の頼みの綱である魔法を手放さなければならないことを想像すると、今のルーファウスの気持ちがわかってしまうのである。
「ああ……そうだ。オレは怖いんだ。あの盾のおかげでオレは強くなれた気でいた。それを失えば、オレにはなにも残らない。魔法が使えないし、前衛にも立てない根性なしができあがるだけだ」
盾がある状態のルーファウスはやたらと前に出て、盾で敵の攻撃を防いでいた。それは、コンプレックスの裏返し。敵の攻撃を防ぐこと以外に何の自信もないからこそ、それで役に立とうとしているのである。盾を失えば誰の何の役にも立てない。それがルーファウスが最も恐れていることだった。
「でも、あの盾がオレにとって有害であるならば、いつまでもあの盾に甘えるわけにはいかないのかもしれない」
口では決心しているものの、ルーファウスの脚は震えていた。やはり、まだ盾を失うことに対する恐怖が残っているのである。
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