第75話 最後の切り札
アルドの連撃の隙をついて回復してしまう邪霊。再生する暇もなく連続攻撃で倒すという手段が実質封じられた。この状況を覆すには、一撃にかけるしかない。アルドの連撃の2撃目よりも威力が高い攻撃手段。その可能性を持っているのは、やはり合成魔法だとこの場の誰もが考えていた。
「僕が前に出て敵の攻撃を引き付ける。イーリスはしんがりで2人を守って」
「わかった」
アルドが前方に出る。それを確認したミラとクララは合成魔法を撃つ準備を始めた。
大樹の邪霊は枝を伸ばして攻撃してくる。真っすぐ伸びるのではなく曲線を描いて伸びてくるので挙動がまるで読めない。
「スプリット!」
アルドは焔の鞭の技。鞭を2つに分かれさせて打つ技を放った。それで大樹の邪霊が伸ばして来た複数の枝を同時に撃墜させる。
だが、敵もバカではない。高位の邪霊はきちんと知恵がある。アルドの頑強さを知っているから先にその後ろに守られている女性陣3人を仕留めようとする。ボコっとアルドの背後から音がした。アルドが振り返るとミラの前方の地面が盛り上がっている。
「イーリス!」
アルドはすかさず、イーリスに呼びかける。イーリスは頷いて魔法を撃つ準備をする。盛り上がった地面から大樹の根が出て来てミラに攻撃を仕掛ける。
「ブリュレ!」
イーリスはミラの前方から生えてきた根に攻撃魔法をぶつける。根の先端が燃えてしまう。一瞬、大樹の根の動きが止まる。大樹は自分の葉っぱを飛ばして、それで根の燃えている部分を切り取った。
「延焼を防ぐために自らの根を切り取った……かなり賢いな。だが、根は植物の中でも重要度が高い器官だ。普通の大樹ならばそれ相応のリスクはあるだろうけど、こいつはどうかな」
アルドとイーリスはじっくりと大樹の動きを観察していた。大樹の邪霊はするすると根を地面の中に引っ込めた。少し再生しかかったものの、完治する前に地面の中に潜らせた。
「…………?」
イーリスは首を傾げた。そして、先程のアルドの何気ない言葉を頭の中で思い浮かべる。
「……! よし。アタシの方はもう撃てる。クララ、撃てるようになったら言ってくれ。タイミングを合わせて撃つぞ」
ミラの作戦にクララが頷く。そして、その数秒後にクララも合成魔法を撃つ準備が整った。
「行ける! 撃つタイミングはいつにする?」
「僕が隙を作り出す。最後列にいるイーリスは全体が見えてるはずだから、適切なタイミングを2人に指示してくれ」
「え? わ、私が指示するの?」
まさかの責任重大な役がイーリスに回って来た。イーリスはこれまで、3人の作戦指示に従って動くことが多かった。まだ子供で戦闘経験と人生経験も浅いイーリスにとっては中々に酷なことである。それも命がかかっている実戦。肩にずっしりと重いプレッシャーがのしかかっている気分になってしまう。
「ああ。イーリスちゃん。指示を頼む」
「焦らなくてもいいからね」
クララが焦らなくても良いと言っているが、イーリスは知っている。合成魔法を撃てるようになる状態。2つの色のマナが混ざってる状態は維持をするのが難しい。自らも合成魔法の練習をしていたから、その難しさは肌で感じていた。
あんまり撃つタイミングを遅らせると2人のマナが暴発して合成魔法を撃てなくなるし、消耗も激しくなってしまう。
「わ、わかった。やってみるよ……」
イーリスはじっと大樹の邪霊とアルドの戦いを観察していた。大樹の邪霊が出た瞬間、そこを狙うしかない。
「疾風一閃!」
アルドが素早い攻撃速度で敵を翻弄する。だが、ずっしりと構えている大樹。移動が制限されているが故に逆に落ち着いてアルドの攻撃を対処する。疾風一閃に対して的確な方向に枝を伸ばして対処する。アルドは、自分の身を守るために末端の枝を切ってしまい、最も太い幹の部分に攻撃が当たらない。
不動の故の強さ。自分の位置が固定されていれば、相手の位置さえ把握していれば、攻撃がくる方向が予測できる。
「くっ……」
「はぁはぁ……」
クララとミラも明らかに疲労している。額には汗がにじんていて、いつ合成魔法を解除してもおかしくない。でも、イーリスはまだ魔法を撃つ適切なタイミングが見つけられないでいる。
「え、えっと……」
タイミングの見極めは非常に難しい。既に何回か魔法を撃つタイミングはあったかもしれない。イーリスはそれを自分が見逃しているだけだと思ってしまえば、更にドツボに嵌る。
アルドと大樹の邪霊の近接戦闘戦がまだ続いている。アルドの方もダメージと疲労も溜まっていて、動きが徐々に悪くなっている。一方で大樹の邪霊はアルドの攻撃がヒットしても、すぐに再生してしまう。
連撃には集中力がいる。披露している状態のアルドに今更それを撃つこともできない。状況はどんどんじり貧になっていて、隙が全く見つからない。
「うぅ……やるしかないかな」
イーリスは杖をぐっと握りしめた。そして……
「ごめん。隙が見つからないから私が作る! クラスターレイ!」
イーリスは邪霊魔法のクラスターレイを発動させた。8本の紫色の霊体を放つ魔法。ターゲットに指定した相手を追尾する魔法だが、不動の大樹の邪霊にはその性質はあまり効果がないように思える。
複数の霊体が大樹の邪霊に命中する。何本かは枝でガードされたが、大樹の幹に2発程ぶつかり、そこが思いきり削られる。見た目でダメージがある。そして、実際に邪霊の動きが鈍った。
「おお、邪霊魔法が効果あるのか」
アルドがにやっと笑った。アルドがちょうど枝を数本切ったタイミングで、再生する直線だったからこそ、ガードが甘くなり、幹にダメージが届いた。
「今だ! 合成魔法を撃って!」
「トゥインクルレッド!」
「ブリリアントスノウ!」
ミラとクララがほぼ同時に魔法を撃つ。2つの強力な合成魔法が大樹の幹に命中した。イーリスのクラスターレイである程度削られていたこともあってか、大樹はなぎ倒される。ぽっきりと折れた箇所を見て、4人は喜んだ。
「やったー!」
これで戦闘は終了した。そう思った矢先、しゅるりしゅるりと切り株になった大樹が再生していく。
「え? ちょ、ちょっと! 聞いてないんですけど! え? この状態でもまだ再生すんの!?」
クララのその言葉を皮切りに、アルド、ミラも表情が曇った。満身創痍の中、やっと放った必殺の攻撃。それは確かに有効だった。でも、倒すには至れなかった。この異様なまでの再生能力。もはやこれまでと誰もが思ったであろう状況でも……イーリスだけは状況をきちんと観察していた。
「大丈夫だよ! お父さん。私たちにはまだ最後の切り札がある!」
「切り札……? 連撃も合成魔法もダメだった。今は逃げた方が良い。やつが再生しきる前に、また仕切り直そう」
「ここまで来て逃げるなんてないよ!」
イーリスは笑っていた。杖にマナを大量に送り込み。そして、渾身の魔法を邪霊に叩きこむ!
「ガロウ!」
イーリスは一点集中特化型の邪霊魔法、ガロウを放った。
「最後の切り札……! 確かに、やつに邪霊魔法は効いていた。それなりに信仰があった。でも……」
強力な合成魔法ほどの威力は見込めない。ダメージが大きいから、完全に再生されてないものの、半分ほど再生されてしまっている。単体の邪霊魔法で押し切れるとはイーリス以外誰も思ってなかった。
「クラスターレイ。8本あるうちの1本だけあるものを追尾してもらっていたの。それは、あいつの地中にある根っこ!」
ガロウが飛んでいった先。そこの地面に穴がわずかな焦げ跡のようなものがあった。ガロウはその位置の地面にぶつかり、地中に掘って進む。そして、数秒後、ガロウが邪霊の根を貫き消滅させた。
再生しかかっていた大樹は急に再生をやめた。そして、みるみる内に枯れていく。
「これは……!?」
3人が目を丸くして驚く。
「私が狙ったのは地中にある根。そこだけ再生能力が鈍かった、多分本体だったんだよ! だって。切り株の方は再生していたけれど、なぎ倒された上の部分は再生してないもの」
ダンジョンから邪霊の気配が消えてゆく。そして、ダンジョンだった場所は元の洞窟へと戻った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます